ニュウズの開拓魂
土居さんの曽祖父が開墾した柑橘畑を元に、祖父の門田裕昭(かどた・ひろあき)さんが園地を拡大していったことでニュウズの歴史がはじまりました。
6人兄弟の末っ子だった裕昭さんが分家独立した頃、昭和40年代(1970年前後)のニュウズの柑橘畑は、本家から分けてもらったほんのわずかなものしかありませんでしたが、現在では約15ヘクタールにもなります。それは、日々山の斜面を切り拓いていった裕昭さんの力によるところが大きいのだそうです。
その園地を土居さんの父、門田治満(かどた・はるみつ)さんが継ぎ、1978年に有限会社門久農園としました。そして引き継いで数年が経った頃、「栽培して農協へ出荷するだけの農業から、自分たち生産者の思いがつまった柑橘を直に消費者に届けたい」と治満さんは農協から独立することを考え始めます。今でこそJAを通さない販売方法はめずらしくないですが、昭和真っ只中の当時は、農協は流通において非常に強い存在でした。農協から離れるなんてとんでもない、当然周囲は大反対。
しかし「生産するだけの農業ではなく、経営する農業がしたい」との治満さんの思いは年々強くなり、1985年にとうとう門久農園は農協から離れます。治満さんは、営業カバンにミカンを入れて関東圏の小売店に営業に行ったり、「ゆうパック」での販売を始めたり、独自の販売路線を開拓し始めました。
そうした努力が実を結び、門久農園は順調に成長を遂げ、2001年に「株式会社ニュウズ」という全国で初めての農業生産法人の株式会社化を行います。
「よい柑橘をつくってお客さんが喜ぶ顔を見たい」という治満さんの情熱は真っすぐで、1988年に日米貿易交渉でオレンジの輸入枠撤廃が決まった時も「プライドを持っていい柑橘を作っていれば、輸入オレンジなんて恐れるに足らない」と全く心配していなかったそうです。
2013年からは台湾で現地法人「台湾愛媛柑仔有限公司」を立ち上げ、愛媛柑橘の輸出も開始しました。
2代目社長、土居裕子さん
現在、治満さんは台湾の現地法人の代表に就いており、治満さんより開拓魂を引き継いだ長女の土居さん(39歳・3児の母)が2代目としてニュウズの社長を務めています。
大学では経営学を学び、初めは農園を継ぐ気は全くなかったという土居さんですが、ゼミでファミリー企業を研究しはじめたことから、家業に興味を持つようになったそうです。土居さんはまず、治満さんが導入していたトータルデザインをもっと深めること、つまりニュウズの特徴やこだわりをよりお客さんにわかりやすく伝えていくことから家業を手伝い始めました。
「ミカンだけでなく、ミカンが育った段々畑にふりそそぐ太陽の光や、宇和海をわたる海風などの伊方町の雰囲気も一緒に届けたい」と海風に吹かれるミカンの木をイメージした会社のロゴを作ったり、「箱を開けた瞬間、木になっている状態の美しいミカンを感じてもらいたい」と内側を緑色にしたダンボールで商品の発送を始めたりしました。
通販カタログにも柑橘畑の写真や収穫風景などを載せ、伊方町のとれたてミカンの雰囲気とミカンの後ろにある物語、それにかける自分たちの思いが伝わるように工夫しています。
消費者に生産者の顔が見える販売がしたい、と1985年から通販に力を入れているニュウズでは、インターネットが普及した今でも、リピーター客の多くは電話や手紙などで申し込んできます。
通販部のオペレーターとしても注文を受ける土居さん。電話や手紙で「おいしかったのでまた注文します」との言葉を聞けた時が「この仕事をやっていてよかったなー」と一番うれしさを感じる瞬間なのだそう。
冬場のシーズンには週に数便、船便で柑橘を台北の治満さんが代表を務める現地法人に送っている土居さんに、輸出で苦労する点を尋ねてみました。
「輸出を始めて今年で6年目になりますが、いまだにビックリすることも多いですね。国内なら基準規格があるので、それに沿って書類を作り出荷すればいいのですが、台湾へ輸出する場合は同じ柑橘を送っても、応対する人が違うとなぜか提出する書類の種類や枚数が違ったりするんです。うちの場合は小回りがきくので、その都度変化する細かな要望にも応えられますが、何しろ送る度に規格が変わってしまうことが多いので、毎回緊張しながら出荷しています」
ファミリービジネスの新しいかたち
現在、土居さんと母親のきよみさん、そして専務であり夫の敏矢(としや)さんが伊方町に在住し、園地と本社の通販・直販を管理しています。治満さんは普段は台北に住んでいて、スカイプで園地や作業内容の確認を行い、伊方町には時々戻ってくる程度なのだとか。
2019年には台北のファッションビル「微風南山atre」内に、初の海外店舗をオープンさせたニュウズ。東京在住の土居さんの妹、門田めぐみさんもパティシエの経験を生かしたレシピを考案するなど、台湾店舗の責任者として経営に携わっています。
伊方町、台湾、東京、と普段は離れた場所に住む門田・土居ファミリーですが、ニュウズという会社を通して、自分たちが育てた柑橘のおいしさを世界に浸透させていきたいという目的に向かって、一致団結しています。普段はネットや電話で会話し、家族会議の時には伊方町あるいは台湾に集まるのだそうです。
柑橘畑、独自の販売ルートに輸出、そして今度は新しいファミリー企業のかたち、と次世代へとつながるものを開拓し続ける「ニュウズ」。
「時代は常に変化しています。時代に合わせ、時代の先を読んだ商品開発がこれからは必須です。またネット販売にも注力しなきゃならないんですが、やっぱりお客さまの直の声が聞ける電話と手書きの文字のあたたかみ、これが欲しくて通販をやっているところもあって、実はまだ、なかなか本腰入れてネット販売には取り組めてません(笑)。でも、ネットの向こうに人の顔が見え、若い人にも購買行動を起こさせるウェブサイトの仕掛け、これからは本気で考えていこうと思っています」(土居さん)
次はネット販売の既成概念をくつがえしてくれるのでしょうか? “ニュウズ”の新しい“ニュース”にこれからも目が離せません。