カリスマ農家が直面した有機農業の限界 次に選ぶ意外な選択肢とは
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生産者の試み

カリスマ農家が直面した有機農業の限界 次に選ぶ意外な選択肢とは

連載企画:農業経営のヒント

カリスマ農家が直面した有機農業の限界 次に選ぶ意外な選択肢とは
最終更新日:2019年08月08日

茨城県土浦市で農場を営む久松達央(ひさまつ・たつおう)さんは、曖昧で感覚的な言葉で語られることが多かった有機農業を、切れ味鋭い独自の論理で説明して注目を集めてきた。その久松さんが今直面しているのが、これまで対象にしてきたマーケットの縮小と、ライバルの増加による競合の激化だ。経営環境の大きな変化を前に、久松さんは人材育成に力を入れると宣言する。

センサーを導入し、水やりを自動化した

久松さんを取材していていつも驚かされるのは、その論理性の高さだ。何となく作業したり、やり方を変えたりすることはまずない。新しく導入した栽培支援のシステムについて質問していたときも、そのことを強く感じた。
システムは大きく2つの体系に分かれている。1つは、井戸から水をくみ上げ、灌水(かんすい)チューブを通して農場に水をやるシステムだ。以前は手でコックを開け閉めし、作物に水をやっていたが、今はスイッチを入れたり切ったりすることで、電動で水を流すことができるようになった。取材の最中、久松さんは試しにスイッチを入れてみて一言。「ほら、シャーって音がしたでしょ」

圃場の環境を計測するシステムの「みどりクラウド」(セラク)。久松農園は日射量のデータを活用し、水やりをコントロールしている

もう1つが農場に設置したセンサーで、日射量や温湿度、土の中の水分量などを計測する。このうち日射量のデータと水やりのシステムを組み合わせることで、積算の日射量が一定の水準に達したら自動で水を流す仕組みを作った。植物が光合成のために使う水が足りなくなるのを防ぐためだ。
対象にする作物は、ハウスで育てているトマトと、近くの露地で栽培しているナスやキュウリ、オクラ、ピーマン。センサーはハウスに設置した。ナスはトマトなどより水を必要とするため、水やりの回数を増やすなど、作物に合わせて水分量を調節している。オランダの巨大なガラスハウスなどで行われている環境制御型の栽培技術のエッセンスを取り入れた。

いろんな野菜に水を供給するチューブ

久松さんが脱サラし、就農したのが1999年。自動灌水のシステムを前に「20年前と比べると、技術的にはずっとやりやすくなってます」と話す。
ここまで読んできて、「これって有機農業に特有の技術ではなくて、農薬や化学肥料を使う慣行農業と同じ技術ではないのか」と思う人もいるかもしれない。新しい土づくりの方法など、有機農業ならではの技術を期待した人もいるだろう。その点に関する久松さんの説明は、有機農業の本質を鋭く言い当てていた。
「有機農業ってよく考えたら、作物を健康に育てて農薬が要らないような状態にすることだと思うんです」
虫がつくのを防ぐ防虫ネットや、雑草の種を高熱で処理する太陽熱マルチといった資材はある。だが、久松さんがここで強調したいのはそれ以前のもっと根本的なことだ。ナスを見ながらこうも話した。「こいつら光合成してる生き物なので、その原料をちゃんと与えないとダメ。このナス元気でしょ。水を十分にやると病気にならないし、虫も食べに来ないんです」
では昔ながらのやり方でそれはできないのか。「手動では現実的に無理です。だって十何個もあるようなコックを、10時に何分間、12時に何分間それぞれ開け閉めしようと思ったら、人が張り付いていなければならなくなります」。少量多灌水を持続的に人がやるのは無理があるのだ。「十分な水を毎日少しずつやることには非常に大きな意義がある。それこそ有機農業なんです」
新しいものを理詰めで貪欲に取り入れる久松さんの面目躍如といったところだろう。では久松農園はこの先、どんな経営を目指すのか。この問いに対し、久松さんは次のように答えた。
「久松農園グループのような形を作って、本体は農協的な機能を果たしていこうと思ってます」

販売でスーパーとの連携を模索する

「ぼくが20年かけてやってきたことを、新規就農者が今ゼロからやるのは難しい」。久松さんがそう話す根拠は、マーケットの変化と競合の激化だ。共働き世帯の増加と少子高齢化が重なり、家庭でたくさんの野菜を調理する層の大幅な増加を見込むのが難しくなった。一方、大地を守る会(現オイシックス・ラ・大地)のように昔から有機農産物を扱ってきた企業だけでなく、大手スーパーなどもそうした野菜を積極的に販売するようになった。

