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ラーメンやたこ焼きも日本食!? 和食文化はどうあるべきか

柏木 智帆

ライター:

連載企画:お米ライターが行く!

ラーメンやたこ焼きも日本食!? 和食文化はどうあるべきか

訪日外国人数が増えています。2018年は史上初の3000万人超となりました(日本政府観光局発表)。訪日外国人に対して日本の食文化を知ってもらおうと、和食を見直す動きもあります。一方で、インバウンド(訪日外国人旅行)が和食の振興を進めているという見方に否定的なのは、「和食文化学会」会長の佐藤洋一郎(さとう・よういちろう)さん。長年にわたりアジアの稲を中心にフィールドワークを行うなど海外の食文化にも詳しい佐藤さんに、「和食」の考え方について聞きました。

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観光と共に展開するものではない

インバウンドの隆盛や「日本食ブーム」とともに、訪日外国人向けの「日本食」「和食」を提供したり、海外に「日本食」「和食」を輸出したりする動きが盛んです。しかし、「和食文化学会」会長で農学者の佐藤洋一郎(さとう・よういちろう)さんは「和食文化の研究は決して観光学と一緒に展開するものではありません」と指摘します。

和食文化

和食文化学会会長で農学者の佐藤洋一郎さん

「たとえば、フランスのパリに10回行った日本人がレストランで何回か食事をしたからといって、フランス料理の神髄が分かるでしょうか。同じように、外国の人が日本に10回来ても、和食がどんなものか分かるでしょうか。10回分の理解に過ぎない。それが良い悪いではなく、訪日外国人がたくさんいるからといって、その人たち向けだけに『和食』を打ち出すのは変です」

かつての日本人の認識は「日本食=和食」でしたが、今では日本で訪日外国人が食べるラーメンや焼きそば、たこ焼きなども「日本食」とされていたり、海外で展開する日本の飲食店が、現地の好みに合わせて味付けをスパイシーにしたり食材を変えたりするなど、「日本食=和食」とは言えなくなっています。

日本食

ねぎ焼きも「日本食」??

そんな中、2018年2月末に和食文化学会が京都で発足しました。佐藤さんは「日本に生まれ育って暮らしているわれわれは食に対する自分たちの考え方を持っているはず。それをちゃんと継承するのが大事です。和食文化の研究は、もともと日本という風土に生まれ育った食はどういうものであったか、守るべきは何であるかをちゃんと言っていくものでなければいかんと思うのです」と話します。

和食文化は「動態保存」すべき

「和食」は2015年にユネスコの「無形文化遺産」に登録されました。

無形文化遺産の目的は、消滅の危機に瀕(ひん)している文化を守ること。その遺産に登録されるということは、日本の食文化から和食が消えつつある状況に陥っているということでもあります。そもそも、本来の和食とは私たちのハレとケの食卓であるはず。私たちは和食をどのように受け継いでいけば良いのでしょうか。

佐藤さんは、和食は「動態保存」で守るべきだと言います。「動態保存とは、あるがままに保存するということ。つまり、食材を収穫する、食材を料理する、食材を食べるというふうに、社会の中で体現できるのが動態保存です。プロダクトが見えていればいい美術品とは違います。たとえば、無形文化である踊りの場合は、踊る舞台、衣装、衣装の素材となる原料や作る技術など、さまざまなものがつながっています。無形文化遺産として和食を守るならば、動態遺産として守っていくことが大事です」

ごはん

和食の中心はごはん

和食文化学会が目指すのは、和食文化に関する“知”を集めて「和食文化学」という学問を作ること。「多くの学問の知は実験や観測のデータなど大学や研究所といったアカデミーの中にあります。しかし、食文化の研究においては、アカデミーの中にある知はほとんどありません。食文化の知は社会にあるのです」と佐藤さん。私たちの食卓の連続が食文化となり、動態保存につながっていくのです。

