AI×農福連携で再起を果たす 農家16代目の挑戦

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AI×農福連携で再起を果たす 農家16代目の挑戦

連載企画:農業経営のヒント

AI×農福連携で再起を果たす 農家16代目の挑戦
最終更新日:2019年09月03日

神奈川県横浜市の金子栄治(かねこ・えいじ)さんは2018年2月、実家のハウスで久しぶりに農業を再開した。農家の16代目がさまざまな曲折を経てたどりついた営農の形は、障害者の人たちと一緒に作業する農福連携。今後さらに学生や就農希望者などいろいろな人が集まる農場に発展させることを目指す。ある企業の農場で働いた経験が、地域に開かれた農園づくりへと導いた。

40代で営農再開、1年目の失敗

横浜市の郊外にある金子さんの栽培ハウスを8月初めに訪ねた。約束した時刻は午後3時。あまりに暑く、農作業ができない時間帯をインタビューのために割いてくれた。ハウスの正面にすえられた人の背丈より大きい貯水タンクは、下のほうの色が濃くなっていた。井戸からくみ上げた水がタンクを冷やし、表面が結露したためだ。いかに気温が高いかを示している。
中に入ると、地面の上に整然と並んだトマトの列があった。列の根元には、水や肥料をやる黒いチューブが何本も走っている。灌水(かんすい)を制御しているのは、ハウスの隅に設置した「ゼロアグリ」というシステムだ。ベンチャーのルートレック・ネットワークス(川崎市)が開発した。このシステムが金子さんの今の営農を支えているのだが、そのことは後述しよう。

金子栄治さんの農場の貯水タンク。水が入った高さまで結露している

トマトの栽培はこれが2年目。1年目はいろいろなトラブルに直面し、思うように育てることができなかった。トマトの栽培は高い収量を狙う場合、頭上に張ったワイヤから垂らした棒や糸に、茎をくくりつける方法が一般的。トマトの成長に合わせて棒や糸を横にずらすことで、伸びた茎がたるまないようにするのがこの方法のポイント。2018年はそれがうまくいかず、金子さんの言葉を借りれば「トマトの茎が絡み合ってジャングルのように茂ってしまい、収拾がつかなくなった」。その結果、収穫に手間取るなど、作業しにくい畑になってしまった。
もっと深刻だったのは、病気がまん延してしまったことだ。温度設定を間違ったため、ハウス内の湿度が高まり、トマトの株に水滴が落ちたことが原因だ。茎や葉を含めて病気がトマト全体を痛めつけ、十分な栄養が行き渡らずに実が地面に落ちてしまった。知り合いのトマト農家に写真を送ると「すぐ農薬をまくように」とアドバイスしてくれたが、タイミングを逸し、およそ3分の1が死滅した。病気にかかった木を外に運び出し、ハウス内を掃除したことで、今年の3月ごろになってようやく収穫量が上向き始めた。

2年目は栽培に失敗しないよう細心の注意をしている

新規就農者によくある失敗と言いたいところだが、いま42歳の金子さんはけして農業の素人ではない。大学を卒業してからずっと、さまざまな形で農業にかかわってきた。ただ自動灌水システムによるトマトの栽培に挑むのは、これが初めてだ。そしてこの営農方法を選んだ背景には、家業だった農業を外から見つめながら、金子さんがあたためてきた農業の理想像がある。

企業スタッフのやる気の低さに驚いた

金子さんは大学を卒業したあと、25歳のときに実家で就農した。はじめは父親と一緒に農作業をしていたが、しばらくすると別々に仕事したくなった。新しいことにチャレンジしたい息子とこれまでのやり方を続けたい父親の間で考え方にズレが出るのは、「代々農家」によくあるパターンだ。金子さんが幸いだったのは、実家の農地の一部にイチゴのハウスを建て、営農を分離することができたことだ。これが現在、トマトを育てている施設だ。
転機は2009年。ある大手外食企業が近くで田畑を借りて農業に参入した。このプロジェクトに金子さんは参加し、企業のスタッフと野菜やコメの栽培に取り組むことにした。自分が知っている家族農業と、企業がやる農業がどう違うかを確かめてみたかったからだ。2010年に取材したとき、金子さんは「作物ごとに労働時間がどれだけかかり、いくらもうかったかを計算してます」と話していた。損益を厳密に計算するやり方に新鮮な驚きを感じながら、当初は企業の農場での仕事とイチゴ栽培の両立を目指していた。
それからしばらくして、イチゴからは手を引いた。栽培がうまくいっていなかったわけではない。それどころか、ハウス前の直売所に車の列ができるほど人気があった。だがベテラン農家から習ったのは、ずっと農場でイチゴの面倒を見なければならないような栽培方法だったため、家族と一緒に過ごす時間を確保するのが難しかった。そこで仕事は企業のプロジェクトだけに絞ることにした。