さまざまな機械を購入し、更新する経営体力を付けた

「ぼくの世代はシンプルに農業に憧れて、個人事業の形で始めました。でも、何となく始めてやっていける時代は終わったんです」
注釈が必要だろう。あまり大きな売り上げは期待せず、小規模に有機農業を続けようと思って参入する人は今もたくさんいる。そういうケースの場合、結婚しているなら夫婦のどちらかが会社などで働いている例も少なくない。
ここで久松さんが言いたいのは、ゼロから始めて久松農園のような規模に成長する難しさだ。売り上げは4500万円に達し、農業機械やシステム投資を続ける経営体力がある。ただそんな久松農園でさえ、環境の変化に直面しているのは共通で、「ぼく自身はここがピークだと思ってます」とも話す。だが自らが大切にしてきた有機野菜のマーケットの拡大をあきらめたわけではない。
「ぼくは一義的に自分の食べたいものを作ってます。うちのスタッフやその家族も、ほぼ自分たちで作ったものだけを食べて生活してます。だからおいしさを追求できる。自分たちが一番いいものを食べているという喜びがベースにある。その豊かさを、いいと思う人間を育てていきたいんです」

イオンとの連携で新たな展開を模索する

そのために出した答えが、「ほかの流通と組む」という新たな選択肢だ。
具体的には、まず久松農園で研修し、有機農業の技術を身につけてもらう。技術が一定の水準に達したら周辺で就農し、できた野菜は久松農園で買い取る。ただ、これだけでは有機野菜のマーケットは広がらない。そこで、栽培した野菜の大半をスーパーに販売する。これを久松農園が仲立ちする。
ここで大事なのは、久松農園のように多品種少量の栽培の仕組みを選ばないことだ。「ぼくは小さい面積で始めて、多品目のままで6ヘクタールまで拡大した。非効率なので、これはもうやっちゃダメ」。たくさんの種類の野菜を作ることを全否定しているわけではない。ただ、スーパーに売る分は品目を絞って広い面積で栽培し、生産効率を高める。新しいチャレンジだ。
何か絵空事のように聞こえるかもしれないが、裏づけのないことを話すような人ではない。久松農園は、イオンの子会社で全国各地で農場を運営しているイオンアグリ創造(千葉市)とすでに提携している。有機栽培に挑戦しているイオンの農場の栽培を久松さんが指導するのが足元の提携の中心。ただ研修生が育ち独立したら、野菜の一部をイオンに販売することを想定している。イオンそのものも、有機農産物に力を入れていることが背景にある。
農家を育て、グループを作り、販売を仲立ちする。それが「農協的」の意味だ。

伸び伸びと育ったものがおいしい

有機農業運動は環境問題への意識の高まりを背景に、1970年代ごろ登場した。当時の関係者が批判したのが、大量生産と大量販売による経済システムで、効率を優先するスーパーはその象徴だった。アンチテーゼとして彼らが追求したのが、生産者と消費者が直接つながる「提携」という形。「販売」という言葉を嫌うムードさえあった。
久松さんは食料を大量に安定して供給する社会の仕組みを否定的にみているわけではない。ただ就農に際し、久松さん自身が選んだのは、野菜の宅配セットを消費者に直接届けるという手法であり、その点はかつての有機農業運動と重なる面がある。その久松さんが次代を担う有機農業者にスーパーの利用を勧めることを、意外に思う人もいるかもしれない。
もともと久松さんは「農薬は適正に使う限り、食べる人に危険を及ぼす可能性はまずない」と訴えており、有機農業と慣行農業を明確に区別して、一方的に後者を批判するようなスタンスとは一線を画していた。そうした点を踏まえれば、イオンとの連携も違和感なく理解できるだろう。

有機農業の可能性を論理的に追求してきた(2011年ごろ撮影)

広い視野でものを見ようとする久松さんのこういう姿勢は、今回の取材でも度々鮮明になった。センサーを使った自動灌水システムはその一つ。有機農業だけに通用する技術に偏らない栽培方法の改善策だ。新規就農者には効率を考えて品目を絞るよう提案し、スーパーとの連携を模索する。
では久松さんはなぜずっと有機農業をやってきたのか。これまでの取材で得たいくつかのヒントを示しておこう。
「伸び伸び育ったものがおいしいんです。有機農業は健康な個体しか生き残れない。年中半袖半ズボンの健康優良児のチームが、もう熱で死にそうなんだけど、熱冷まし飲んでプレーするチームに勝つのは当たり前」
「農薬の何が問題かと言うと、生き物を殺してしまう。そうでなくても農地は自然環境に比べて生き物が少ないのに、さらに数を減らすことを許容できない」
「農地は自然環境に比べて生き物が少ない」という言葉には、「農業は環境にフレンドリー」と素朴に思っている人が思いも寄らない問題意識がある。おそらく、こういういろんな言葉の根っこには、久松さんの深い思いがあるが、推測でそれを書くのは控えておきたい。
今回は久松さんの営農の節目を映すインタビューとなった。これからどんな研修生が久松農園の門をたたき、イオンとの連携はどんな成果をあげるのか。いずれ、そのことをお伝えする機会を持ちたいと思う。

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