イオンアグリが拡大中止 農地があってもブレーキを踏んだ重要課題とは

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イオンアグリが拡大中止 農地があってもブレーキを踏んだ重要課題とは

連載企画:農業経営のヒント

イオンアグリが拡大中止 農地があってもブレーキを踏んだ重要課題とは
最終更新日:2019年09月12日

企業による農業参入で、もっとも存在感を示しているのがイオンだろう。全国20カ所で直営農場を運営し、面積は合計で350ヘクタール。企業参入の枠にとどまらず、農業界全体を見わたしても、抜きんでた経営規模を誇る。ところが、じつは2年ほど前から新たに農場を開くのをやめている。なぜ事業の拡大にブレーキをかけたのか。そのわけを探ると、農業が抱える構造問題の解決に同社が真正面から取り組んでいる姿が見えてくる。

企業参入で異例の規模拡大

イオンは2009年に茨城県牛久市に農場を開き、農業に参入した。運営しているのは子会社のイオンアグリ創造(千葉市)。最初に牛久農場を取材で訪ねたとき、農場のスタッフが話してくれた言葉を今も鮮明に覚えている。「周辺のベテラン農家にはかないません」。肥料のやり方一つとっても、経験を積んだ農家には簡単には追いつけないというのがその理由だった。「なんて率直な説明の仕方だろう」というのが、そのときの感想だった。

イオンの直営農場の第1号(茨城県牛久市)

企業の農業参入で撤退したり、事業を縮小したりするケースが相次いだため、今では「企業が農業をやればうまくいく」という単純な見方はかなり後退した。だが、10年ほど前は「上から目線」としか言いようのない農業観を持って農業を始める企業が少なくなかった。
例えば、トマトの施設栽培を始めたある企業のトップは筆者の取材に対し、「優秀な人材は2次、3次産業にどんどん流れていった。農業に知恵を注ぐことのできる人材が、どっと入って来たことはない」と言い切った。別の企業のトップは、参入した理由を「農業のコスト構造を調べたい」と説明した。この言葉の裏には「農家がやっていることには無駄がある」との思い込みがあった。
結論から言えば、前者のケースでは、この人がトップに就いている間、事業が黒字になることはなかった。利益が出るようになったのはトップが代わり、栽培と販売の両面から地道に農場の運営を立て直した後のことだ。後者の例は、一度も利益を出すことができずに早々と撤退した。この企業の担当者に撤退後に話を聞くと、「農業は甘くなかった」と反省していた。

人材育成に力を入れるイオンアグリ創造社長の福永庸明さん

筆者はここで、今までの農業のやり方が改善の余地がないほど効率的だと言いたいわけではない。ただし、多くの企業が参入前に思うほど、簡単に効率化できるものではない。本業で使い慣れたITなどを導入すれば、農業が抱えるさまざまな課題がたちどころに解決できるわけでもない。
その点、イオンアグリ創造で特筆すべきなのは、既存の農業のやり方をきちんと学ぶ努力を積み重ねたうえで、しかも既存の農業のスケール感にとどまらない規模を実現したことだ。350ヘクタールの農場面積は、農家一軒当たりの平均の100倍以上に達している。栽培品目は野菜からコメ、果樹まで幅広く、農場の形態は露地やハウス、さらに気温や湿度をコンピューターで制御する施設まで網羅している。
もちろん、勘と経験に頼ってきた農業のやり方をそのまま踏襲しようとしているわけではない。日照量や気温、降雨量などの気象データと作業内容、そして収量のデータをつき合わせて分析した内容を、翌年の作付計画に反映させるなど、情報システムを活用している。各農場がデータを共有することで、栽培のノウハウを全体として底上げできる強みが同社にはある。
データの活用と合わせて、運営を支えているのが栽培を指導する仕組みだ。経験を積んだ2人の社員が農場を回り、栽培で起きたトラブルの解決や技術の向上をサポートしている。気象条件や土壌の質など環境が違っても、栽培方法で共有できる部分は、ふつう思われているよりも多いと思ったからだ。全国に農場があるからこそ初めてできる挑戦だろう。
イオンアグリ創造がこれまでやってきたことは、既存の農業のやり方を学び、課題を知り、その限界を乗り越えようとする試みと言える。ところが順調そうに見えた農場の開設は、埼玉県久喜市の施設を2017年に稼働させたのを最後にピタリと止まっている。農地を広げるのが難しくなったわけではない。反対に、同社には「農地を借りてほしい」という相談が、自治体や農家から日々舞い込んできている。実績が農業関係者から評価されているからだ。
それでは、なぜ新たな開設をやめたのか。そのことを社長の福永庸明(ふくなが・やすあき)さんに聞くと、いかにも地道な同社らしい答えが返ってきた。
「農場を開く速度と人材育成の速度は一緒ではありません。しっかり人を育てていかなければならないと思ったので、開くのをいったんやめたんです」

