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「いなわしろ天のつぶ」香港輸出の舞台ウラ

「いなわしろ天のつぶ」香港輸出の舞台ウラ

最終更新日:2018年06月22日

福島県・猪苗代町のブランド米「いなわしろ天のつぶ」は今年3月、福島第1原発事故後、香港向けの県産農産物として初の輸出が決まりました(サンプル輸出や個人輸出は除く)。事故前、香港は県産米の最大輸出国でしたが、事故後の輸入規制で取引がなくなっていました。「天のつぶ(福島9号)」はくしくも原発事故があった年にデビューした県オリジナル品種。猪苗代町は自治体レベルでどのようにして香港への輸出を勝ち取ったのでしょうか。その舞台裏を探りました。

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海外で確立したイメージを逆輸入

震災前は福島県産米の最大輸出国だった香港。県産品振興戦略課によると、2010年度の県産米輸出量は108トンで、うち9割以上にあたる100トンが香港向けでした。ところが原発事故後、香港が福島県産農産物の輸入を規制したことで取引はゼロに。その後、シンガポールやイギリスなどには輸出が再開され、2016年度には年間22トンの県産米が輸出されていますが、香港との取引は再開されませんでした。

猪苗代町オリジナルブランド米「いなわしろ天のつぶ」(写真提供:猪苗代町)

しかし今年3月、会津地方の猪苗代町がオリジナルブランド米「いなわしろ天のつぶ」を香港へ輸出。町では風評被害で売れないお米をなんとかしようと、「天のつぶ」に狙いを定め、原発事故後から独自にお米のブランド化に向けて取り組み始めていました。ブランド化を加速させる方法として考えたのは、海外で町のお米の付加価値を高めて、そのイメージを逆輸入することでした。

「天のつぶ」は福島県農業総合センターで15年かけて育成されたお米。県農林水産部水田畑作課によると、コシヒカリとは異なる食味で「カレーライスやどんぶりものに合う」と、コシヒカリ、ひとめぼれに続く県を代表するお米として期待されました。2011年2月、県は奨励品種としての採用を公表しました。ところが、約1カ月後に東日本大震災が発生。続いて原発事故が起きました。

くしくもデビュー直後から風評被害に悩まされたお米。しかし、町はこの品種でブランド化を図って風評被害からの脱却を目指しました。

磐梯山がそびえる山間地の猪苗代町

しかし、天のつぶの普及対象地域は、標高300メートル以下の平坦部。標高500メートル以上ある猪苗代町は対象外でしたが、町の気候に合うかどうか確かめようと、2012年から2年間、一部農家が試験栽培を行いました。結果は、豊作。町農林課によると、農薬と化学肥料を2割以上減らした「会津エコ米」と呼ばれる基準で栽培したところ、1反当たりの収量はひとめぼれが平均10俵、天のつぶが平均11俵。そこで、減農薬・減化学肥料など独自の栽培マニュアルを作って生産者を限定したほか、色彩選別機や通常よりも大きな2.0ミリの網目でふるいをかけるなどの選別基準も設けて、大粒できれいなお米に仕上げました。こうして生まれたのが「いなわしろ天のつぶ」。業務用や飼料米として生産と需要が高まっている県産の「天のつぶ」とは別の方向性を目指しました。地元の農家、JA、町が三位一体となって2014年からは本格的に生産とブランド化に走り始め、同時に「いなわしろ天のつぶ」のうち8割は輸出に向ける方針を決めました。

イタリアでブランドを築き中東へ輸出

2015年2月、イタリア・ミラノでイタリア最大の料理専門誌「La Cucina Italiana」主催で、日本の東北の食材を使ったイタリア料理を楽しむイベントが開かれました。硬めで粘りが少なく粒立ちが良い天のつぶは、すしに合う。そう考えた町は、日本人シェフにお願いして「いなわしろ天のつぶ」を使った手まりずしを参加者に振る舞ってもらいました。すると、予想通りの大好評。猪苗代町農林課で町農業活性化協議会を担当する小板橋敏弘(こいたばし・としひろ)係長は「イタリアではすしはヘルシーという認識が広がっていましたが、所詮はライスブロックだろうという考え方で、ごはんにおいしさを求めていなかったようです。試食した人たちは『すしのごはんってこういう食感なんだ』と驚いていました」と振り返ります。その後、同誌の誌面でも「いなわしろ天のつぶ」が紹介されました。

「ブランドは自分たちがブランドだと名乗ればいいわけではなく、相手が認めてくれて初めてブランドになる」と小板橋係長。2015年にミラノで開かれた「ミラノ国際博覧会(食の万博)」の催事イベントでも「いなわしろ天のつぶ」を紹介。イタリアの高級レストランでも単発ですし米に採用してもらうなど、実績を積み上げていきました。

小板橋係長がまず狙いを定めたのは、オイルマネーによる好景気に沸くアラブ首長国連邦・ドバイ。和食ブームで、高級食材を使ったすしパーティーを家庭で開くのが人気となっているとの情報を聞きつけ、すしに合う「いなわしろ天のつぶ」の可能性を感じたと言います。

ドバイで開かれた中東最大級の食品見本市「Gulfood」で試食用に振る舞った「いなわしろ天のつぶ」を使ったサーモンのすし(写真提供:猪苗代町)

