自分のやり方で少しずつ農業の道へ
京都府の北部に位置する舞鶴市。日本海に面した自然豊かな地域です。渡邉さんは、ここでタイ料理店「Fon Din」を営んでいます。提供する料理には、日本の固定種の野菜や、タイ野菜、ハーブ、渡邉さんが自然農で育てた野菜を使用しています。そして近所の方や友人の農家、直売所で仕入れた食材も使われています。
農業を始めたのは7年前の2012年。きっかけは、渡邉さんの出身地である静岡県で高校の同級生と再会したことだそうです。自給自足に近い暮らしをしている同級生に刺激を受けて、「自分が経営する店の野菜は、できるだけ自分で育てたい」と思うようになりました。

渡邉さんが栽培したネーブルで作ったマーマレード
京都市内のタイ料理店で働きながら、休日に舞鶴市に通って畑仕事や移住の準備をしました。きっかけを作ってくれた友人の家で、農作業経験のあった奥さんに教えてもらいながら農業の手伝いをしたり、本を読んで勉強しながら準備を続けたそうです。そして、奥さんの田舎の家や畑をそのまま使う形でスタートしたため、大きな出費もなく始めることができました。
農作業と店舗経営の両立は難しい
お店と農業の二刀流で難しいと感じるのは、お店の運営と農作業のバランスです。イレギュラーな仕事が入ったりすると、どうしてもお店を優先せざるを得ない時もあります。
またお店が休みの日に天候が悪くなると、農作業が遅れてしまうことも。そうなると作業の遅れを挽回することが難しくなり、作業したいのにできなくて溜まってしまいます。
営業時間が決まっている店舗運営と、自然に左右される農業を両立する大変さはあります。でもそれ以上に喜びが多いのも事実です。
農業をしていて良かったと思うときは、季節や自然を感じられること。また食べ物の大切さを感じられることです。自分が育てた野菜は格別においしく、その食材を使ってお店を経営していることがモチベーションになっています。
種を蒔いて芽が出てきたときの嬉しさから始まって、上手に育つこともあれば病気が出たり、野生動物による被害が出たりすることも。収穫しておいしく食べたあとは、種取りをして来年にそなえます。農作業はとにかく毎年さまざまな出来事が起こりますが、そこがおもしろさでもあります。
畑に出て、1人で静かに農作業をしている時間は、渡邉さんにとって自分と向き合うことができる貴重な時間でもあります。そして農作業は精神面にも影響があると考えています。作物を通じて、家族や村の人たちとのコミュニケーションにも役立っています。
季節によって異なりますが、毎週月曜~水曜日はお店が定休日なので主に農作業や仕入れてコーヒー焙煎などを行っています。お店の営業日である木曜~土曜日は、日の長い時期には閉店後に農作業をすることもあります。
土地の恩恵と地域の仲間とのつながり
渡邉さんが住んでいる村は、柑橘の産地として有名な地域です。綺麗な水で育ったお米もおいしく、海の目の前ということもあって新鮮な魚介類も食べられます。山と海から素晴らしい恩恵を受けられる場所だと感じています。
周辺地域では、農業をしながら自分自身のやりたい仕事をしている友人たちもいて、そのコミュニティも広がっています。彼らとの交流は楽しみであり、農業と店を続ける上での支えにもなっています。
自分の生き方にあったスタイルを探す
渡邉さんは、学生時代にバックパッカーでタイやインドを中心に世界中を旅した経験があります。日本や海外で旅の経験や語学を生かすため、今後は農家民宿やゲストハウスのようなサービスを始めてみたいそうです。国内の方だけでなく、海外の方にもこの場所や暮らしを知って楽しんでもらいたい。
「自分で育てた農作物を食べることは、それだけで生きていくことに安心感があります。便利になった現代の生活の中で、苦労はしても自然や食べ物の大切さを忘れたくないと思っています」。
農業といっても、本当に様々な方法があります。渡邉さんは、大規模な販売目的ではなく「自分で育てた野菜を使っておいしい料理を提供したい」という思いから始まりました。農作物を大切に育てていける、小規模な農業のスタイルを行っています。農業を始めたい方へアドバイスできることがあるとしたら、まずは試行錯誤して人生経験をした後に、自分にあったスタイルや、自分の生き方にあった農業を見つけてほしいと話していました。
おいしい料理を提供するためでもあり、生活の一部でもある渡邉さんの農業への関わり方は、どんな農業が自分に合っているのかを考えるヒントになりそうです。
Fon Din
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