オランダにおけるチーズ事情
私がオランダに住んでいて驚いたのは、オランダ人が本当にチーズをよく食べるということです。実際に私がホームステイしていたところも朝食と昼食で食べていました。どこの街にもチーズショップはあり、スーパーにも数多くの種類のチーズがずらりと並んでいました。調べてみると、オランダ人が2016年に消費したチーズの量は1人当たり21.6キロ。それに対して、日本は2.4キロで、オランダ人は、日本人の10倍近く食べているようです(国際酪農連盟日本国内委員会調べ)。
ところが、今回訪問したヘイレユーバーの方の話を聞くと、オランダでのチーズ農家の数は減少しているとのことです。数十年前は1500戸ぐらいでしたが、現在は250戸ほどになっています。しかし、各農家の生産規模が拡大しているため、農家数が減ったにもかかわらず生産量は当時と同じぐらいです。
チーズ農家になるために、乳牛を育てる環境からチーズ作りの設備までをそろえるとなると莫大な投資になります。最近は若い人の新規参入を促すために、国から補助金が出るようになったようですが、技術的な問題、売り先や経営など、さまざまな障壁があるようで、チーズ農家になるための新規参入は難しいようです。
チーズ農家が作るチーズと大規模な工場が作るチーズの大きな違いは、無殺菌の生乳で作っているかどうかというところです。チーズ農家が作るチーズは無殺菌の生乳から作られ、その土地にしかいない微生物が働くことで固有の風味になります。自然の力を借りて作るので、同じ味のチーズは2度と作れないと言われます。一方、大規模な工場のチーズは、さまざまなところから生乳が大量に集められるので、殺菌がされ、味が均一化されます。このようなことから、チーズ農家が作ったチーズが愛されているようです。
こだわりのチーズづくり
ヘイレユーバーは年配の夫婦2人で経営しており、チーズ工房の隣には、自分たちで作ったチーズや地元のワインや農作物を扱うショップがあります。
以前は養豚やヤギ畜産をやっていたそうですが、約40年前から持ち運びや保存が利くチーズを作り始めたそうです。
ここでは、50頭の牛から毎日、朝夕の2回搾乳します。この生乳から無殺菌でチーズを作ります。チーズ作りは2日に1回行われて、約2300リットルの生乳から、9分の1となる250キロのチーズが出来上がります。
この農家のチーズ作りには、無殺菌以外にも特徴があります。チーズ作りの工程で、チーズの型取りをした後に、飽和食塩水に3日浸すという工程があるのですが、ここのチーズ工房ではこの飽和食塩水を30年ぐらい変えていないとのことです。長年使用しているので、特有の微生物が住み着き、このチーズ工房独自の味に仕上がります。
また、乳牛へのエサもこだわり、トウモロコシや牧草を発酵させて作ったサイレージなど自分たちの畑で取れたものを与えます。作業がどうしても多くなるので、エサを作ることは一部アウトソーシング(外部に委託)しているようです。
それらさまざまな要素が関わって、お客さんが好む独自のチーズに仕上がっていきます。
地域密着で長く愛される農場に
ヘイレユーバーの周りにはほとんど家がなく、緑が一面に広がる空間でした。近くにある街も人口1万人や2万人の小さな街が10キロ先にあるぐらいです。
それでもできるだけこの地で売ることを優先し、ここで作られるチーズの6割は、隣接するショップに卸しています。話を聞くと、10キロ、20キロ先からここのチーズを買いにわざわざ車で訪れるお客さんばかりのようです。
私がすごく気になったのは、近くに目立ったお店もないし、このような田舎で生計が成り立つかということです。
話を聞くと、「そもそも酪農家にとっては田舎にしか十分な土地がないということもあるが、お客さんには町の喧騒から離れて、森と草原の景色の中に牛が放牧されているようなリフレッシュできる環境を求めてくる人が多い。農場に来ると、手入れされている庭があったり、牛舎の中の牛や子牛が見られたり、草や牛のにおいがかげたり。反対側を見るとチーズ工房がのぞけて製造過程が見られる。ショップに入ると実際にそこで作ったチーズを試食して買える。おまけに近くの農場で作られる農産物が買えたりもする。田舎だからこそ、人が来てくれる。そんな環境を誇りに思う」とのことでした。
田舎=「人が来ない所」ではなく、「のんびりできる特別な場所」と位置付けているのが印象的でした。
加えて、「セールス・プロモーションも大事だ」とも話していました。
毎週チーズ工房のツアーを行ったり、店内に美術品を置いてアトリエにいるような空間を演出したり、春に放牧が始まってから作られる“放牧チーズ”の解禁日には、村の人たちにその年の最初に放牧をして作られたチーズを振る舞ったり、マーケットに出店したりとさまざまなイベントを行っているとのことです。
また、このあたりは緑を生かしたキャンプ地になっており、夏のバカンスシーズンにはヨーロッパ諸国から観光客が多く訪れるそうです。その際に、チーズショップに立ち寄れるツアーを組むことも多いそうです。また、クリスマスシーズンには、ギフト用で1日1000キロものチーズを売り上げるようです。
これらのうち、どれが一番効果があるという訳ではなく、地道にやっていくことが大切だということでした。
田舎で周りに人が住んでいないからこそ、癒やしを求めて人々が集まる。また、そんな環境下で、人々に愛されるようなものをこだわりを持って作り、地道に届けようとする思いによって、長く愛される農場を作ることができたんだなと感じました。
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オランダでは地元志向の人が増えているようで、スーパーにも職人が作ったチーズが並ぶようになってきています。取材後に聞いたのですが、ヘイレユーバーにも大手スーパーマーケットのアルバートハイン(Albert Heijn:オランダのシェア40%弱)が取り扱いたいと交渉に来たようです。
次回は、オランダの花農家の目線から花産業の今後について、紹介します。
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