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200年を誇る白みりん誕生のまち流山

200年を誇る白みりん誕生のまち流山

2017年07月31日

千葉県流山市にある工場 “流山キッコーマン”は、流山市の名産である“白みりん”の製造が、明治時代から行われています。白みりんとは、家庭料理に欠かせない調味料“本みりん”の原形で、1814年、流山で酒造業を営んでいた名醸造家の二代目・堀切紋次郎により開発されました。風味の良さも好評で瞬く間に人気商品となりました。

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千葉県流山市にある工場 “流山キッコーマン”は、流山市の名産である“白みりん”の製造が、明治時代から行われています。白みりんとは、家庭料理に欠かせない調味料“本みりん”の原形で、1814年、流山で酒造業を営んでいた名醸造家の二代目・堀切紋次郎により開発されました。それまで褐色だったみりんは製法の向上で美しい透明色となり、風味の良さも好評で瞬く間に人気商品となりました。

近年開発の進むつくばエクスプレス沿線のまちと流山白みりんの歴史

流山市は千葉県北西部に位置するベッドタウン。近年、つくばエクスプレス線の開通などにより急速に開発が進み、特に子育てをしやすいまちとしてメディアでも数多く取り上げられています。

開発エリアを少し離れると、史跡や古民家などが点在し、歴史風情の残るまち並みが広がります。市役所近く、流山街道を歩くと見えてくる “流山キッコーマン”の工場は、流山市の名産である“白みりん”の製造が、明治時代から今もなお行われています。

白みりんとは、日本の家庭料理に欠かせない調味料“本みりん”の原形で、1814年、流山で酒造業を営んでいた名醸造家の二代目・堀切紋次郎により開発されました。それまで褐色だったみりんは製法の向上で美しい透明色となり、風味の良さも好評で瞬く間に人気商品となりました。白みりんは現在も、”マンジョウ(万上)本みりん”として製造され続けています。

また、白みりんの輸送には、大正時代から市民の足として活躍している”流鉄流山線”が使われていたそう。流山駅から工場をつなぐ緩いカーブの道に、駅から工場への引き込み線があったのではないかといわれています。

”みりん”に好かれた地、流山

みりんは、蒸したもち米、米麹、焼酎もしくはアルコールを原料にし、40から60日間かけて糖化・ 熟成させてつくります。アルコール度数が約14度あるお酒の一種ですが、原料にもち米を使うことででんぷんが多く、糖に変化するため、日本酒より甘みが強く出るのが特長です。戦国時代は女性やお酒が苦手な人のための飲みものだったそうですが、江戸時代の料理文化の発展とともに、調味料として使われるようになりました。

流山でみりん産業が発達したのには、いくつかの理由があります。

(1)みりんの原料であるもち米とうるち米(米麹の原料)の産地が近くにあった(流山西部の古利根川流域は早稲米の産地、流山から松戸にかけての下谷耕地はもち米の産地)

(2)江戸川の恩恵を受けた、醸造に必要な水質資源に恵まれていた

(3)江戸川の開削により水運が開けて江戸に輸送しやすくなった

(4)箱型で積載量の多い高瀬舟を使うことで、陸路よりも大量の輸送が可能であった

こうした複数の条件が整ったことで、流山はみりんの一大生産地へと飛躍したのです。

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