農家のセールストーク「一生懸命作ってます」がNGなワケ
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農家のセールストーク「一生懸命作ってます」がNGなワケ

連載企画:農業経営のヒント

農家のセールストーク「一生懸命作ってます」がNGなワケ
最終更新日:2019年08月19日

農家にとって最も大切な価値とは何だろう。精魂込めて野菜を作っていること。誰にも負けないおいしい果物を作っているという自信。環境に優しく、作物が元気に育つ土作りを続ける努力。どれも間違いなく、大事な取り組みだ。だが日本野菜ソムリエ協会理事長の福井栄治(ふくい・えいじ)さんは「それだけで本当に消費者に価値が伝わりますか」と問いかける。ちょっと辛口だが、農業が活力を増すためのヒントに満ちた福井さんの言葉に耳を傾けてみよう。

果物や野菜の魅力を伝える野菜ソムリエ

野菜ソムリエは野菜や果物に関して深い知識を持ち、さまざまな形で社会に広めることができると認められた人が与えられる民間資格。資格の認定機関として、2001年に福井さんが日本ベジタブル&フルーツマイスター協会(現日本野菜ソムリエ協会)を設立してスタートした。

野菜ソムリエによる野菜の評価会(東京・築地)

資格は3段階に分かれている。「野菜ソムリエ」は野菜や果物の見分け方や調理方法などを協会の講座で学んだ人に付与する資格。「野菜ソムリエプロ」はより専門的な知識を身につけ、イベントや講演など仕事にいかすことを目指す人向けの資格で、「野菜ソムリエ上級プロ」は専門知識をベースに起業する人などを想定した資格。いずれも知識だけでなく、野菜の魅力を伝えるためのコミュニケーション能力を重視しているのが特徴で、修了試験や面接などを通して野菜ソムリエを名乗る水準にあるかどうかが試される。
すでに5万人以上が資格を取得し、料理教室やセミナーの講師、青果物の販売やレシピの開発など幅広い分野で活躍している。ジャーナリストや芸能人で資格を取った人もいる。農家が送ってきた野菜や果物をソムリエが試食し、食味が優れたものを表彰する評価会も実施している。

評価が高い野菜は金賞や銀賞を授与される

ここまでが、食の世界に広く浸透しつつある野菜ソムリエという資格の概要。では福井さんはどんな思いを込めてこの資格を作ったのか。そのことを理解するため、福井さんが協会を立ち上げるまでの歩みをたどってみよう。
生まれは1963年。父親はカマボコなど練り物を製造して販売する会社を経営しており、息子の福井さんにも「食品業に携わってほしい」との思いを抱いていた。幼い福井さんを、市場での仕入れに連れて行ったりした。
父親のそばで仕事を見て育った福井さんにとって、自分も食品の仕事をするのは自然なことのように思われた。ただ高校に入ったころ、ある思いが頭をよぎった。「父を追い抜きたい。でも勘と経験の世界では一生抜くことはできない」。父親は包丁で魚をさばき、練り物を作る職人から経営者になった人だった。
父親と同じ道を選び、父親に追いつく難しさを感じた福井さんは、大学に進んで経営学を学んだ。卒業後に就職先に選んだのは商社。日商岩井(現双日)に入り、希望がかなって食品部に配属になった。

インドネシア留学で自覚した「食品を扱うためのモラル」

のちに日本野菜ソムリエ協会を立ち上げることになる福井さんにとって、最初の転機になったのが海外留学だ。20代にずっとがむしゃらに働いてきて、ゆっくりしたいと思って選んだ留学先はインドネシア大学で、専攻は経済学。予想に反し、待っていたのは勉強漬けの日々だった。学生は国の将来を担う志に燃える若者たちで、「こんなにやるの?」と驚くほど勉強熱心。福井さんも「夢の中で勉強していて、起きたらまた勉強」という毎日を送った。
留学生の立場でインドネシアに行ったことで財産となったのが、学生やジャーナリストとの交流だった。仕事に縛られず、広いつき合いができたのだ。彼らの多くは社会正義に燃えていて、商社マンである福井さんに重い問いをつきつけた。「日本の商社がインドネシアで何をやっているか知ってますか」。日本企業の行為が、環境汚染につながっているという指摘だった。
「人の口に入る食品を扱う人間には、高いモラルが必要だ」。父親のこの言葉がずっと胸にあった福井さんは帰国すると、農薬や化学肥料を使わずに作った大豆などのオーガニック食品を海外から輸入し、スーパーなどに売るチームを発足させた。まだ日本ではマイナーだったオーガニック食品を扱うことに対し、社内では「趣味はアフターファイブでやれ」などの反対意見もあったが、米国で市場が伸びていることを知った上司の後押しで実現した。

フェーストゥーフェースで野菜の価値を伝えることを目指す日本野菜ソムリエ協会理事長の福井栄治さん

次の調達先はいよいよ国内。輸入食品を扱ってくれた大手スーパーの担当者から「有機農産物を売るのなら、日本のものも扱うべきでは」と言われたのがきっかけだった。スーパーなどの大量流通に否定的な考えの人が多い有機農家を訪ね、出荷してくれるよう説得して回るのは「超アウェーの仕事」(福井さん)。だが父親から教えられたことやインドネシアでの経験を伝えるうち、有機農家たちも心を開いてくれるようになり、契約農家は3000軒まで増えた。
次に大きな転機となったのが、外資系コンサルティング会社勤務を経て2000年にオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)を設立した高島宏平(たかしま・こうへい)さんとの出会いだ。知人を通して10歳年下の高島さんを知った福井さんは、インターネットで農産物を販売するというアイデアに強く引かれ、日商岩井からの出向の形でオイシックスの立ち上げに参画した。

