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自然栽培農家が語る「理想」と「現実」【前編】

自然栽培農家が語る「理想」と「現実」【前編】

茨城県鹿嶋市で無農薬・無肥料の自然栽培を行う「鹿嶋パラダイス」の唐澤秀さんは、農業生産法人のサラリーマンを経て10年前に農家に転身。米や野菜を生産する傍ら、ビアレストランを経営し、豆腐や味噌など加工品の販売も行なっています。一から十まで全てを自分で手がけるバイタリティー溢れる行動の根底にあるのは「おいしいものを食べたい」という情熱。そんな唐澤さんが追求する自然栽培の理想と現実とは。

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おいしいものを食べるために自然栽培を始めた

――自然栽培に興味がありつつ、手間がかかったり経営を成り立たせるのが難しかったりするイメージを持つ方も多いと思います。どうやって成り立たせているのか、参考になる話がお伺いできればと思います。

どうやって成り立たせるか、これが難しい話なんです。結論から言うと、自然栽培を生業にするのはやめたほうがいいと思いますね。大変だもん。キレイゴトを言ってもお金は必要でしょ。家賃だの、携帯代だのって。副業があるとか、他に安定した収入源がなければお勧めできません。

……以上!(笑)

――1分で話が終わってしまうので、もう少し教えてください(笑)。田んぼや畑をそれぞれどのくらい所有していますか?

田んぼが16反(160アール)、畑が60反(600アール)くらい。米と麦、大豆などのほか、野菜を70品目くらい栽培しています。

自然栽培で育てる在来緑大豆は味噌や豆腐に加工する

――それ以外に取れた大豆で作った味噌や豆腐を販売したり、飲食店を経営していたり、自らビールの製造もされています。いろいろ増やしてこられたのはどういう考えからでしょう?

うんとね、そもそも僕は農家になりたかったわけでもなければ、農家になったつもりもないんですよ。

素材を全部、自然栽培で作ろうと思ってやったの。

――あ、出発点が逆なんですね。

逆というか、まあそう。農家になろうなんて淡き夢は、農業生産法人に入って一ヶ月目に全部捨てたんですよ。農家ってものすごく大変。朝から晩まで働いているの。それで、例えばほうれん草ひと束200円の値つけたら「高い」とか言われちゃう。素材として売っていたら商売にならないんですよ。

もちろん大量生産して儲かる形を作ることはできなくはないですよ。でも、農業で商売をしようと思ってやっているわけじゃないんです。何よりもおいしいものが食べたいし、作りたい。僕が理想とするものが世の中にないから自分でやっている。

鹿島パラダイス唐澤秀さん(菊地撮影)

◆プロフィール◆
唐澤秀(からさわ・しゅう)
1976年、静岡県浜松市生まれ。明治大学農学部を卒業後、白菜の生産・販売を行う茨城の農業生産法人に8年間勤務。2008年に退職し、独立。鹿嶋市に移住して無肥料・無農薬の自然栽培を開始する。現在は自然栽培による農産物の生産・加工・販売を行う「鹿嶋パラダイス」及び、地ビール工房&自然食レストラン「Paradise Beer Factory」を運営する株式会社オールフィールズ代表取締役。二男一女の父。

どうしたらおいしい野菜になるか一言で説明できる

――大学卒業後に勤め始めたのは農業生産法人でしたね。

白菜の栽培と卸しをしている農業生産法人です。自社の畑2ヘクタールと契約農家の畑が250ヘクタールくらいあったんですけど、栽培計画から土壌分析、出荷の段取りまで全部僕らがやる。市場を介さずに毎日3,000ケースくらいを漬物屋に卸すんですけど、野菜は保存がきかないからその調整が難しくて相当鍛えられましたね。

そこで全国津々浦々の産地を巡るなかで、いろんな農家さんに出会って、いろんなものを食べさせてもらった。おかげで、どういう品種を、どういう時期に、どういう栽培方法で作るとおいしくなるのか、つかめるようになったんです。

――どうしたらおいしいものが作れるんでしょうか。一言では言えないと思いますが。

いや、一言で言えるんですよ。おいしくなる品種を選ぶこと、これで8割決まる。残りの2割は栽培方法。

――おいしくなる品種というのは?

野菜の品種って大きく分けて二種類ある。一つは昔から作られている品種で、在来種とか固定種って言われている。もう一つはF1種です。F1種は生産性を最優先にしているものが多い。たくさん収穫できて、規格がそろっていて、見た目もいい。一方で、生産性があまり良くない、見た目もそろわない在来種が生き残っています。
例えば、賀茂ナスなんて去年、一昨年できたわけじゃないんですよ。ずっと昔の先人たちが作って、食べておいしいと感じたんでしょうね。だから今年もこの種まこうって。そうやって何百年も続いてきた。逆になくなったものも星の数ほどある。気候に合わなかったものもあるかもしれない。でも、ほとんどは人が選んで種を残してきた。

鹿島パラダイスで自然栽培で育てた賀茂ナス

――唐澤さんはそういう先人たちが残してきた在来種を栽培している。

そう、ほぼ在来種。在来種の中でもおいしくなる遺伝子を持っている品種を選んでいます。

栄養過剰な畑が病気や虫を寄せつける

――自然栽培にはどこで出会ったんですか?

農業生産法人にいる時に、知り合いのバイヤーに連れていかれて、『奇跡のリンゴ』の木村秋則(きむら・あきのり)さんの畑を訪れた。木村さんは今でこそ有名だけれど、当時の僕は知らなかった。最初に会った時には、正直言って眉唾ものだと思った。

茨城に帰って半年くらいは特に何もせず、ほとんど忘れかけていた。それでも木村さんが言った「堆肥や肥料をやるから病気や虫が寄ってくるんだよ」って言葉がどこかに引っかかっていたんでしょうね。

ある時に、何をしてもダメな畑があって、調べると畑が栄養過剰な状態になっていることがわかった。いや、過剰っていうのがまた難しくて、子供茶碗一杯のご飯で足りる人もいれば、どんぶり一杯食べても足りない人もいるように、土の中のことなんて本当は誰にも分からない。ただ、肥料や堆肥をやり過ぎると良い影響を及ぼさないんだって感触があった。

それで、知り合いの農家に余っている畑を借りて自分で自然栽培をやってみたんです。

「その畑にちょうどいい肥料や堆肥の量は誰にも分からない」と唐澤さんは言う

――すぐにうまく収穫できたんですか。

まあ、できなくはないんですよ。販売できるような見た目や量ではなかったけれど収穫はゼロではなかった。

ジャガイモやらナスやら葉物もいろいろできて、それが全部おいしかった。試しに取引先のバイヤーさんたちにも食べてもらったら、「これ作って売ってよ」って言われましたよ。

――それで会社を辞めて自然栽培を始めたんですね。

うん……まあ、もともと会社はいずれ辞めようとは思っていたんだけど。自分のやりたいことに出会ってしまったから、辞めて独立したんです。2008年3月のことです。
 

【後編】では、独立後の軌跡や経営状況、目指す理想像などについて伺います。
 

※撮影者の記載のない写真は鹿島パラダイスの提供です。
 

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