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【GRA岩佐大輝 × ワークスタイルクリエイター藤野 貴教 対談・後編】伝統と革新、情報と感情が並立する農業へ

【GRA岩佐大輝 × ワークスタイルクリエイター藤野 貴教 対談・後編】伝統と革新、情報と感情が並立する農業へ

農業に先端技術を掛け合わせる「Agritech(アグリテック)」が広がる昨今、AIやディープラーニングなどのテクノロジーは、農業にどのような影響をもたらすのでしょうか。先端技術を駆使し、高級いちごを生産する株式会社GRA代表の岩佐大輝(いわさひろき)さん、「人工知能の進化と働き方の変化」を研究テーマとし、ご自身でも農業体験の事業を運営する株式会社働きごこち研究所代表取締役の藤野貴教(ふじのたかのり)さんの対談をお届けします。
後編では、テクノロジーが農家の働き方や消費者にもたらす変化についてお話をうかがいます。

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テクノロジーが匠の技の継承につながる

テクノロジーの活用は、農業従事者の働き方にどのような影響を与えるのでしょうか?

岩佐:まず、非常に月並みな答えですけど、時間的な余裕ができることで、農家の視野がより広がると思っています。

僕がイチゴ農家になった頃は、休みは1年に1回、元日しか休むことができないと師匠に言われました。365日、常にイチゴは変化するので、農業から離れることができないんです。そうすると、個人として新しいことに挑戦しようとか、外の世界に何かを発見しに行こうとか、そういったことを考えなくなるんですよ。

テクノロジーを使って農業を行うメリットの一つは、農家が組織的に動くようになり、時間に余裕ができることです。実際に私が経営するGRAは週休2日とることができて、夏休みも一週間以上連続で取ることができます。農業をしながら様々な人たちに会うことができ、新しい情報が入ってくるようにしています。

藤野:僕が考える働き方の変化は、「下積み」がなくなるのではないか、ということです。

漁業の例でお話しすると、これまでの漁師の方々は50年近くかけて培った勘を頼りに、魚群探知機に映る魚影がマグロなのかどうか判断していました。それに対して、ディープラーニングと呼ばれるAIの画像認識・予測技術を利用して、予測精度を上げることができる武器を得たことで、経験の浅い若い人がたった1年でマグロを獲れるようになった事例があります。

今後も、下積み時代を経験すること自体は必要だと思います。ただ、これまでのように、学び方の効率を問わずに「とにかくいいから黙ってやれ」みたいなことは通用しなくなる。データを活用して、学びのスピードを上げていかないと、若い人が育つ前に、経験を持ったベテラン漁師の方が物理的に絶えてしまうんです。

岩佐:農業でも同じことが起きています。もっと言えば、テクノロジーを通じて匠の技術を効果的に学習できることは、後継者不足問題の解決にもつながります。

以前は農家の子どもが親元で長期間修行し、やがて後を継いだり独立したりする、という暗黙のルールがありました。しかし、社会の移り変わりに従ってその生態系が崩れてきています。農作物の価格低下やライフスタイルの変化で、農家のなり手が減っているんです。

弟子をとって一子相伝や以心伝心、という慣習が通用しなくなってきている時代において、匠の技術の継承のためにも、テクノロジーが必要になると思います。

藤野:そういう「匠の技」のようなものがなくなっていくのは悲しいですよね。最近、僕に田植えを教えてくれた年配の農家さんが亡くなりました。もっと色々なことを教わりたかったので、残念でなりません。

岩佐:それは残念ですね。藤野さんにお米作りを教えてくれた方のように、知識を有する作り手はどんどん高齢化しています。そして作り手が亡くなったら、もう二度と作れない農作物は沢山あるんです。

農業の巧みな技術を受け継ぎ、おいしい野菜を残していくために許された時間は、そう長くありません。先人たちが培ってきた知識を守り、後世に伝えるためにも、テクノロジーはもっと使われるべきだと思っています。

消費者の購入動機は二極化する

農業にテクノロジーが浸透することで、消費者側にはどんな影響があるでしょうか?

岩佐:消費者にとって大きな変化は、生産プロセスのテクノロジー化によって、農作物の情報を今まで以上に取得出来るようになることです。

自分が買う野菜、果物、穀物がどんな方法で栽培され、どういうデータを持った農作物なのかが正確にわかることで、消費者の価値基準は変わる可能性が大きいと思います。

現在、野菜を買うときは産地で判断される方が多いです。それが、さらに詳細な情報がわかることで、「こんな成分が多く含まれているから買う」とか、「あの肥料が使われているから買わない」とかいう基準で購入する方が増えてくるのではないかと思います。

藤野:データを基に意思決定をする消費者が現れるのは、なんとなくわかります。

とはいえ、「関係性が近い人から買いたい」という人もいますよね。例えば、GRAに一度訪問して生産者と顔見知りだから、どうしてもGRAのICHIGO WORLDのイチゴを買いたい、という人間の感情もある。このような感情ベースの価値基準は、今後もあり続けるのでしょうか?