インターネットによる農産物販売を始めたオイシックス・ラ・大地社長の高島宏平さん

ほぼ同じ時期に、野菜ソムリエの構想が福井さんの中で芽生え、膨らみ始める。平日の退社後や週末の時間を使って教材を作成。2001年に日商岩井を辞めて日本ベジタブル&フルーツマイスター協会を設立し、翌年にはオイシックスも退社した。自ら考案した野菜ソムリエという資格を通し、野菜や果物の価値を社会に広める取り組みはこうして本格的にスタートした。
では福井さんが思い描く、理想の野菜ソムリエとは何か。その中身は、構想を温めていた当初も今も変わらない。野菜の品質チェックに厳しい大手スーパーのバイヤーや調理の仕方を熟知したシェフ、食品の栄養価に詳しい大学の研究者、そして語りのプロのアナウンサー等々。彼らのスキルが全部合わされば、野菜の価値はもっと高まる。そんな人は現実にはまずいないが、大切なのは「究極の姿」のイメージなしに、人材は育成できないという点だ。

「この車走ります」と言って自動車売れますか?

商社でのオーガニック食品の輸入から、国内の有機農家の発掘、さらにオイシックスや日本野菜ソムリエ協会の立ち上げにいたる歩みの中で、福井さんが何を追い求めてきたかが浮き彫りになる。それは農産物の価値を見いだして多くの人に伝え、マーケットを広げるスキルを高めることだった。
オーガニック食品を輸入し始めたとき、大手スーパーは福井さんの挑戦に賛同して棚のいい位置に置いてくれた。だが当初は思うように売れなかった。「オーガニック食品を作るのがどれだけ大変で、いかにいいものかを僕らは知っていた。でも一般の人からすれば『何それ』という存在だった」
国内の有機野菜を仕入れ始めたときのことを、「超アウェーだった」と表現するほど、農家の理解を得にくかったことは先に触れた。そのとき強調したのが、「スーパーで売ることで、有機野菜がもっとメジャーになりますよ」ということだった。1970年代に端を発する有機農業運動の流れの中で野菜を作ってきた農家にとって、この誘いは新鮮な響きを持っただろう。福井さんは「一部の人向けの商売に彼らも限界を感じていた」と当時をふり返る。

野菜の価値を表現する多様な言葉が必要だ

この間、福井さんがこだわってきたのが取り組みの「広がり」だ。その点に関し、インターネットを使うオイシックスの登場に接して「すごく震えた」と評価する。小さい自然食品店での販売や、紙のカタログで売ってきた宅配と違い、ネットなら即時にいろんな情報を発信し、顧客とコミュニケーションできる。
それでもオイシックスを離れたのは、ネット販売の先行きに失望したからではない。「フェーストゥーフェース、つまりお互いの顔が見える距離で野菜の価値を伝える」ことの可能性に挑戦したいと思ったからだ。このあたりの決断は路線の違いというより、日本の農業を盛り上げるための選択肢の広がりと受け止めるべきだろう。
では野菜や果物の価値を広く伝えるためには、どんなコミュニケーションの仕方が必要なのか。例えば福井さんは「丹精込めて作ってます」といった説明の仕方に疑問を投げかける。
「丹精込めて作ってないと強調する農家がいますか。『うちの車走ります』と言って車を売り込む自動車メーカーがないのと同じです」
言うまでもなく、野菜を一生懸命作る努力そのものを否定しているわけではない。野菜を少しでも高く売るには、作る努力とは違う工夫が要ると指摘しているのだ。「トマトの価値を聞くと、皆さん『甘い』とか『酸っぱい』とか答えます。それもありですが、ひょっとしたら経営形態が価値になるかもしれません。山の中の深い谷で作っていることかもしれないし、新規就農した20歳の女性が作っていることかもしれない。逆に3代続けて50年目でもいいんです」
「野菜を少しでも高く売る」という点には注釈が必要だろう。本来100円のものを300円で売るべきだと言っているわけではない。野菜や果物にどんな価値を見いだすかの尺度は人によって違う。だから「自分が作った作物のどこかのポイントに価値を見いだしてくれる人、『300円出してもいいよ』と言ってくれる人を探すべきだ」と訴える。その手段が価値を伝える言葉なのだ。
ここでやや辛口の指摘にも触れておこう。「腕に覚えがあり、プライドを持っている農家のほとんどが、土作りの話をします。そのことを否定はしませんが、多くの農家はビジネスのセンスが欠けているのではないでしょうか」。ただし、すべての農家がマーケティングのセンスを磨くのは不可能。だからこそ、その価値を代弁し、消費者に伝える野菜ソムリエが意味を持つ。
福井さんの一連の指摘の背景にあるのが、「日本の農家は農産物を一生懸命作っていて、結果も出している」という農業へのポジティブな評価だ。そして、野菜ソムリエはそういう農家の努力に共感し、社会への橋渡し役を務めるサポーターなのだ。その資格に挑戦し、農業を応援しようとする人がたくさんいることは、日本の農業の未来にとって希望の一つと言えるだろう。

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