【大屋洋子さん プロフィール】
株式会社電通PRソリューション局事業開発部部長。2011年から日本の食の「いま」を知り、食生活の「これから」を考えるプロジェクト「食生活ラボ」を設立・主宰。「食」に関する調査や分析、商品・ビジネス開発を行っている。4月にマイナビ農業とのコラボレーションで実施した、農水省職員が主催する勉強会「霞ヶ関ばたけ」にも登壇し、今求められている「食」について解説した。 |
食生活に関わる9の未来事象
私たちの「食生活」にこれからどのような未来が起こるのか、大屋さんが提示してくれたのは社会や環境の変化による9の事象です。
「人口減少」や「少子化」、「高齢化」など、マクロトレンドとして広く認識されていることも多く、日常的に耳にすることが増えている言葉でしょう。ただ、「食」に関してこれらのキーワードを見つめてみると、さまざまなことがわかってきます。
「この先人口が減ると、食についてもその消費量は国内では減っていくことが予想できます。これからの食品業界については、量よりも質が重要になってくるだろうということがわかりますよね」と大屋さんは分析します。
さらに、少子化や単身世帯の増加、そして働く女性の増加という事象からは、家庭像の変化が読み取れるのだそう。一般的な家庭像は、ひと昔前は夫婦と子ども2人、そして場合によっては祖父母も加わるというものでしたが、今や多種多様な家庭が存在しています。それにともない、食材の買い方や食事の作り方も変わっていくというのも想像できます。「買い物になかなか行けない消費者にとっては、『値段が安い』などよりも『野菜が日持ちする』ということが大きな価値を持ちますよね」(大屋さん)
その他、テクノロジーの変化によってスーパーのチラシや農作物の詳しい情報にアクセスしやすくなったり、日本食への注目によって日本の原種、古来種の農作物への関心も高まっていたりと、それぞれに食生活への影響が見られるそうです。また、最近のトレンドとして、「持続可能性」というキーワードもあり、みんなで地球を守っていこうという意識が高まっているため、たとえば食料廃棄を出さないとか、形が良くない野菜も利用するなど、食にまつわる消費者の意識も変わっているのだとか。
「このように、未来事象を食生活という観点から分析することによって、消費者が何に価値をおいて商品を選ぶかという大きな流れを知ることにもつながります」と大屋さんは言います。
5つの生活者マインドを読み取る
大屋さんたちは、2016年9月に行った「電通近未来マインド調査」で、15~79歳の男女1200人に3~4年後の食生活について、40項目にわたって予見と願望を答えてもらいました。そこでわかってきたのが、「生活者のマインド」です。大屋さんによると、「食」のマーケティングをするうえでは、先ほど見てきた世の中や社会の大きな流れである「9の未来事象」に加えて、さらに「生活者のマインド」にも思いを寄せる必要があるのだそうです。そして、そこから見えてきたことにこそ、消費者のニーズが隠れており、ビジネスチャンスがあると言います。
上記のグラフは、縦軸が「増やしたい」、「減らしたい」という願望について、横軸は「増えているだろう」、「減っているだろう」という予見について表されています。
「たとえば、『朝ごはんを食べる』については、『増やしたい』し『増えるだろう』という結果になっています。実はこの『増やしたい』には、今はできていないというメッセージも込められている。また、『ファミレスやファストフードの利用』については、『減らしたい』し、『減る』と答えているのですが、でも実際に3~4年後に利用が減るとは考えにくいですよね」と大屋さん。どうやら、この「生活者のマインド」はなかなか奥が深そう……ということで、調査結果から読み取れる5つの近未来マインドについて解説してもらいました。
①「野菜」を食べれば安心
野菜の摂取については、「増やしたい」し「増えるだろう」と回答した人が多数。この調査はこれまでも5回くらい実施しているそうですが、毎回同様の結果で、「野菜を食べていれば安心」というマインドを生活者が持っていることがわかります。実際に、サラダブッフェが増えていたり、コンビニでもサラダの販売が増えていたりと、生活にも変化が感じられるでしょう。
