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植物の声を聴く「プラントデータ」

柏木 智帆

ライター:

連載企画:お米ライターが行く!

植物の声を聴く「プラントデータ」

植物は話すことができません。だからこそ、人間は植物の体調の良しあしを知ることはなかなか困難。植物の“健康診断”で植物の状態を測ることができたら……なんて夢のある話に聞こえますが、本当にその願いを現実のものとして開発・提供しているのは、愛媛大学発のベンチャー企業「PLANT DATA(プラントデータ)」。植物生体情報のプラットフォームを構築している同社の北川寛人(きたがわ・ひろと)社長に、その画期的な技術について教えてもらいました。「植物の声を聴く」ってどういうことですか?

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“植物の健康診断”で異常を検知

愛媛大学発ベンチャー企業「PLANT DATA」(愛媛県・松山市)の事業は、一言で表すと「植物の生育状態の数値化」。例えば、光合成機能であれば、野菜、花、米などの農産物からユーグレナのような藻類まで、その評価ができる技術を開発・提供しています。

同社の北川寛人社長はこの技術を「植物の健康診断」と表現します。

夏でも冬でも赤色半袖ポロシャツがトレードマークの北川寛人社長

「人間の健康診断と一緒で、植物の基礎代謝や生育バランス、環境に対する反応の変化などを計測します。その結果を受けて植物に何をするかはそれぞれ。私たちの技術は、植物がどういう状態であるかを“見える化”することです」(北川社長)

人間が把握できる植物の生育状態の変化は、とても限定的。植物の葉の色が悪くなったり、根腐れしたりと、色や形状の変化にまで影響が達した時には、異常の原因が発生してから相当の時間が経過しています。人間には感知することができない植物の生育状態の変化を把握することで、その時点の植物にとって重要な環境要因を把握して生理障害や病理障害を回避するなど、対策を打てるようになるのだと北川社長は言います。

「多くのアグリテック企業や研究機関が、気温や日射量といった環境を計測することから植物の生育状態を推測しようとしています。でも、同じ農地で栽培した同じ品種であっても生育過程の環境の違いや個体差がありますし、結果的にそうしたアプローチは実際の農業生産現場には普及していません」。一方で、PLANT DATAのアプローチは、植物自体の生育状態を計測するということ。環境と植物の両方を計測して分析することで、収量のほか、質の平準化や安定化、障害の早期検知など、さまざまな用途に活用する。こうした次代のデータ駆動型の農業生産体系の構築に寄与したいのだと言います。

さまざまな用途として、「例えば……」と北川社長が挙げてくれたのは、種苗メーカーの育種。「新しい品種を作るときは、遺伝子型を見る『ジェノタイプ』と、表現型を見る『フェノタイプ』があります。でも、眺めているだけでは品種の特性はなかなか分かりにくいのが現実。そこで『センシングデバイス(モノや人の状態を検知する装置)』で捉えることで品種間の違いを計測することもできます」。他にも、苗を生産する際にその出荷基準を高くすることで、苗を高価格で販売することもできると言います。施設園芸の先進地・オランダでは、画像処理でバラの品質評価を行い、高品質のバラを高価格で売ることで経営効率の向上につながった事例があるそうです。

多少価格が高くても健康にお墨付きがある苗や植物は、農家のみならず家庭菜園レベルを楽しむ層にも需要が高そうです。たしかに、購入時は元気そうに見えた苗が、なぜか1つだけすぐに弱ってしまったりすることってありますよね。

他にも、某大手企業では農業資材の植物への影響評価や、ワイン用ぶどうの木の病害虫対策、JAや自治体では低コストで簡易な品質管理など、既にさまざまな現場で活用されています。“植物の声を聴く”とは、センシング技術で計測された植物生体情報に基づいて、その植物に適した栽培管理をするということなのです。

植物を測ることで植物が分かる

では、“植物の声を聴く”にはどうすればいいのでしょうか?

北川社長によると、植物の栽培管理で特に重要なのは、「光合成と、その結果できた光合成産物(炭素化合物)の分配」。そこで、PLANT DATAでは“植物の声を聴く”ために主に三つの植物生体計測技術を実用化しています。

一つは、光合成と蒸散のリアルタイム計測を行う「フォトセル」というサービス。
植物は、水を根から吸い上げ、葉から水を外に排出(蒸散)しているほか、二酸化炭素を取り込んで酸素を排出する光合成をしています。その蒸散量と、取り込む一定時間あたりの二酸化炭素量をそれぞれ「蒸散速度」「光合成速度」と言い、これを測ることで、植物の基礎代謝を知ることができるというわけ。つまり植物がどれだけ“仕事”を行えているか、“植物の業務実績”を知ることができるのです。

光合成のスキルを計測する「フォトセル」(画像提供:PLANT DATA)

さらに分かりやすくするために、北川社長は「光合成能力」を「スキル」、「光合成速度」を「パフォーマンス」と表現します。「企業の人事考課で人を評価するときに『パフォーマンス』と『スキル』という言葉がありますよね。大雑把に言うと、光合成能力が低かったとしても、光が強かったり二酸化炭素濃度が高かったりすれば、光合成速度は高くなるということです」。では、「光合成能力」はどうやって計測するのでしょうか。

それが二つ目の技術、夜間の画像計測によって光合成能力を計測する「クロロフィル(葉緑素)蛍光画像計測」です。植物の「スキル」を把握することで、“植物の顔色”を見ることができるというわけです。

