カリスマ農家が語る「有機農業の壁とこの先の希望」

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カリスマ農家が語る「有機農業の壁とこの先の希望」

連載企画:農業経営のヒント

カリスマ農家が語る「有機農業の壁とこの先の希望」
最終更新日:2019年12月04日

茨城県土浦市で有機農業を営む久松達央(ひさまつ・たつおう)さんは際立つ発信力ゆえに若い新規就農者から幅広く支持されており、「カリスマ農家」とも言うべき存在だ。高い栽培技術に加え、タブーを恐れず有機農業のあり方を論理的に説明する力も突出しており、影響を受けた若い農家も少なくない。だが久松さんは今、自分が築きあげてきたスタイルの限界を説く。有機農業の新しい形をつくってきた久松さんは、何に直面し、どんな未来を展望しているのだろうか。

「状況は年々厳しくなってます」

「ちょっと一瞬、終礼に行きます。一緒にどうぞ」。インタビューを始めて1時間ほどたったときにそう促され、久松さんの自宅のリビングから、家のすぐ前にある集出荷場に移動した。久松さんと3人のスタッフが仕事の進捗(しんちょく)状況などについて簡潔なやり取りを交わし、終礼は数分でおしまい。時刻は午後4時をまわったばかり。その日の農園の仕事は文字通りこれで終了した。
久松さんによると、朝7時に仕事をスタートし、午後4時にはすべての作業を切り上げる。勤務時間は8時間。土日は休みで、ほかに有給休暇もある。残業する日がないこともないが、ごくわずかだ。
家族経営の場合、深夜まで袋詰めの作業をしていたり、休日返上で農作業に追われたりすることが珍しくない。法人化し、スタッフを雇うようになったとき、いかにそういう状況を改めるかは共通の課題。実際には解決できていない例もある中で、久松農園はどうやって労働環境を改善したのか。

午後4時。久松達央さんが終礼を始めた

久松農園で育てている野菜は約100品目。キュウリなどの細かい品種を別々にカウントしたわけではなく、それらを1つにまとめたうえでの品目数だ。これだけたくさんの野菜を旬を外さず育てるには、スタッフの栽培技術の習熟と、仕事を効率よく回す作業体系の構築が不可欠。久松農園はそれをずっと追求してきた。だが「ホワイトな職場」になったわけはそれだけではない。
ポイントは設備投資。久松農園がここ1~2年取り組んできたのが、出荷のオペレーションの強化だ。朝方の5時まで人手に頼らずインターネットで飲食店からの注文を受け付け、スタッフが集まると「それ行けー」という感じで収穫し、出荷作業に移る。「メチャクチャな長時間労働ならできるかもしれませんが、それでは残業なしで週休二日は無理」。それを可能にする仕組みを、システム会社に発注してつくり上げた。農業機械を含め、設備投資を続けることができる経営体力が受注の自動化を支えた。

ここで久松農園の全体像を示しておこう。社員は久松さんを含めて4人で、パートは5人。面積は6ヘクタールと、規模拡大が難しい有機農業としては大型の部類に入る。野菜の宅配セットを販売している約250人の個人顧客のほか、約60軒の飲食店も売り先になっている。筆者が久松さんと知り合った約10年前には1000万円に満たなかった売り上げは、今では4500万円に増えた。
理詰めでつくった栽培や販売の仕組みを通し、久松さんは有機農業がビジネスとして成り立ち、成長する可能性を証明してきた。そこに書籍や講演、SNSによる発信力が重なり、運動論的な考え方がなお前面に出ることが少なくない有機農業のイメージを一新してきた。では次のステップとして何を目指すのか。そのことを聞くと、久松さんから意外な答えが返ってきた。
「状況は年々厳しくなってます。ぼく自身としては、ここがピークでもいいと思ってます」

震災後に組織をつくり、経営を大きくした

農薬や化学肥料、合成洗剤による汚染を、1970年代に厳しく糾弾した有吉佐和子の著作「複合汚染」に触発されて農業を始めた人が多いように、有機農業には社会が抱える問題を解決しようとする運動論の側面があった。その文脈で批判的にとらえられてきたのが大量生産や大量流通であり、それを担う企業だった。市民運動としてスタートし、有機農産物の普及に貢献してきた大地を守る会(現オイシックス・ラ・大地)が1977年の法人化に際して株式会社の形態を選んだ当初、関係者から激しく批判されたのはその象徴だ。
1998年に帝人を辞め、農業の世界に飛び込んだ久松さんも最初は「思想系」だったという。「商売って言われるのは嫌だ、みたいな感覚がありました」。だが仲間の農家から「あんたはもっと稼げるはずだ」と諭され、考え方が変わった。環境への問題意識を失ったわけではない。だがそれと、ビジネスとしての有機農業の確立を両立できると考えた。「売る」ことに目覚めたのだ。

持続可能な有機農業の仕組みを追求してきた(2011年撮影)

