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世界農業遺産で生きる新規就農者に聞く、原木しいたけとクヌギ林の密な関係

世界農業遺産で生きる新規就農者に聞く、原木しいたけとクヌギ林の密な関係

農家なのに、必須アイテムはチェンソーとドリル。日本一の乾しいたけの産地・大分県で原木しいたけを栽培する、山口夫妻の場合です。伐採後萌芽更新で15年ほどかけて森を再生する、クヌギ林の循環サイクルを視野に入れ、“一歩先”を見据えて質の高いしいたけを育みます。「世界農業遺産」の地として注目される国東半島宇佐地域で、新規就農15年目の二人が取り組む“林と共に生きる農業”とは―?

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木を切る農家

チェンソーを使い、クヌギの木を切り倒す。これは木こりではなく、原木しいたけ農家の大切なルーティンです。

しいたけ栽培の重要な作業、原木の「玉切り」と「駒打ち」(山口さん提供)

大分県は、全国の乾(ほし)しいたけ生産量の45.1%(平成28年)を担う日本一の産地です。その拠り所は、しいたけ生産と切っても切り離せない、全国の約22%という日本最大のクヌギ蓄積量にあります。林としいたけの密接の関係を知るべく、県北東部の国東半島で原木しいたけを栽培する、山口勝治(しょうじ)さん・しのぶさん夫妻を訪ねました。夫妻は国東市国見町で新規就農し、今年で15年目です。

ホダ場

一大産地の国東では中規模の生産農家とのことですが、風通しの良いホダ場(しいたけを発生させるのに適した環境の圃場)には奥までびっしりと原木の丸太が並び、県外から訪れた者にとっては圧巻の光景です。
山口夫妻の農園「山や」のホダ場は、竹林に注ぐ木漏れ日のように適量な日光が差し込むよう調整されています。また、しいたけ栽培に必須である湿り気を適切に維持するため、地下水をくみ上げスプリンクラーで散水する設備も備えています。

しいたけの収穫期は秋から春のため、訪れた日に子実は見かけませんでしたが、勝治さんの説明で原木しいたけ栽培の衝撃的なまでの工程の多さを知ることになりました。
まず、よく管理されたクヌギ林から原木を伐採し、1~2か月後に約1.2m程度の長さに切り分ける「原木の玉切り」を行います。そこからしいたけが自然発生する…のではなく、玉切りした原木に電気ドリルで穴を開け、しいたけ菌を含んだ「種駒」を植え付けます(「駒打ち」と呼ばれる作業です)。

そして、しいたけの菌糸が活性化しやすい場所で原木を伏せこみます。風通しを維持し直射日光に当たらないように、「かさ木」と呼ばれるクヌギの枝を原木に被せます。このかさ木は伐採時から玉切り時に切り出した小枝部分で、日よけとして利用しています。「クヌギは捨てる所がない。木を全部使って育てるのが原木しいたけ栽培」と、勝治さんはいいます。

駒打ちをしてから2年目の秋。原木はようやく、しいたけが生えるようになった「ホダ木」となり、「ホダ場」へと移されます。ホダ木になった原木からは、4,5年の間収穫をすることができます。

「山や」では毎年1万~1万3千本の玉切りした原木に、20万~25万個の駒打ちを行います。収穫するまでに何度も重い原木を移動するなど力が必要で、その年の収穫をしながら次年度の仕込みを行うなど、森林とホダ場というそれぞれのフィールドでやるべきことは山のようにあります。勝治さんは、「だからこそ、一つ一つの作業の区切りを迎えたときの達成感はものすごい」と力を込めます。

森林の再生力で、農業を営む

切り株から萌芽するクヌギ

前職が建設業の勝治さんは、地元特産の原木しいたけ生産に興味を持ち、当初は副業として栽培を始めようとしていました。しかし、収穫や乾燥、選別などしいたけ栽培のピークを迎える3~4月が、受注していた公共事業の工期とちょうど重なることから、専業農家として腰を据えることを決めたといいます。