あるべきリーダー像を追求

イオンアグリ創造は以前から、これまで農業によくあった「背中を見て覚える」といったやり方ではなく、誰にでもわかるルールにのっとって働くことのできる職場環境づくりに努めてきた。その一つが、農産物の安全性に関する認証「グローバルGAP」の取得だ。20あるすべての農場が認証を取得している。
GAPは「農業生産工程管理」などと訳される農場管理のルールで、1990年代後半に欧州で誕生した。日本をはじめとして各国で民間団体などがGAPを定めているが、欧州発のグローバルGAPは国際的に広く普及している規格だ。
GAPは農薬を適切に使って農産物の安全性を確保したり、農薬や肥料が地下水や河川を汚さないよう環境に配慮したりするだけでなく、農場のスタッフの安全も確保するのが大きな柱。作業にどんなリスクがあるかを把握し、事故が起きたときどうするかなど緊急時の対処方法を明確にするよう求めている。
こうしたルールを現場に徹底させることは、イオンアグリ創造が発足時から心がけてきたことだ。だが、福永さんがここ数年向き合ってきたことは、少し違うレベルの課題だ。GAPを手本にしながらスタッフが作業できるようにするのは当然として、中心となるメンバーが農場をマネジメントする力を高めることをさらなる目標に掲げたのだ。
きっかけは2014年ごろ、ある農場でホワイトボードに書かれた一文を見かけたことだ。「農場長をすぐに異動させないでほしい」。現場のミーティングでパートから出た言葉だった。福永さんはこれを見て現場の悩みに気づくとともに、「もっと腰をすえて取り組まなければならない」と決意した。

グローバルGAPに対応し、従業員の安全を管理(埼玉県羽生市)

当時はまだ積極的に農場を開いている最中だった。ある農場の運営が軌道に乗ると、農場長は別の新しい農場に移って立ち上げの指揮をとった。農場を管理した経験のあるスタッフが少ないため、やむを得ない措置ではあった。だが、農場に残されたパートたちは、新しい農場長との関係を築くことを余儀なくされた。組織の運営はマニュアルだけではダメで、人間関係に多くを依存している以上、パートたちから不満が出たのは当然のことだろう。
そうした中で、農場の中で実際に人間関係がぎくしゃくするような事態も起き始めた。「リーダーとはどうあるべきか教えてなかったんだから、うまくいかないのは当然でした」。福永さんは当時のことをそうふり返る。
焦点は人材の育成と定まった。そこで農場の開設をストップするかたわらで、力を入れてきたのが研修制度の充実だ。例えば、現在の研修制度を見ると、入社1年目に栽培方法やグローバルGAPについて基礎的な知識を学び、2年目は農場単位の損益計算書の仕組みや労務管理のルールなどを学習、3年目は作付計画や予算の立案の仕方、スタッフの労災対応などを習う。
この先は農場長になることが視野に入ってくる。学ぶべき内容も次のステップに進み、新任の農場長向けの研修や管理者研修、さらに将来、経営を担うべき人材を対象にした研修へと移行する。マネジメントだけではなく、農産物の品質管理や栽培の専門技術に関する教育制度も整え、従業員の誰もがそれぞれ置かれた立場に応じ、スキルを高めることができる場を用意した。

