女性がよりビールを楽しむためのウェブサイト「ビール女子」編集部の酒井由実(さかい・ゆみ)が、最近増えつつある農業女子とビールを片手に本音を語り合おうというこの企画。
第二回は、京王線仙川駅にほど近い東京都調布市にある「山内ぶどう園」。祖父母の代で拓いたこの農園を、今では山内美香(やまうち・みか)さんが継いでいます。
山内ぶどう園では、調布市生まれの「多摩豊」をはじめ「巨峰」や「ピオーネ」などのぶどうを中心に、さまざまな季節の野菜を栽培。ぶどうのもぎ取り、プチ農業体験ツアーやフルーツを使ったピザ作りなど、一年を通じてさまざまなイベントを開催。大学の農業サークルに所属する学生ボランティアの受け入れも行っています。
今回は、山内ぶどう園三代目となる山内美香さんにお話を聞きしました。
跡取りとして育てられ、できあがっていた農家の娘の心構え
――:美香さんが農業をはじめたきっかけを教えてください。
山内美香さん(以下、美香):父が亡くなったことです。そのころわたしは美大を卒業して、大阪にあるデザインの会社に就職したばかり。父が亡くなったあとしばらくは祖父が頑張っていたのですが、心労からドクターストップがかかってしまい、正式に就農することに決めました。
――:いきなり、という気がしないでもないのですが、そのときの気持ちはどのようなものだったのでしょうか。
美香:祖父母が「一番上が跡取り」という考えを持っていたので、思春期に反発したこともありましたが、いつかは自分が農園を継ぐんだろうと考えてはいました。
ただ、両親はそれほど強く言うことはなく、わたしも父親が元気なうちは好きなことをしようと思い美大に進学し、デザイナーの道を進むことにしました。
継ぐことが早まってしまったのですが、好きなことをさせてもらえたおかげで、すんなりと跡取りの宿命を受け入れることができたように思います。
――:それまで、農業について学ばれたことはありますか。
美香:幼いころは遊び半分、少し大きくなってからは繁忙期に手伝うくらいで、きちんとした農業についての知識はありませんでした。そのため、東京都が行う「就農のための技術研修」で果樹栽培や植物全体に関するセミナーを1年間受けてから正式に就農しました。
ただ、そこで学ぶのは一般論だけ。実際にはじめてみると、天候や土の質などに作物が左右されてしまい、「自分の畑地は自分で見極めなければならない」ということを改めて認識させられました。
イベントで収入を、ボランティアで労働力を補う
――:ご苦労があったのですね。
美香:農園を継ぐところから苦労がはじまりましたね。“継ぐ”ということは相続するわけですから相続税の支払いがあります。人によりますが、半分ぐらい土地を手放さないといけないこともあるようです。特にこの周囲は都心に近く便がいいので、土地の値段も上がっていますしね。
また、安定収入をなかなか得にくいという課題もあります。売っているものは、ひとつが100円、200円という世界。たくさん植えてたくさん売らないと稼げないわけです。研修で知り合った友人と今でも情報交換しているのですが、一番稼げる月の日でも平均1万円ほどです。収穫のない月は収入がガクッと減ってしまうため、普通に家庭を持ちたい男性が新規就農するというのは難しいのかな、と思ってしまいますね。
わたしの場合、果樹園という引きのよい作物がある。そこで土日にイベントを開催することで収入を補うことにしました。収穫体験や種まき体験などに加え、採りたて野菜を使って料理をする。特に、普段なら持たせないような包丁をお子さんにも使ってもらうことで、非日常体験を味わっていただけているようです。最近はInstagram(インスタグラム)が流行していることもあり、インスタ映えするようなちょっと変わった食材を取り入れているところも企画のポイントですね。
おかげさまで、食育に関心のある親御さんがお子さんと家族ぐるみで参加してくださっています。はじめてからまだ1年ほどしかたっていないですが、リピートして来てくださるかたもいらっしゃいます。
――:普段の作業は、おひとりでされているのですか。
美香:普段は母や母方の親戚が、土日は会社勤めしている旦那が手伝ってくれるのでなんとかなっていますね。ただ、母も親戚も高齢なので力仕事は難しい。そこで、インターネット経由でボランティアを募集したところ、大学の農業サークルに入っている学生さんたちが月に3回ほど来てくださるようになりました。おかげで、力のいる作業や大人数でやったほうが効率の良い作業などを手伝ってもらえるので本当に助かっています。