久松さんの考え方の特徴に、際立った論理性がある。例えば「野菜の味や栄養は品種、栽培時期、つまり旬かどうかと鮮度で8割がた決まる」と話す。「有機だからおいしい」という曖昧さはそこにはない。そこで充実させてきたのが、個人客に旬の野菜をただちに届ける宅配セットだった。飲食店の注文をぎりぎりまで受け付けるシステムを作ったのはその延長。大量流通を批判するのではなく、大量流通にはできない仕組みを磨き上げてきた。
久松さんの説明能力の高さに関し、強い印象を受けたのが「有機農業手打ちうどん説」だ。「おそらく機械打ちのうどんが出てきたときは、粗悪なものだった。機械ではダメだということで『手打ち』という言葉で差別化し、『コストはかかるが、おいしい』という一派が現れた。それをまねしようとして『質の悪い手打ちうどん』という珍妙なものがはびこり、一方で性能のいい機械がどんどん出てくるようになった」。続く言葉が「それと一緒で有機農業も、もはや陳腐化してるんじゃないかと思う」。久松さんへの取材を始めた10年前に聞いたセリフだ。
ここで久松さんが言いたいのは、「有機だから安全でおいしい」といったイメージに安住していては競争力を持てないし、ビジネスとしての持続可能性を担保できないという危機感だろう。だからこそさまざまな新しい技術を取り入れながら、栽培技術や販売の仕組みを向上させてきた。
そんな久松農園の歩みの中で、先行きに暗雲が垂れこめたのが2011年の東日本大震災だ。茨城という立地ゆえに風評被害にあい、宅配のキャンセルが相次いだ。当時は「廃業するしかない」との思いさえ頭をよぎったという。だがこの危機的状況が、後の飛躍を生むためのバネになった。

「有機だからおいしいというイメージは正しくない」と訴えてきた

このとき取り組んだのが、人を雇い、チームとして組織的に農場を運営するノウハウの向上だ。震災の影響でいっとき売り上げが落ち込んだものの、ほどなく底を打って反転開始。栽培面積を増やせば、その分だけ売り上げも増えるという好循環が始まった。飲食店との取引も本格的にスタート。「有機野菜の宅配セットを求める層」というマーケットの拡大基調が背景にあった。
このハッピーな経営環境に、変調の兆しが見え始めたのが2015年ごろ。マーケットが変質し、顧客の伸びに急ブレーキがかかり始めたのだ。

栽培の喜びを顧客と共有したい

「生産者の顔が見えて、新鮮でいい野菜をたっぷり届けるということがこれまでの強みでした。そのスタイルが成り立ちにくくなっているんです」。久松さんが原因として指摘するのが「ライフスタイルの変容」だ。
子育て世代の食卓をイメージしてみよう。宅配で届く、泥が付いて新鮮な野菜をゆっくり時間をかけて家族のために調理するのは以前なら珍しいことではなかった。久松さんの野菜セットは、そういう世帯の心をつかんできた。ところが共働きの世帯が増え、圧倒的に忙しくなり、野菜を食べる機会が外食や、スーパーやコンビニの総菜などの中食にシフトした。「宅配のお客さんから、『うちは野菜をものすごく食べる特殊な家庭です』と言われることが増えました」。この言葉にマーケットが置かれた状況が凝縮されている。

約100品目の野菜を栽培している

もう一つの環境変化が、有機農産物を消費者が買うチャネルの多様化だ。大地を守る会やオイシックスなどもともと安全・安心をうたって起業した直販の会社だけでなく、スーパーも有機野菜を扱うことが多くなった。「家で野菜を調理してもりもり食べる」という世帯の減少と、競合の増加。この二つが重なり合い、「供給を増やせば顧客をつかめるという状況ではなくなった」のだ。
久松さんが「ここがピーク」と話すのはこういう事情による。実は同様の内容を、久松さんは少し前から語っていた。ただ当時の取材ではこのテーマをもっと深掘りせず、筆者は「久松さんのことだから、何か新たな手立てを考えるのだろう」というぐらいに考えていた。

既存の「良質な顧客」を大切にしたいと思っている

今回の取材で、久松さんのこういう状況分析を必ずしもネガティブな言葉としてとらえるべきではないということに気づいた。中食や外食で野菜を食べる人が増えているなら、そういうマーケットをもっと積極的に取りに行くという手もあるのではないか。そう質問したとき、久松さんはこう答えた。「今ものすごく良質な顧客がぼくの野菜を買ってくれています。今まで通りの営業でどんどん伸びるならやるかもしれませんが、そうでないなら、既存の顧客の外側にいる層にまで無理してアプローチしたいとは思わないんです」
この言葉に加え、「そもそも拡大したいと思ってません」とも強調した。経営が一定の規模になったことで、設備を購入し、メンテナンスして更新するだけの資金力は持てた。スタッフを雇い、自分の家族を養う収入も得た。だがそれをとことん増やすのは本意ではない。6ヘクタールのことを「大型」と書いたが、久松さんにとっては「行き届く面積」でもある。自分たちの目が届かず、栽培にムラが出てしまうような規模を目指しているわけではないのだ。
ここで思いいたったのは、久松さんはあくまで「栽培の人」という点だ。農業法人の経営者の中には規模拡大に伴って栽培から離れ、スーツを着込んで経営に専念する人もいる。農業を発展させるうえで、そういう経営者はもちろん貴重だ。一方、久松さんは理路整然とした語り口ゆえにこれまでの農家とは違うイメージがあるが、ずっとこだわってきたのは「畑仕事」だ。
「野菜への個人的な思いがあるんです。どんなものを美しいと感じるか。どういう顧客と向き合っていきたいか。ぼくが得意なのはいろんな野菜を作ることで、その喜びを顧客と共有したい。ビジネスではなく、こだわりです」
この記事の中でビジネスとしての有機農業の可能性について何回か触れたが、久松さんはそれを優先するあまり、自分のスタイルを変えることを望んでいるわけではない。それが「ピークでもいいと思ってます」の意味だ。
久松さんがこのスタンスを守り続ける限り、農園の規模がこれから急カーブで拡大することはないだろう。そしてそれは、けしてネガティブなことではない。ただし、久松農園はある均衡点に達したとしても、これまで追求してきた有機農業の拡大をあきらめたわけではない。
次の目標として掲げているのが、人材育成だ。久松さんのもとで有機農業を学び、就農する人たちと一緒にグループを作り、今直面している壁を突破する。新しい栽培の仕組みの導入や、販路の開拓などがその柱。久松さんの挑戦はこれからも続く。

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