岩佐:そのような価値基準も続くと思います。それがブランドの面白いところです。例えば、ファッションの世界でもファストファッションのようなコストパフォーマンスが良い服がある一方で、例え近しい品質であってもハイブランドを選ぶようなことは、ずっと起こり続けています。

農業も同様に、感情ベースと事実ベースのマーケットに両極化していくでしょう。毎日食べるような穀物などの農作物は、購入頻度が高く経済合理性が働きやすいので、非ブランド化していくと思います。

新しい農業を見せることが使命

今後、テクノロジーが農業でより普及するための課題はありますか?

岩佐:生産者が農作物についてのデータを開示しないことが問題ですね。データ開示によってマーケットのレベルを上げたくない、という思いがあるんじゃないかと感じます。

例えば、作物の糖度をオープンにしたら消費者に明確な基準を提示してしまう。良いもの、悪いものが明確になってしまえば、求められる基準に至っていない農家は、自らの首を締めてしまうことになる。そこは暗黙の了解なんです。だから誰も開示していない。

藤野:この問題の別の原因として、働くことへの価値観の対立があるんじゃないかと思います。

農業でデータが活用されるようになれば、全てのプロセスが効率的なのか、そうでないのかがわかってしまいます。農家の方は、自分の非生産性を指摘されることを恐れているのかもしれません。

生産的な仕事を望む方がいる一方、非生産的なままでいたい方もいて、働くことの価値観の対立が起きてしまう。これは農業に限らず、どんな仕事でも見られる問題です。

岩佐:そういった価値観の違いも、テクノロジーの導入を阻害している要因の一つですね。

それでも、僕たちはテクノロジーを活用できたことによって、15年間かかると言われていたイチゴ作りを、1年で学習して独立することができるようになりました。

農業は苗を植えてから収穫を終えるまで、20ヶ月かかります。この長期間のサイクルをPDCAで回しても、一人でやってたら10年かかっても数回しかできない。しかし、グループになってデータを提供し合えば、大変効率がいい。例えば1年で100件の農家さんが協力すれば、100年分のデータを全員が共有できるわけです。

そういうことを今までやってこなかった分、農業分野でのイノベーションは相当大きいだろうと思います。テクノロジーを駆使した、新しい農業の姿を見せるということは大事で、これは自分の使命の一つだと思ってます。

 
【岩佐さんの対談・前編記事はこちら!】
>【GRA岩佐大輝 × ワークスタイルクリエイター藤野貴教 対談・前編】
AI時代の到来で、農家の役割はどう変わるのか

 

プロフィール

 岩佐大輝

1977年、宮城県山元町生まれ。株式会社GRA代表取締役CEO。大学在学中に起業し、現在

日本およびインドで6つの法人のトップを務める。

2011年の東日本大震災後には、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。先端施設園芸を軸とした「地方の再創造」をライフワークとするようになる。イチゴビジネスに構造変革を起こし、ひと粒1,000円の「ミガキイチゴ」を生み出す。著書に『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)、『甘酸っぱい経営』(ブックウォーカー)がある。

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藤野貴教

アクセンチュア、人事コンサルティング会社を経て、東証マザーズ上場のIT企業において、人事採用・組織活性・新規事業開発・営業MGRを経験。2007年、株式会社働きごこち研究所を設立。「ニュートラルメソッド」を基に、「働くって楽しい!」と感じられる働きごこちのよい組織づくりの支援を実践中。「今までにないクリエイティブなやり方」を提案する採用コンサルタントとしても活躍。現在の研究テーマは「人工知能の進化と働き方の変化」。グロービス経営大学院MBA(成績優秀修了者)。

2006年、27歳の時に東京を「卒業」。

愛知県の田舎(西尾市幡豆町 ハズフォルニア)で子育て中。

家は海まで歩いて5分。職場までは1時間半。

趣味はサーフィンとスタンディングアップパドル(SUP)。朝の海が大好き。2016年は、はじめての田んぼに挑戦!2016年に株式会社WABISABIを設立、観光・食・農・教育をつなげる地域活性事業をスタート。

著書『2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方』

関連記事:便利で楽な時代だからこそ、人間らしい生き方が求められる。 身体性を養う農業体験を、“ハズフォルニア”から。

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