「植物体に近い仕事」の比率が増えていく
岩佐さんはご自身で最先端農業の研究や実践に取り組んでいますが、人工知能の進化が農業にどのような影響を及ぼすと思いますか?
岩佐:よく「AIによって人の雇用が奪われる」と言われていますよね。僕はこの意見に反対です。むしろ農業においては、テクノロジーの浸透によって人が担う仕事の範囲が変わる、もっと言えば広がるのではないかと考えています。
藤野さんの研究テーマに近いと思うんですが、「人はどんな仕事で満足感を得るのか」を考えた時に、農業の担い手にとって一番楽しいのは「植物体に近い仕事」なんです。育てている農作物に触れたり、収穫をしたりする作業が、農家にとって幸せなんですよ。
テクノロジーを使えば、その「植物体に近い仕事」に時間を割けるようになります。例えば、毎朝4時にハウスの気温や湿度を計測して、窓を開けなければならない作業があるとします。それを機械が人間の代わりに計測、判断してくれたらその分、人は植物を見たり触ったりすることに時間を回せる。
他にも、計測によって得たデータを元に改善施策やシステムを考える作業は、どうしても人が担わなければいけない役割であり続けると思います。中長期的に考えると、農業における人の役割が少しずつ変わっていくというイメージに近いです。
藤野:「植物体に近い」っていい言葉ですね。農家の方にとって植物体に近いことはなぜ嬉しいんでしょう?
岩佐:農家にとっての最終的な成果物って収穫物ですよね。時間も労力もかけて生み出すからこそ、完成した収穫物を見るか見ないか、食べるか食べないかで農業従事者の満足度は大きく変わるんです。
藤野:その感覚、僕もわかります。例えばコンサルタントの仕事は、資料を作るのが仕事だと思われがちだけど、実際に自分が提案したお客さんがどんな風に変わり、どんな顔で働いているかを見ることに喜びがある。最終的な成果物を見てやりがいを感じるのは、どの仕事でも同じかもしれませんね。
人の仕事はそのやりがいをよりダイレクトに感じられる領域、増幅させる領域に移っていくのかもしれませんね。
農家ごとにテクノロジーの浸透速度は大きく異なる
農作物の種類や規模などで、テクノロジー浸透の影響は変わるのでしょうか?
岩佐:大きく変わりますね。前提として、植物体は非常に多様で、作物が土の下になったり、葉っぱの上になったり、形状もそれぞれ全く違うんです。だから「農業」といって影響を一括りにすることはできないと思います。
藤野:そうすると、テクノロジーの浸透が早いのはどんなタイプの農家なのでしょう?
岩佐:例えば、数千億円規模のマーケットであるイチゴやトマトなど、規模の大きい露地栽培の農家などが顕著です。大規模な投資を回収できるスケールの農場は、テクノロジーが浸透しやすいと思いますね。
一方で、伝統野菜など市場規模が小さい数億円単位の作物は、導入が難しいでしょう。国や大きな農業団体が代わりに研究投資をすることもあり得ますが、ニッチな野菜については現実的でない。
投資ができるかできないかで、テクノロジーの浸透度は二極化すると思います。
市場規模を中心にお話いただきましたが、他にも地域差などはありますか?
岩佐:地域差はもちろんありますね。例えば北海道の農業は規模が大きい分、管理するための工夫が発達していて、先端技術の導入以前から生産性が高い農家が多いです。
生産性が高いと体の自由度が増えるため、外との交わりが増え、共同研究の機会や海外とのつながりも出来て、IT分野への先進的な投資が加速していきます。他の地域と比べて、導入のハードルが低いのはそれが理由でしょう。
藤野:面白い話ですね。例えば、北海道の農家の方の価値観が若くて、先端技術への許容度が高いといったことはないんでしょうか?