金子さんの農場で元気に実ったミニトマト

ところが、企業的な経営を学ぼうと思い、金子さんが参加した外食企業の農業プロジェクトは、期待に反して利益を出せず、農地を地主に返して2017年に姿を消した。黒字化へのプレッシャーが裏目に出て、ある作物の栽培に習熟する前に次々に別の作物に手を出して失敗を重ね、効率を悪化させる悪循環に陥っていた。企業側のスタッフと、金子さんを含めた農業側のスタッフのコミュニケーションも円滑に進まず、建設的な議論が成り立たなかった。
この間に金子さんは予想外のことを目の当たりにした。企業側のスタッフのモチベーションにバラツキがあり、ほとんどやる気のない人もいたのだ。「なぜこの人たちは自分の能力を引き出そうとしないのか」
ここは注釈が必要だろう。筆者はこれまで企業の農業参入をさまざまに取材してきたが、必ずしも本人の意向とは関係なく、農業を担当している人が少なからずいた。希望とは違う人事を受け、なかなかやる気を出せないのはサラリーマン社会ではよくあることだ。ただ金子さんからすれば、やればできるはずのことに向き合おうとしない姿に、釈然としない思いが残った。そんな中で、ある座談会で講師が語っていたことを思い出した。知的障害を抱えていても、農作業をきちんとこなすことができる人がたくさんいる――。

これをきっかけに、金子さんの気持ちは「障害者の人たちと一緒に農業をやってみたい」という方向に傾いていった。そしてこの外食企業が農業から撤退するのに先立ってプロジェクトから離れ、近くの社会福祉法人で非常勤のスタッフになった。この福祉法人が借りた畑に障害者たちと一緒に行き、栽培を指導するのが仕事だ。これが実家で営農を再開するまでの仕事の柱になった。
並行して、ルートレック・ネットワークスから業務委託を受け、自動灌水システムのゼロアグリを農家に販売するための方法をアドバイスする仕事も始めた。ゼロアグリは水や肥料の供給を人工知能(AI)で制御する仕組みで、これまで休みを取りにくかった農家の働き方を改善することを目標に掲げていた。このシステムとの出会いが、営農再開へと金子さんの背中を押した。もう家族との時間を犠牲にして、ハウスに張りついている必要がなくなるからだ。

トマトの栽培に自動灌水システム「ゼロアグリ」を取り入れた

市民農園ベンチャーのアグリメディア(東京都新宿区)から業務委託を受け、農業への転職を考えている人向けの講座で講師を手がけたことも、自らの営農ビジョンをつくるうえで材料になった。自分の農場を、作物の栽培技術や農場の管理方法を学びたい人が研修する場所にしようと思いいたったのだ。
そして2017年12月、父親が「そろそろハウスをやってくれ」と言ってきた。かつてイチゴを作っていたハウスで、父親はコマツナやホウレンソウなどを育てていた。金子さんはゼロアグリを活用し、そこをトマトの栽培ハウスとして再建することにした。ただし、企業のプロジェクトとしての農業を経験していた金子さんは家計と経営の境界があいまいな家族経営を改めようと思い、翌2018年2月に農業法人を設立し、会社形態で農業を再スタートさせた。

地域の人が集う農場を目指す

いま金子さんのトマト農場には、社会福祉法人から障害を持つ人たちが定期的に来て、落ちた葉っぱの収集やトマトの袋詰めなどの作業を手伝っている。具体的な金額は控えるが、金子さんが払う労賃は、簡単な文房具の組み立てなど障害者が他の作業で得る金額より多い。そしてアグリメディアの講座で知り合った元サラリーマンには、農場長を引き受けてもらっている。近くの高校との間で、生徒が農作業を体験する場にするための話し合いも始めた。
ここで「なぜ以前作っていたイチゴにしなかったのか」と疑問に思う人もいるだろう。もしイチゴを選んでいれば、1年目に病気がまん延して売り上げを失うというトラブルを避けられたかもしれない。しかもゼロアグリはトマト専用のシステムではなく、イチゴの栽培で使うことも可能だ。それでもトマトを選んだのは、イチゴはうっかり果実を手で触ると傷んでしまうような繊細な作物だからだ。これに対し、トマトは皮が厚いため、作業に不慣れな障害者や生徒が触っても、簡単に傷ついたりしないという利点がある。

農場の近くの耕作放棄地。金子さんはその再生を目指す

この取材の中で金子さんは「農業は仕事を細分化できるのが強みではないでしょうか」と語った。葉っぱを拾って掃除するのはとても簡単な作業に見えるが、そこから病気が発生するリスクを抑えるという点で、営農にとってとても大きな意味がある。その分、プロの農家である金子さんはほかの作業に時間を回すことができる。細分化は「組織の歯車」といった意味ではなく、一人一人に役割を持ってもらうというポジティブなニュアンスの言葉だ。
かつて農村には「結(ゆい)」と呼ばれる緩やかな組織があり、それぞれが自分の得意な仕事を受け持ちながら、共同で作業をしていた。今のオフィスワークや工場の仕事のように、時間をきっちり管理する必要もなかった。金子さんの農場の姿は、そんな結のイメージに近いかもしれない。だからこそ金子さんのケースに限らず、農福連携という形で障害者の農場への受け入れが広がっているのだろう。
そして金子さんが営農を再開するにあたって目指した農場の姿は、都市近郊の農業の一つのあり方を示してもいる。2010年に初めて取材したとき、金子さんは近くの田畑を案内してくれながら、いかに耕作放棄が増えているかを強調した。農地を違法に転用して造った産廃工場やスポーツコートもあった。ただでさえ狭い都市の農地が、転用や耕作放棄でさらに虫食いにされてしまった風景を前に、金子さんは「これを全部農地に戻したい」と語っていたが、それは長い道のりを経て達成できるような遠い目標だ。
こうした状況の中で、都市部において地方のように広大な農地で効率的に作物を育てる営農スタイルを実現するのはほとんど不可能。だが都市近郊だからこそできるやり方もある。金子さんにとってそれは、「地域の人が集う農場」だった。16代目の農家が曲折を経て開いた農場はどう発展するだろうか。その行方を見守りたい。

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