会社員から見た1次産業
「この辺りまで水につかってしまいました」。10月半ば、永易さんはサトイモ畑で地面から30センチくらいのところに手をかざしながらそう語った。関東各県を暴風雨が襲った台風15号の影響だ。
幸いなことに、サトイモは11月半ばから無事収穫を始めることができた。だが今年の夏は日照不足でニンジンが生育不良になり、出荷できないということも経験した。天候に左右される農業の難しさを実感しながら、栽培技術の向上を目指す毎日だ。後述するように、そこで支えになるのが東京ネオファーマーズのメンバーたちだ。
永易さんはいま46歳。2017年春に青梅市で就農した。栽培面積は70アール。サトイモやニンジンのほか、タマネギやカブ、ダイコンなどを農薬や化学肥料を使わない有機農法で育てている。
新規就農の有機農家の中には、何十種類もの野菜を育てている人が少なくない。いわゆる多品種少量栽培だ。だが永易さんは、品目を絞り、個々の野菜をたくさん作るという方法を選んだ。この営農の仕方には、会社に勤めていたときの経験が反映されている。
「ずっと環境問題に関心がありました」。永易さんはこれまでの経歴をふり返ってそう語る。大学では、都市部が郊外より高温になるヒートアイランド現象について卒論を書いた。
卒業後はある大手企業に勤め、護岸の緑化や段ボールのリサイクルなど、環境関連の事業に携わった。その後、木材チップの加工を手がける会社に転職し、生産や営業、販売の仕組みを再構築し、収益を改善する仕事を担当した。
就農を考え始めたのは、40歳のころ。学生時代からずっと環境問題に関わってきた延長で農業にもともと興味があったのと、2番目に働いた会社で林業に接して1次産業への関心が強まったことがきっかけになった。
就農に際して有機農業を選んだのもこうした流れからだ。「農薬を使わないから環境に優しい」という意味ではない。有機農業なら地域資源を循環させることができると考えた。具体的には現在、周辺の養鶏場が鶏ふんを発酵させて作った堆肥(たいひ)を使っている。
農業を始めることを考え始めた永易さんは、農業法人などが人材を募集するフェアに行ってみたり、農家を訪ねてみたりして、農業について調べ始めた。一様に言われたのは「農業で暮らしていくのは厳しい」ということだった。「ある程度の貯金が必要」とも言われた。
そこで会社を辞める前に2~3年かけて貯金を殖やした。永易さんには2人の子どもがおり、家族の理解も大切だった。自分がなぜ農業をやりたいのか、就農後にどんなプランがあるのかを、時間をかけて妻に説明した。
会社を辞めたのが4年前。有機農家のもとで1年間研修した後、もともと住んでいた青梅市で就農した。最初に借りた農地は13アール。青梅市があっせんしてくれた。