創業してまだ2年目。すでに多角経営のワケ
長野県北東部に位置する人口約1万1000人の小さな町「小布施町(おぶせまち)」に、創業2年目にもかかわらずジェラートにチーズにと多角的に経営している牧場があると聞き、やってきました。
その牧場の名前は、「小布施牧場」。
代表の木下荒野(きのした・こうや)さんに話を聞きました。
■小布施牧場
2018年3月に開業(会社設立は2017年3月)
ジャージー牛10頭(新規就農時は8頭)、肉牛数頭を飼育
自社牛乳を原料にジェラートやチーズなどを提供するカフェmilgreen(ミルグリーン)も経営
■木下荒野さん
1989年小布施町生まれ。動物と関わる仕事につきたいと酪農学園大学酪農学科を卒業し、長野県内の牧場に3年3カ月勤務。その後、ニュージーランドの牧場で1年間放牧型酪農を経験。
私はこれが酪農の新しいカタチのキーワードだと思っています。
木下さん
木下さんは、少頭数でも品質の高い商品を提案し、かつ牛がとけ込んだ風景そのものを楽しんでもらうことでじゅうぶんビジネスとして成立すると考えました。
そして、酪農を開始するのと同じタイミングで工房&カフェ「milgreen」の営業を開始したそうです。
しかし、酪農業界はどちらかというと大規模にして生産効率を上げることで収益が高まる、というイメージがあります。まずは、小規模、放牧、地域内循環というキーワードを掘り下げてみます。
マーケットを意識した、あえての「小規模」という選択
木下さんと話をしていて驚いたのは、自らのビジョンと同時に具体的な数値がきちんと想定されていたことです。
木下さん
ちだ
木下さん
里山を守り、人を癒やす放牧型酪農
木下さんの目標の一つに、美しい里山を守りたい、というものがあるそうです。
カフェmilgreenがある「小布施千年の森」は、開業前には必ずしもきれいな森とは言えないところもあったそう。
そこで「牛が森の下草を食べて森をきれいにして、かつカフェのお客様がジェラートを食べながら子牛を眺められたら癒やしになるのでは」という着想があり今日に至ったとのこと。
また、カフェから10分ほど離れたところにある牛舎では、隣の遊休農地に牛を放牧しています。
牛は広々としたところで遊んで、草をはんで、お腹いっぱいになったら牛舎に自分で戻るそう。
小布施で育て、小布施でめぐる地域内循環
木下さん
木下さんは、良好な堆肥を得ることを目的に土着の善玉菌をエサに混ぜているとのこと。
この土着の善玉菌の液で発酵させた米ぬかボカシやその液そのものを与えることで、ふん尿が良好な発酵状態で排せつされ、匂いも少なくなるそう。
小規模高付加価値酪農とお金の話
小規模でも高付加価値の商品を提供することで、地域内循環を生みながら持続可能な酪農を!というイメージはとても共感できます。
でも
ほら
気になりません?
食べていけるのかって。
どのくらいかかるのかって。
聞いてみました。
小規模酪農でも、じゅうぶん食べていける!
いろいろ聞きましたが、結論は「じゅうぶん食べていける」でした。
まずは、赤裸々に会社の収支を聞いちゃいました。
木下さん
2年目となる2019年は、豪雨による河川越水の影響で牛舎が水につかるなどの被害も受け、客足が一時的に落ちたそう。
最も影響を受けた月で、売上が前年対比マイナス90%!!(つまり、月の売り上げが前年の10%)ということもあったとのこと。
こんだけマイナスの要素があってほぼ黒字になりそう、ということは、こういったマイナスの事象がなければかなりのプラスだったということですね。すごい!
ちだ
木下さん
そう、少頭数のメリットはここにもあったのです。大規模牧場だと、搾乳だけでも2時間以上かかるというところは珍しくありません。
ところが、餌やりなどを含めても1日3時間。3時間ですよ? すごい。
収入についてさらにつっこんで聞いてみました。ギリギリ食べていけるのと、ある程度余裕があるのって違うじゃないですか。
すると、こちらも赤裸々に答えていただきました。
ちなみに、小布施牧場は牛全般を木下荒野さんが担当し、ジェラートなど加工部門は兄の真風(まかぜ)さんが担当しています。
兄弟それぞれに、ご家族がいらっしゃいます。
はい。
リアルな収入を聞きましたが、両方の家族がちゃんと食べていける!という金額でした。
木下さん
小規模酪農、リスク分散としての肉牛生産という選択
木下さんは、乳牛一本やりにするのは経営上、自然災害上それぞれのリスクがあると今回の豪雨被害で感じたそうです。
また、管理できる乳牛頭数が決まっている以上、乳牛を増やす事はできません。
しかし、乳牛は子どもを産まないとお乳が出ません。
そこで木下さんが出した結論は
肉牛を生産し、肥育農場に販売する
でした。
ちだ
すごく単純に言うと、母親が乳牛で父親が肉牛だと、生まれてくる子どもは肉牛になるんです。
木下さん
はい
全く知りませんでした。
こうすることで
- 乳牛は出産するので乳が出る
- 生まれてくる牛は肉牛なので、一定期間育てて肥育牧場に販売し売り上げが上がる
- 乳牛は増えない
となるそうです。
もしそうなったら、肉牛なら食べられるじゃないですか。
極論ですけど、万が一の事態が起きても小布施を生き延びられる地域にしたいという思いもあります。
木下さん
小規模酪農を始めるのに必要だった資本金(赤裸々)
木下さんは非農家出身でゼロから酪農を始めました。
始めるにあたり必要だったのは
- 土地
- 牛舎
- 牛
- カフェ
- 加工施設
などでした。
運転資金も含めた初期投資はおおよそ1億円で、銀行借入で5000万円、あとは“エンジェル投資家”といわれる個人投資家からの投資などで用意したそう。
ちだ
木下さん
木下さん自身の確信はあったにせよ、日本で前例の少ない酪農形態ということもあり借入交渉は難航したそうです。
そこである経営者の方から「数字や書類はもちろん大事だけど、ビジョンやコンセプトも大事だ」というアドバイスを受けて、改めて小布施牧場で実現したい理想、牧場の存在意義を話し合ったとのこと。
木下さん
里山を守る役割を果たす、酪農。
木下さんは、日本の里山を守るために「小規模」「放牧」「地域内循環」をキーワードに「高付加価値をつける酪農」が酪農の新しいカタチになるのではと考えています。
取材中、平日の昼間にもかかわらずmilgreenには多くのお客さんがいました。
就農2年目にして安定した経営が現実化しているのは、小布施という地域に小布施牧場が受け入れられ、そして成長を見守っている証拠なのかもしれません。
地域に育まれる酪農
木下さんの理想とする酪農のカタチが、日本各地に見られる日もそう遠くないのではないでしょうか。