②本当は「素材も気にしたい」
たとえば「国産の食材・食品を買う」、「食材・食品の安全性を気にする」といった項目は、調査開始以来ずっと「増やしたい」し「増える」と回答されています。でも、実際に店頭で必ず国産のものが選ばれているかというと、必ずしもそうではないのが実態でしょう。「本当はそれを選びたい、でも実際は価格などの障壁があって、いつもそういうわけにはいかない」。そういったマインドが、この結果に表れているのではないかと思います。
本来、日本に住んでいる人が日本で作られたものを食べるということはごく当たり前で理にかなっていると思うのですが、それが「願望」でとどまっている。結果、「国産」を使うことで素材を気にしているという安心感が得られる。それが付加価値になっているということなのだと思います。
③できることなら「手をかけたい」
「自分で料理をする」、「手間ひまかけた料理をする」というマインドは高く、ここから今でも「手作り志向」が残っているということがわかります。一方で、冒頭でお話ししたように、働く女性が増え、一人暮らしも増えているといった背景から、現実的には忙しくて手間ひまをかけることは難しいというジレンマがこの結果に表れています。料理の1分動画や料理キット、具材を入れるだけで料理ができる家電などは、こういった生活者マインドに寄り添ったことで、ヒットしているのだと思います。料理を手短に作りたいという「時短」志向は以前からありますが、ただ手を抜いて時間を短縮するということではなく、短くなった分の時間を子どもに向き合うなど有意義に使うという意味合いを込めて、最近では「時産」表現を使う傾向もあります。忙しい生活者たちにとって、手間や時間を省くことで、新しい時間が生まれること、そうした価値は大きくなっていると考えられます。
④「ひとり」でも「家族」を感じたい
「家族で食事をする」ことは、「増やしたい」けど「減るだろう」、そして、「一人で食事をする」ことは「減らしたい」けど「増えるだろう」とされています。つまり本当は一人より家族で食べたいということです。最近、地域の人たちが集まって一緒にご飯を作って食べる「まち食」や、シェアハウスなどでみられる「食卓シェア」などは、こうしたマインドに寄り添った事例なのではないかと思います。運営目的や意味合いは少し異なりますが、「子ども食堂」などもそうしたマインドを満たす役割を担っているのかもしれません。
家族で食卓を囲むことが当たり前ではなくなりつつある今、本当の家族でなくても地域やコミュニティーで食卓を囲むことでを家族感を感じる、そういった動きが感じられます。
⑤男性も当たり前に料理をしたい
「男性が料理をする」というシーンが出てくるCMを目にすることも増えました。世の中のマインドとしても、料理をする男性が増えることは好意的に捉えられていて、もはや料理は女性だけがするものではないと言えそうです。
性別や人種の違いに限らず、個々の多様性を受け入れようという「ダイバーシティー」は、当然食においても変化をもたらすでしょう。料理のみならず、食卓の在り方、食卓を囲むメンバーなど、あらゆる食シーンに影響を与えることは必至です。今後ますます外国からのお客様が増えることが想定されますが、そうなると、各国の分化や宗教などによる食にまつわるルールも理解しておく必要がありそうです。
消費者行動の変化
実際に、生活者はどのように「買う」「食べる」などの消費行動をとるのでしょうか。株式会社電通でこれまで「食」にまつわるコミュニケーション戦略などを企画してきた大屋さんに、消費行動の変化についても聞いてみました。
これまでは、消費者の心理的な流れについて「AIDMA(アイドマ)」というフレームがあり、「Attention」はCMや広告でまず気付く、そして「Interest」で興味を持ち、「Desire」で欲しいと思う、「Memory」で覚え、「Action」で実際に行動するというものでした。ただ、ITが入ってきたことによって、新たに「AISAS(アイサス)®」というフレームが10~15年前から定着しているといいます。「Attention」で気付き、「Interest」で興味を持つ、そこから「Search」でいったん調べる行動に出て、そのうえで、「Action」で行動に移し、その後、「Share」で周りに情報をシェアするという流れです。「シェアする」ことによって、そこからさらに消費者行動が繰り返されるのだそう。