国東半島は、カサの表面が亀の甲羅のようにひび割れた、希少価値の高い「天白どんこ」や「茶花どんこ」が採れやすいといった、気象条件の良い産地。いわば“産地ブランド”のお陰で市場での値付けがいいというアドバンテージを持ちながらも、決して手を抜かず栽培の難しい品種を育て、質を追求する地元の先輩農家たちの姿勢に魅かれたといいます。「ある意味で特殊技術。次世代へ伝えていきたい」と、後世の育成にも目を向けつつあります。

勝治さんの農場がある国東半島宇佐地域は、豊富なクヌギ林とため池によって農林水産業が維持されていることが評価され、2013年5月に「世界農業遺産」として認定されました。
落葉広葉樹のクヌギは、15年間隔で「伐採」から「萌芽による再生」のサイクルを繰り返し、‟循環的”に利用できるという特長を持っています。明治時代以前から、薪や炭などの燃料や農業用の肥料・資材などに役立てられてきました。

収穫期を迎えたしいたけの子実(山口さん提供)

お椀型の山岳地帯である国東半島は、現在半島の中心に座る「両子山」の噴火によって生まれた地域です。耕作面積が狭く、火山性の土壌で保水力が無い上、降水量の少ないという“不毛の地”でした。そこに、先人がしいたけ栽培のため山頂にクヌギを植えたことで、落ち葉や役目を終えた木が腐葉土を作り、肥沃な土壌が形成されました。さらに、人々は山に1,200ものため池を作り、連携させることで水不足を解消しました。大規模な貯水池を作る面積がないという制約の中、振り絞られた知恵によって、ようやく農業ができる土地が整ったといいます。

国東半島宇佐地域世界農業遺産進協議会の林浩昭(はやし・ひろあき)会長は、「原木シイタケ農家が、クヌギ広葉樹林を循環的に利用することにより、図らずも、厚い A0層(有機質層)を持つ褐色森林土壌の生成を促すことで、少ない降水を涵養できる森林作りに寄与してきたのである」と、論文で述べています。初めから恵まれていたわけではなく、先人の工夫と自然の再生力によって拓けた場所なのでした。

”乾物”を越えたジューシーさ、乾シイタケを焼いて食べる!

循環する森林で育まれたしいたけの、食材としての魅力も山口夫妻に教わりました。

「山や」では、年間で主に4品種のしいたけを栽培しています。自分たちで食べて美味しいと感じた物を厳選したといいます。しのぶさんが水で戻した乾しいたけを焼いて、食べ比べをさせてくれました。まず、乾しいたけを焼いて食べること自体に驚きです。「オリーブオイルで焼き、海塩を振るだけでも美味しいですよ」というしのぶさんの言葉通り、肉厚なしいたけには旨味が凝縮されています。香り高くしっかりとした食感も楽しめ、“乾物”の概念が覆されました。

さらに驚いたのは、味や食感、香りまでもが品種によってかなり違うこと。煮物やパスタ、カレーやクリームシチューなど、それぞれの料理に向く品種をお客さんに提案しているそうです。

水で戻すまでに時間が掛かり必要なときにすぐ使えない、というマイナスイメージを持っている方も少なくないかもしれませんが、「常備しておけば便利です。水を張ったタッパーなどの容器に乾しいたけを入れ、冷蔵庫に一晩寝かせておくと味良く戻せます」と、しのぶさん。戻し汁も麺つゆ作りなどに活用でき、まさに一石二鳥です。「乾しいたけの良さを若者にもアピールしていきたい」と、しのぶさん。地元の学校給食として「山や」のしいたけを出し、地元の次世代にその美味しさを伝えています。

自然の再生力を利用し、共に生きて、森の恵みを分かち合う―。古くからこの地に息づく「循環農業」の輪で生きる二人の笑顔が、林の中で輝いていました。

【関連リンク】
くにさき半島 山や
世界農業遺産『クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環』

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