労働時間は貴重な資源である

直売所で大人気の枝豆
農業者は一人一人が一国一城の主であり、それぞれ経営スタイルや考え方に違いがあります。それは、東京という日本でもとりわけ農業者が少ない地域で、日々直売所を運営している私たちが感じていることであり、おそらく日本全国でも同じような状況ではないかと思います。農業者がそれぞれにこだわりを持ち、経営が多様なことはとても面白いことなのですが、一方で昔から同じやり方だから、目の前に大きな問題が起こっていないからといった理由で、効率的なやり方を取り入れず、結果として非効率な状態を維持してしまっているということも少なくありません。特に、「労働時間」に対する意識に問題があることが多いように思います。
当たり前ですが農業者の労働時間は有限です。そして、その時間こそが、最も重要な経営資源です。日本の農業者のほとんどはプレーイングマネージャー。仕事は多岐にわたります。作付け計画や販売戦略を考える、栽培技術を学ぶ、スタッフ(家族含む)への役割や作業の指示、日々の栽培管理、収穫や荷造り、直売所に出す場合は野菜にラベルを貼り持ち込んで並べるなど……。農業者は経営者であり、研究者でもあり、技術者でもあり、作業者でもあり、場合によっては配達者でもあると、本当に難しい仕事です。日々接していても、頭が下がる思いです。
これだけ多くの仕事があるということは、労働時間をどのように配分するかがとても重要になります。どういう農業経営を目指すかによって、何に時間を使うかが変わるはずなのです。逆にいうと、何をやらないかを決めることが大事だということでもあります。経営方針を考え、それに沿った労働時間配分を検討する必要があります。
何に、どのくらい時間(=人件費)を使っているかを把握する
まずは、何にどのくらいの時間を使っているかを把握してみましょう。その際に、時給を設定し、どの作業にどのくらいの人件費がかかっているかを計算してみると良いと思います。農業者の方は、自分や家族の労働コストを低く見積もる傾向があります。家族経営の場合、実際に支払いが発生することは少ないので、無理もないのですが、計算をすることで今の労働時間配分が適切かを検討するきっかけになると思います。
例えば、反収への意識は高くても、その反収を実現するための労働時間を考えている方は意外と少ないように思います。反収を高めることと労働時間を抑えることは相反することが多く、反収をいくら高くしても、労働時間が取られて畑を効率的に活用できなければ、利益が伸びないという現象はあちこちで見られます。
また、直売所を例にあげて考えてみます。東京では複数の出荷先を持つ農業者が多いのですが、1円でも高い直売所やスーパーのインショップ(産直コーナーなど)に置きたいと、時間をかけてでも遠くの直売所に持っていくということがよくあるようです。労働力が豊富で余剰労働力がある場合はそれが最適解になり得ますが、限られた労働力で経営している場合は多少の売り上げ減を受け入れて、配達する時間を節約する方が良いこともあります。東京の最低時給が1013円(2019年10月時点)であることを考えると、配達時間を1時間伸ばすということは、粗利益で約1000円増えなければ割が合わないということになります。粗利率が50%だとすると、最低でも2000円は売り上げが増えないといけません。さらに、配達時間の1時間を収量や品質の向上、作業効率の改善に当てることで、それ以上の利益を得られる可能性もあります。
人件費をきちんと把握することは、何に時間を使うべきかを考える指針になります。自身の労働時間の価値を低く見積もることなく、効率的な時間配分を考えましょう。
農業経営について考える時間を持つ
労働時間をうまく配分するうえで、どうしても後回しになりがちで最も大事なのは、農業経営について考える時間を持ち、経営計画を持つことです。経営方針が適切でなければ、どんなに頑張って日々の作業をこなしても、うまくいきません。自分達の経営資源(労働力や畑の広さ)、外部環境、社会情勢などを鑑みながら、今後どういう経営を目指すのか。忙しい日々に、そのようなことを考える機会を作るのは簡単ではありませんが、無理やりにでも時間を作ることが重要です。例えば、週に1回数時間は必ず空ける、閑散期には1週間空けるなど、ルールを作るとよいと思います。

経営者でもある農業者にとって、経営計画を考える、作ることは最も重要な仕事
これは、畑での農作業を軽視してよいという意味ではもちろんありません。むしろ、畑での農作業の価値を最大限高めるために、その方法を考える時間を持ちましょうということです。農業経営を考えるにあたって、最大の武器になるのは、それぞれの農業者が持つ農業技術なのですから。むしろ、農業技術を向上させるために何をするかも含めて、計画を考えることが大事なのです。
例えば、畑がそこそこ広く露地栽培で野菜を大量に生産する場合は、出荷に時間をかけて高価格で販売することを目指すより、畑をしっかり活用して野菜を無駄なくきちんと栽培し、手間をかけずに確実に販売できる市場等に出荷する方が効率的なこともよくあります。

ハウス栽培を生かして広くない畑を効率的に活用する場合は、単価を高く設定しやすい販売先を探す
上記の例はとても簡略化したもので、実際には作業者数やハウス施設の数、立地条件などさまざまな経営資源を鑑み、判断をしていくとともに、計画を立てていく必要があります。そして、その中でも最も重要な資源は労働時間なのです。
農業経営において、労働時間の配分を考えることは、経営効率を高めるために不可欠です。面倒でも労働時間と人件費を算出し、必要なことにしっかり時間を使う経営体制を作っていきましょう。