だれもが情報の発信元となれる「1億総メディア化」だからこそ、こういった流れは加速していると思われます。情報が発信しやすくなり、生活者に理解してもらいやすくなっている半面、その情報の伝わり方次第では評判を落とすこともあり得るため、情報をきちんと正確に「伝わる」ようにしていくことが大事だと言えそうです。
食材を作る生産者が意識すべきことについて
それでは、生活者のマインドを参考に、生活者が求める食を提供していくためには、食材の生産者はどのようなことを意識すればいいのでしょうか。大屋さんがいくつか提案をしてくれました。
地域での農業を意識する
「食の形が変化していくと、農業において求められるものも変わってくると思います。たとえば地域の人といっしょに農作物を作る、余った野菜を『まち食』などの場に寄付する、またどう食べるといいかなど農家の知恵が伝わるようにするなど、そうしたことがより求められるし、それによってさらに価値が高まるのではないでしょうか」(大屋さん)
農家の知恵を伝える
大屋さんは家政学部を卒業し、家庭科の教員免許を持っていますが、家庭科の教育実習に行ったときに「マグロってどう泳ぐの? 四角いのに」と子どもたちが聞いてきたことがあるのだそう。今では野菜もカット野菜などの原形がわからない状態で販売されることが増えています。
この野菜はどうやって育ち、どんな特徴があるのか、どうやって食べたらいいのかといった野菜に関する情報や知恵自体に、価値が置かれはじめていると大屋さんは考えています。「たとえば育っていく過程をインターネット上にアップしてそのURLをパッケージにつけるとか、その野菜の効果的な保存法といった情報も同封するなど、消費者のニーズを汲み取った商品作りをしていくこともできるでしょう。時代を読み、消費者の変化を感じ、そこにどんなニーズが隠れているかを考えることは、生産者さんにとってもきっと有効なんじゃないかと思います」
知ってもらうためのPRをする
どんなにおいしいもの、いいものを作っていても、先ほどの「AIDMA」や「AISAS」にもあったように、最初のステップは「Attention(アテンション)」、つまり、知られていないことにはどうしようもないですよね。だれでも情報を発信できる今の時代だからこそ、その農作物の存在や農家さん自身、また地域の共同体などについてホームページを作るなど、情報を発信する必要がありそうです。「今の生活者はみんな忙しいですし、かつてに比べて情報量は圧倒的に増えているので、情報も単に発信するだけでなく、届けるというところまでを意識することが大事だと思います」と大屋さん。手塩にかけて作ったものを、それにまつわる情報も含めてしっかり生活者に届けることが重要そうです。
付加価値を高める
人口が減り消費量は確実に減っていくので、農作物も量から質が重視されるようになると考えられています。「農作物の付加価値を上げていくことが大切で、国もそういった観点から6次産業化を進めていますよね。ただ、ドレッシングやジャムを作ったほうがいいということだけではなく、これまでお話ししてきたようなことをふまえて付加価値もつけていただけるといいかなと思います」と大屋さんは話してくれました。
最後に大屋さんは、「世の中が変わっていっても、野菜を食べたいという気持ちや、手作り信仰というものは依然として残っていて、変わることもあれば変わらないこともあります。そういった消費者目線を持っていただくことはきっと売り上げの向上にもつながると思いますし、結果として農家のみなさんにとっても、消費者にとっても「ウィンウィン」の状況になるといいなと思います。日本の『食』を支えてくださっている農家のみなさん、これからもがんばってください!」とエールを送っていました。
ここまで「食」のマーケティングについて、大屋さんに聞いてきました。これからは農業において、個人の生産者も今どのような「食」が求められているのか、意識することが大切だと言えそうですね。