社内セミナーで社員に語りかける福永さん

こう書いてくると、制度ばかり整えたように思うかもしれないが、実態はけして形式的なものではない。研修制度について説明する際、福永さんがくり返し強調したのは「どんなリーダーが本当に必要なのか」「パートさんと人としていかに接すべきか」「人としてどうあるべきか」といったテーマだった。背景にあるのは、マネジメントを支えるのは人間性という思いだ。
研修が形式的なものになってしまうのを防ぐため、福永さんは自ら社員たちに語りかけることを最も重視する。目安は「自分が仕事する時間の20%を教育に充てる」。年初に1年間の計画を立てるとき、まず社内研修やセミナーにいつどんな形で参加するかを決め、そのうえで別の仕事の計画を作る。
言うまでもなく、こうした取り組みは人材がちゃんと育たなければ、事業の拡大を持続可能なものにすることはできないという危機感が背景にある。その思いを、「従業員は自分の子どもと同じようなもの」と表現する。
ここから先、話題は農業界の現状へのシビアな見方へと移った。
「農業をやりたいと思う人はたくさんいるのに、その思いを台無しにしてしまっているのは、農業界のほうではないでしょうか」

起業家だけでは農業は発展しない

筆者はイオンアグリ創造への取材を始めたころ、「農場は5年後にいくつになりますか。面積はどれだけ増えますか」といった表面的な質問をくり返した。だが、福永さんと何度も話すうち、「なぜここまで大きくなれたのか」を理解することが重要だと思うようになった。そして、むしろ最近は拡大にブレーキをかけた意図を知ることが大切だと考えるようになった。

環境制御型の栽培施設(埼玉県久喜市)

農業はかつて「家族の無償の労働」に支えられていると言われてきた。農繁期に一家総出で農作業を手伝うのは当たり前。その際、労働に見合う対価がきちんと支払われていたかどうか、はなはだ疑わしい。これは家族経営が意外にタフな理由でもあるが、今後の農業を支えるモデルとは言えないだろう。
一方で柱になりつつあるのが、法人化だ。高齢農家のリタイアが加速しており、地域の担い手の農家たちに田畑が急激に集まっている。規模が大きくなれば、家族だけでは作業をこなしきれなくなる。スタッフを安定的に雇用するには、一般の会社と同様、社会保険に加入して福利厚生を充実させることが必要。規模の大小はあるが、多くの農家がこの道を選んでいる。
もしここで農業法人で働きたいと思う人があまりいなければ、この動きは一定の範囲にとどまっただろう。実際は「躍進する農業法人」がメディアで盛んに取り上げられたこともあり、就職セミナーはリクルートスーツを着込んだ大勢の若者たちが集まるほどの盛況ぶり。農業の世界でも「就農」ではなく、「就職」というふつうの言葉がようやく使われるようになってきた。
そういうセミナーを取材していて思うのは、「農業法人の経営者は、自社に就職した若者たちにどんなキャリアプランを提供できるのだろう」ということだ。いまや他産業でも終身雇用が崩れつつあるとはいえ、従業員がある程度長いスパンで働くことを前提に先を考えられなければ、企業も従業員も成長することは難しい。その点で、農業界は今なお発展途上に見える。

イオン農場のマークをつけたタマネギ

実際、ほかの農業法人で過酷な労働条件のもとで働き、挫折しかけてイオンアグリ創造に入ってきた若者もいるという。福永さんは「もともと農業がやりたくて農業法人に就職したにもかかわらず、きちんとした制度がない中で働いて、心が萎えてしまっている人がかなりいます」と訴える。
同社はまさに農業の構造問題とも言うべき課題を解決しようとしているのだ。研修制度を充実させているのもその一環。天候に左右される仕事なので、毎週確実に2日休むことはできないが、ならすと週休2日になるようにしている。勤務管理を透明にするため、タイムカードも導入している。
「農業がふつうの産業として成り立つようにすることを目指しています。そのためには、ふつうの企業と同じ制度をきちんと入れる必要があるんです」。福永さんはしみじみとそう話す。
他産業の起業家に負けない魅力ある経営者が農業でも登場しているが、さまざまな困難を乗り越えて事業を興すことができる人はごく一部。多くの人にとって大事なのは、安心して自分の能力を発揮できる環境があるかどうかだ。農業をふつうの仕事にすることが、その長期的な発展を支えることになる。

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