また、先ほどイベントの話をしましたが、収穫体験や種まき体験も、貴重な“労働力”になっています。
忙しくても「おいしい」の声が直に届く充実感
――:デザイナー時代と比べると、生活に大きな変化があったと思いますが、今の生活は楽しいですか。
美香:収入は減っても、当時よりもはるかにやりがいがあるので、楽しいと感じますね。何よりお客さまの声が直に届くのが嬉しい。イベントでは、参加してくださった方が「おいしい」と言いながら食べてくださいますし、お帰りになってからわざわざ「楽しかったです」とメールをくださる方もいらっしゃいます。
また、地元の飲食店に野菜を卸しているのですが、そこでの反応も教えてもらえます。こういうことは会社員時代にはなかったので、やりがいが感じられますね。
ほとんど休みのない毎日を送っているので、大変だと感じることもありますが、研修や農業女子プロジェクトで知り合った友人とFacebook(フェイスブック)を通じてお互いの情報を共有したり、年に一度、多くても半年に一度程度ですが直接会って交流したりする機会もあるので、励みになっています。
ビールは来年までおあずけ?――間近に控える二人目の出産
――:ところでこの企画、「農業女子とビールで乾杯」というものですが、ビールはお好きですか。
美香:好きですね! 飲み会で最初に飲むのはビールです。でも、ここ3年ほど飲んでいません。一人目の出産が2年前、そして授乳期が明ける前に妊娠したので。
――:二人目を妊娠中!上のお子さんは2歳くらいだと思うのですが、子育てと農作業の両立は大変ではないですか。
美香:正直言って、難しいですね。子どもの年齢にもよると思うのですが、今は保育園に通わせています。歩きはじめるとどこに行くかわかりませんし、農機具を収納してある場所に入って触ったら大変ですしね。
まだ自分のことができないので、朝7時ぐらいから保育園に送り出す準備をして、夕方は17時半までに迎えに行きます。朝は旦那が送ってくれるので助かります。
夕食を食べさせたあと、1日最後の現場作業を18時半から19時半ぐらいまで行って、お風呂に入れて寝かしつけをして、という感じですね。
農業は「生活の根源」であり「命そのもの」
――:平日は農作業、週末はイベント。現在は、忙しい中でも充実している様子をおうかがいしました。今後の展望を聞かせてください。
美香:「農業女子」という言葉が浸透するほどには、農業に対しての意識がだいぶ高まってきていますよね。就農するかどうかは別にして、野菜や果物の可能性をもっと知ってもらえるようなイベントを企画していきたいですね。
たとえば、果樹園で取れた果物を使ったサングリアを提供する大人のためのナイトツアーとか、野菜や果物を使った染め物教室とか。
相続税や固定資産税の問題もあるので、なかなか新規就農を勧めづらいところではありますが、農林水産省が研修や補助といったバックアップの施策を出しているので、そういう意味ではやりやすいのかなと。はじめるなら、できるだけ若いうちのほうがいいと思います。地域に溶け込みやすいですし。また、やるのであれば、経営とマーケティングの勉強もちゃんとしておいたほうが続けやすいと思いますよ。
――:美香さんにとって農業をひとことで伝えると何だと言えますか。
美香:「人の生活の根源」そして「命そのものとのかかわり」かな、と思います。植物の命にも人の命にもかかわってくる。特に子育てをするようになってから、食の安全について以前よりも意識するようになったので、そういう意味では人間にとって一番基本となるところなのではないでしょうか。農業は、人にとって無くてはならないものであると感じます。
たとえ農地があったとしても、就農するには相続税問題をはじめとして、不安定な収入、足りない人手など課題が多いという現実を教えてくださった美香さん。しかし、その課題がアイデアを引き出し、結果として多くの笑顔につながっていることがわかる取材でした。大人のためのナイトツアーが実現したら、サングリアだけでなく、是非ビールも置いてほしいですね。
山内ぶどう園 公式Facebookページhttps://www.facebook.com/yamauchikaju/
編集:ビール女子編集部
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