岩佐:年齢の問題ではないと思いますね。よく「農業でテクノロジーの活用が進まないのは世代の問題」と言われますが、農村において、世代ごとに考え方はあまり変わりません。師匠が保守的であれば弟子もそのDNAを受け継ぎ、同じ考え方になるケースが多い印象です。
藤野:そういった保守的な農家の方たちに、テクノロジーの進化はどう映るのでしょう?
岩佐:「これまでの良き農業」を破壊する勢力だと遠ざける方もいらっしゃいます。農業の世界では、「伝統的な作り方をした方がおいしい」など、客観指標に基づかない意見を語る人の方が、声が大きくて説得力があるように聞こえてしまう習慣や環境がある気がします。
「そんなもの使ったらうまいものが作れない」という人もいますが、大事なのは植物体がその瞬間において、100%快適な環境にするということです。テクノロジーはそれを叶えるためのツールなんです。
経験と勘から、データと向き合う本質的な仕事へ
農家の方々は、植物体の状態や味を判断しているのでしょう?何か指標があるのでしょうか?
岩佐:主観です。いわゆる、勘と経験で判断しています。しかし、これから持続性のある産業として農業を回すためには、勘と経験だけではいけない。実態として、どんな現象が植物体に起こっているのか、事実やデータを基にして向き合うべきだと思います。
藤野:主観だけで仕事をする習慣は、他の業界にも根付いていますよね。岩佐さんのお話を聞いて、僕の人事コンサルティングの仕事との共通点が見えてきます。
人事評価で昇格や異動を決める際に、役員の人達が丸一日合宿して議論をするわけです。でもそれって、勘と経験と自分の主観だけの議論であることが多い。長時間議論した後、最終的には「あいつ昇格!」という上司の鶴の一声で決まって、今までの議論なんだったの、ということが今でもよくあります。
そんな課題に対して、まさにAIが活用され始めているんです。まず、売上やコミュニケーション量など、様々なデータをAIが分析し、昇格候補をピックアップします。その結果を受けて、「AIはこう言っているけど本当にそうなのか」という対話に時間を使うことで、工数も質も改善するんです。本質的に人がすべき仕事は何かというのが、人事評価の世界ではクリアになってきているんです。
岩佐:そうなんですよ。教育とか農業とか、医療もそうですけど、同じような現象は世の中にたくさんありますよね。
後編では、テクノロジーによる農家の働き方や購買行動の変化について、お話をうかがいます。
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プロフィール
岩佐大輝
1977年、宮城県山元町生まれ。株式会社GRA代表取締役CEO。大学在学中に起業し、現在
日本およびインドで6つの法人のトップを務める。
2011年の東日本大震災後には、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。先端施設園芸を軸とした「地方の再創造」をライフワークとするようになる。イチゴビジネスに構造変革を起こし、ひと粒1,000円の「ミガキイチゴ」を生み出す。著書に『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)、『甘酸っぱい経営』(ブックウォーカー)がある。
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藤野貴教
アクセンチュア、人事コンサルティング会社を経て、東証マザーズ上場のIT企業において、人事採用・組織活性・新規事業開発・営業MGRを経験。2007年、株式会社働きごこち研究所を設立。「ニュートラルメソッド」を基に、「働くって楽しい!」と感じられる働きごこちのよい組織づくりの支援を実践中。「今までにないクリエイティブなやり方」を提案する採用コンサルタントとしても活躍。現在の研究テーマは「人工知能の進化と働き方の変化」。グロービス経営大学院MBA(成績優秀修了者)。
2006年、27歳の時に東京を「卒業」。
愛知県の田舎(西尾市幡豆町 ハズフォルニア)で子育て中。
家は海まで歩いて5分。職場までは1時間半。
趣味はサーフィンとスタンディングアップパドル(SUP)。朝の海が大好き。2016年は、はじめての田んぼに挑戦!2016年に株式会社WABISABIを設立、観光・食・農・教育をつなげる地域活性事業をスタート。
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