ブランドの確立と同時に進めたのは、流通ルートの確保。国や県の補助金を活動費に充てて奔走しました。ところが、日本貿易振興機構(ジェトロ)に紹介してもらったアラブ首長国連邦・アブダビの輸入販売業者に会いに行くと、原発事故の風評被害は根強く、輸入を断られました。しかし、町はあきらめず、その後も天のつぶの成育状況や、放射能の影響は心配ないという科学的根拠を示す資料などを送り続けました。そして2016年2月、ドバイで開かれた中東最大級の食品見本市「Gulfood」に農家、JA、町の3者で「JAあいづ(現・JA会津よつば)」として出展。町は再びアブダビの業者に会いに行き、翌3月からのアラブ首長国連邦・ドバイ、アブダビ、カタール国・ドーハへの輸出が決まりました。

「農家に赤伝票を切らしてまで輸出する意味はない。絶対に安売りはしない」(小板橋係長)との方針で、狙いは高級店。輸出向けの「いなわしろ天のつぶ」の国内での業者卸価格は、県産天のつぶの1俵当たりの相対取引価格よりも1万円近く高くなっています。当初は「スタンダード・スシ・ライス(標準のすし米)」と名乗っていましたが、中東への輸出が決まってからは、高級すし米としてのイメージをより強くしようと「ザ・アルティメット・スシ・ライス(究極のすし米)」と名乗り始めました。町によると、ドバイの取引先のうちの一つ、日本の和牛をメインとした本格日本料理店は、ドバイの皇太子が選ぶレストラントップ10にも選ばれています。この店で「いなわしろ天のつぶ」が使われることによって、周囲の飲食店などへのお米のブランドPRにも期待が高まります。

ドバイのレストランで提供されている「いなわしろ天のつぶ」と日本の和牛を使った牛丼(写真提供:猪苗代町)

2年越しの活動で実った香港輸出

一方で、2016年1月に香港で開かれた商談会で市場調査をした際、町は福島のお米に対する風評被害の厳しさを思い知りました。それでもあきらめず、その後も一般客向けの展示会に出展したほか、商談会にも参加。流通ルートの確保や営業を粘り強く続けました。そして今年3月、過去に出展した展示会で「いなわしろ天のつぶ」を試食して気に入ったという男性から声が掛かったのです。男性は福島県いわき市出身で、香港で飲食店を経営。年間2トンの契約が決まりました。

香港輸出決定打となったイベント「EN-NICHI FUKUSHIMA IN HONGKONG」(写真提供:猪苗代町)

ドバイ、アブダビ、カタールのスーパー計6店舗、ドバイの飲食店2店舗に続く、9店舗目となる取引先。価格も交渉の末、中東向けと同程度の価格に落ち着きました。「いなわしろ天のつぶ」の輸出量は、2015年度0.42トン、2016年度0.81トン、2017年度1.62トンと徐々に拡大。そして、2018年度はすでに香港だけで2.0トン。原発事故以前の香港への県産米輸出はコシヒカリとひとめぼれだったため、天のつぶが香港へ渡るのは初めてのことです(※)。
※ サンプル輸出や個人輸出は除く。

さらなる輸出拡大を目指して

「いなわしろ天のつぶ」の生産者たち(写真提供:猪苗代町)

県農林水産部水田畑作課によると、福島県産のお米は業務用需要が伸び、特に県産天のつぶは外食・中食に合うと、すしや弁当向けなどに人気が集まっています。さらに、県産天のつぶは1反当たりの収量が多いこともあり、作付面積が急増。2017年産は5300ヘクタールでしたが、2018年産は7000ヘクタールを超える見込みといい、同課は「短期間で県の計画範囲を超える品種はこれまでになかった」と驚いています。

ところが、「いなわしろ天のつぶ」の作付面積は、県産天のつぶの増加率ほどの勢いはありません。県の五つのJAが農家からお米を買い取る際の仮払いの目安となる「JA概算金(1等)」を見ると、2017年産米はコシヒカリとひとめぼれは浜通り・中通り・会津でそれぞれ前年比600〜800円増(農家への支払い)。天のつぶも1100円アップしました。さらに、浜通り・中通り・会津の中で、猪苗代町を含む会津はコシヒカリとひとめぼれの価格が最も高くなっています。そのため、浜通り・中通りに比べて、県下同一価格の天のつぶ(「いなわしろ天のつぶ」を含む)との価格差が大きくなります。こうした理由もあって、「いなわしろ天のつぶ」の作付け面積は、2016年産は44ヘクタール、2017年産は47ヘクタールと微増にとどまっています。

猪苗代町を所管するJA会津よつばによると、2017年産米の1俵当たりのJA概算金(1等・農家への支払い)は、コシヒカリ1万2200円、ひとめぼれ1万1600円に比べ、天のつぶは1万1400円。会津エコ米の場合はコシヒカリとひとめぼれはプラス100円になりますが、会津エコ米と同レベルの減農薬・減化学肥料率で栽培する「いなわしろ天のつぶ」を含めた天のつぶには加算されません。

小板橋係長は「買取価格は一般の天のつぶと同じですが、いなわしろ天のつぶの場合は精算時の加算金がある。その額がいくらになるかは、いなわしろ天のつぶがどれだけブランド米として高値で多くの数量を販売できるかにかかっている」と言います。2016年産米は1俵当たりの加算金は500円。2017年産米は500円増の1000円の見込みとなっています。「加算金をもっと高額にできれば、おのずと生産者は増えてくるはず」と小板橋係長。輸出を見据え、すでに「いなわしろ天のつぶ」のロゴとイラストの一式を8カ国で商標登録しています。今後は、香港、中東、シンガポールなど、物流のハブ拠点をメインに輸出拡大を図ることで、国内でのブランドイメージ確立と販売拡大、生産者確保にもつなげたいと考えているそうです。小さな町の大きな挑戦は続きます。

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