和食だけがすばらしいわけではない

アジアの稲を中心に世界でフィールドワークしてきた佐藤さんは、海外の食文化と相対化しながら日本の食文化を見ています。

「日本は季節や行事を大事にすると言いますが、和食だけが季節や行事を大切にするわけではありません。世界の人たちは折々の季節行事に合わせておいしいものを食べてきました」。たとえば、ニューヨークのアメリカ自然史博物館のホームページには、世界のFOODとして、アメリカの「感謝祭」のハレの食事、中国の「中秋の名月」に食べる月餅などが紹介されています。

海外の食文化を知ることは、相対化して日本の食文化の魅力に気づくことにもつながります。「和食文化の研究は、和食文化そのものだけにとどまらず、海外も含めたさまざまな食文化を幅広く研究した中で、和食文化とはどういうものかを説明できるようになればいいなと思っています。海外には海外の、日本には日本の季節や行事の楽しみ方があります。和食文化の精神とは、日本で生きてきた中で一人一人が持つ自分たちの物語を大事にすることです」と佐藤さんは言います。

七草粥

1月7日の「人日(じんじつ)の節句」の朝に一年の無病息災を願って食べる七草粥

「おいしさ」とは何か

和食文化学会は「京都で立ちあがった」と聞くと、京都の料亭の中だけの特別な世界のような印象を受けますが、学会のテーマは家政学、栄養学、農林水産業、畜産業、食品加工、農耕文化、料理文化、郷土料理、在来種など、「京都という地域にこだわらずに食に関係するものは網羅していく」(佐藤さん)という幅広さ。「学術の世界はもともとテーマを狭く絞っていくものなので、学術関係者にとっては少し戸惑いがあると思う」と佐藤さんが言うように、あらゆる学会の中で少し異色なようです。

たくあん

料亭の料理から家庭の料理まで

中でも、食から切り離せないのは「おいしさとは何か」というテーマ。

佐藤さんはタイでフィールドワークをしていた35年ほど前、タイの友人に自身がおいしいと思う日本酒を贈りました。そして、その日本酒をタイのレストランで友人と一緒に飲んでみると「間の抜けたお酒」だと感じたそうです。「タイ料理のような強烈なエスニック料理に細やかな味わいのあるお酒は合わなかった」と佐藤さん。また、現地では現地の料理やお酒が最もおいしく、現地でおいしかったものを買って帰って日本で食べてもどうもおいしくないというふうに、私たちの「おいしい」は文化や嗜好(しこう)や環境、さらには、過去の記憶や体験、料理の作り手など、さまざまな要件によって変わってくるようです。

和食文化

スパイシーなエスニック料理と一緒に日本酒を飲むと「間の抜けたお酒」と感じたそう

佐藤さんは「おいしさは自然科学的に分析できるかという命題がある」とも言います。佐藤さんによると、京都のある料亭の主人が5軒の有名料亭で作られる同じメニューをミキサーにかけて成分分析をしたところ、栄養素や塩分は見事なまでに変わらなかったそうです。

「では、おいしさとは何かというと、先日あの料亭に行ったのはおじいちゃんの法事のときだったとか、あの季節にあの店に行くとあの設えがあるとか、あの店はどういう器で料理が出てくるとか、料理の周辺にあるいろいろな物語と深い関わりがあるものです。メニューを見せられただけではわからない一人一人のストーリーが料理の背後にあるのです。英語圏では『ナラティブ(語り)』と言います。おいしさはナラティブ。近年は『糖度何パーセントだからおいしい』といった訴求ばかりでしたが、これからの食の研究はナラティブを追究する方向を向いていかねばと思っています」

◆現在、和食文化学会の会員数は100人ほど。大学や研究機関に所属する専門家だけでなく、食の生産・加工・流通・消費・廃棄等に携わるあらゆる「食の当事者」との協同を目指しています。設立から約1年を迎える2月23日・24日には「第一回研究大会」が京都府立大学、京都府立京都学・歴彩館で開かれます。

和食文化学会 第一回研究大会

和食文化学会

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