「クロロフィル蛍光画像計測システム」を導入したワイン用ぶどうの木(写真提供:PLANT DATA)

“植物の顔色”を見るために測るのは、光合成で使い切れなかったエネルギー。「植物は光合成で使い切れなかったエネルギーの一部を赤色の蛍光として捨てています。その量の変化を見ることで光合成能力を評価することができます」と北川社長。人間の目に見えないだけで、人間の周りの植物も赤色の蛍光を発しているのだそうです。人間の目に見えない世界の変化を知ることができるPLANT DATAの技術には、なんだかロマンが感じられます。

そして、三つ目の技術は、テープメジャーなどによる簡易的な計測情報をインフォグラフィック化(図によって可視化)する「生育スケルトン」というサービス。

例えば、トマトの施設園芸の場合、てっぺんから50センチ以内の特定部位をテープメジャーやノギスで測るということは、日本のみならず海外でも昔から行われています。ところが、せっかく計測したデータが生かされていないのが世界的な現状です。

「計測データが使われていない理由は、一つはデータ分析の専任者がいない状況でルーティン以外に手が回らないという現場の問題。もう一つは数字の羅列であるデータから人間が直観的に状況把握することは困難なためです」と北川社長。

計測データをインフォグラフィック化したもの。茎径・茎伸長量・葉数などを表している(画像提供:PLANT DATA)

「そこで、計測データをインフォグラフィック化……つまり、データをお絵描きして分かりやすくすることで、茎や葉などの“体作り”とも言える『栄養成長』と、花や果実などの“子作り”とも言える『生殖成長』の生育バランスを直観的に知ることができます。分かりやすく言い換えると、植物が光合成で作った光合成産物が主要器官にどう分配されているかを把握できるということ。例えば、長期にわたって栽培されるトマトやパプリカの収量の平準化や安定化をある程度向上させることもできるのです」(北川社長)

篤農家の「勘」や「経験」と、「数値」とは真逆の立ち位置のように思えますが、勘や経験の数値化や見える化、そして現代の農業で捨てられている情報を生かして“植物の適切なカラダ作り”を簡易的に低コストで実現するのが生育スケルトンです。

根っこにあるのは「生き物が好き」

PLANT DATAの技術はどの植物にも活用し得ると言いますが、一番適しているのは環境が制御できる施設園芸。「栽培管理上できることが多い施設園芸のほうが取り組みやすい。例えばトマトは生産額も大きく特性も比較的わかっているのでビジネスとして取り組みやすい品目と言えます」と北川社長は言います。

分析対象として最も適しているのはトマト(写真提供:PLANT DATA)

2017年からPLANT DATAは、農水省の委託プロジェクト「人工知能未来農業創造プロジェクト」、通称「ai tomato(あいとまと)」の研究コンソーシアムにも参加。太陽光植物工場でトマトを栽培する上での「環境情報」、PLANT DATAが提供する「植物生体情報」、そして「栽培管理・労務情報」、つまり栽培設備の中で人間がどう動いているか、植物に何をしているかといった情報を使って、2021年までにAI(人工知能)を活用した高精度栽培・労務管理システムのサービスの提供を目指しています。

「このプロジェクトは農業生産現場における人間による判断をシステムやAIに代替する取り組みとも言えるかもしれませんが、今後収穫ロボットや栽培管理ロボットが実用化されれば、より他産業と同様な工程管理や、企業的な農業生産事業者の創出につながると期待しています」と北川社長。世界的に農業生産の技術開発は、「超大規模化」と「人工光植物工場などの制御や利用の高度化」の方向性で進んでいて、北川社長は「その高度なスペックは人間による植物の観察と主観に状況把握が委ねられている限り、使いこなすことはできない」と指摘します。

こうした世界的なニーズに応えるべく、PLANT DATAは日本の三大植物工場拠点の一つ、愛媛大学の高山弘太郎教授が発起人となってスタートしたのです。2014年の設立後、北川社長は2017年に2代目の社長として就任。現在は、2015年に立ち上げたオランダ支社の支社長も兼任しています。

オランダの植物工場を訪れたPLANT DATAメンバー(写真提供:PLANT DATA)

PLANT DATAでは、分析対象となるビッグデータを創出するために、プロの農家だけでなく家庭用水耕栽培キットを教育コンテンツに活用するプロジェクトを年内にもスタートする予定です。「植物の“健康診断”をどう使うかはクライアントによってさまざま。人間の健康診断と同様に、収量改善、外観品質向上、病害虫低減など農業生産における課題は生産者により異なるため、植物生体情報の活用の仕方も異なります」と北川社長。どういうところにニーズが大きいのか探っていくためにとにかく使ってもらおうと、現在、生育スケルトンのモニター100件と、フォトセル10件のモニターを大募集しているそうです。

北川社長の根っこにあるのは、「生き物が好き」ということ。「生き物や自然に触れられる仕事がしたくて、生物資源ハンターやペットショップなどさまざまな職業を広く考えましたが、結局は農学を選びました」と言います。植物が好きだからこそ、“植物の声を聴く”ことに執着する北川社長。国内外の生産者のみならず、栽培コンサルタントや農業資材メーカーなど、さまざまな業種と連携することで、より広範なサービスの提供を目指しています。
 
 
PLANT DATA

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