現実を直視する
私が就農したのは1999年ですが、その前はホテルマンでした。ホテルに入社した動機は接客を学ぶためだったのですが、フロント業務を半年ほどで管理職へ。ビジネスホテルの支配人として全国あちこちへ飛び回ることになりました。本来の目的であった接客はあまり学ぶことはできませんでしたが、数字にとても厳しい会社で、損益計算書の読み方、経理業務、表計算ソフトなどのマスターができ、それらは今も役立っています。
そんなホテル支配人時代に当たり前だった「経営」という視点で農業を見ると、原価率や売り上げ目標と言う概念が希薄なことにビックリしました。実は私自身も最初そうだったのですが、収入が少ないのは気候が悪かったから、虫がいなければ、雑草がなければ……、つまり栽培技術が上がれば収入も増えると思っていました。確かに農業には自然リスクも多々ありますし、市場価格にも大きく影響されているので、目標を立てたとしてもなかなか自分の思うような売り上げになりません。
ただ、ある時「このままやっていて食べていけるのだろうか?」と思うことがあり、もし今の面積で最大限に野菜が収穫でき、自分が思っているとおりの金額で売れたとしたらどうなるだろうと計算してみたところ、その売り上げでは満足いく所得を得るのが難しいことが判明しました。
新規就農者が陥るワナがここだと思います。最初は農家になりたい、農家になるのが憧れ、その農家になれた。後は技術を磨くだけ。でも実は、その面積で、そのやり方だとどんなに頑張っても暮らしていくことができないかもしれないとしたら……。まず、そんな状況を直視する必要があります。そこを見ないで天候や市場など外に原因を求めると、いつまで経っても暮らしは楽になりません。
経営の神様と言われたパナソニック(元松下電器)の創始者である松下幸之助は「どんなにいいことをやっているつもりでも、3年やって食べていくのが苦しいのであれば、やってることそのものか、やり方が間違ってる。本当に正しいこと、役に立つことをしていたら食べていけるはず。世間はそんなに馬鹿ではない」と語ったそうです。今はまさにそのとおりだと実感しています。
お金の流れを考えると具体的に動ける
私の農業スタイルに大きな影響を与えたひとりが環境活動家の田中優(たなか・ゆう)さんです。最初お会いしたときに聞いた言葉「お金の流れが現実を変えている」というのは衝撃的でした。例えば、「自由貿易に反対している」といくら声を上げていても、自分が預金している金融機関が自由化を推進しているWTO(世界貿易機関)に投資していたら、現実は自由化のほうに流れていきます。
環境問題も政治も直接変えるのは難しいが、経済というテコを使って変えていく。お金の流れを変えていくのが現実を変える一番の近道。そこで田中さんは未来バンクという非営利バンク(NPOバンク)を立ち上げました。未来バンクは市民からの出資金をもとに、環境保全や福祉の向上、地域課題の解決など、市民やNPO団体・法人による社会的有用性の高い事業や取り組みに対して融資を行い、資金援助します。現在、全国にそんなNPOバンクができています。私の友人もNPOバンクで苗木購入の資金を借り、耕作放棄地にオリーブの木を植えて農地を再生していくプロジェクトをしたりしています。
そんな田中さんとの出会いから、お金のことを語ることに抵抗がなくなりました。私も「小さい農業で稼ぐコツ」という題目で講演に呼んでいただくことが多くありますが、時間に余裕がある時は「ビジネスモデルをつくってみましょう」というワークショップをしています。
自給率を上げるというテーマでワークショップする時には、冒頭で「自給率を上げるためにはどうすればいいですか?」と聞きます。そうすると返ってくる答えは「近くのスーパーで地元のものを買う」とか、「国産のものを選ぶよう心がける」といったような漠然としたものが大半です。しかし「自給率を上げるためのビジネスモデルをつくってみてください」と聞くと、返ってくる答えが全然違ってきます。
これまで出てきたのは、「大きな鉢で実野菜を育てて、観葉植物の代わりに観葉野菜として各オフィスに設置し管理、そこで働く人たちに農を身近に感じてもらう」、また「大きめのコンテナに土を詰めて野菜を育てるプランターにし、各種野菜を育てる。コンテナなので持ち運び自由。軽トラの後ろに積むと移動畑の完成。各地を回り食育授業を有料で引き受ける」というようなアイデアも出ました。
中でも秀逸だったのが、地方のスーパーマーケットの専務さんから出たアイデア。「まず農地を貸してくれませんかと店頭に張り紙をする。貸してくれる人が現れたら、来店客に家庭菜園をしてみませんかと呼びかける。そして野菜が余ったらインショップ(店内の売り場)という形で直売してもらう」というもの。
どこが秀逸かというと、たとえ使っていない農地があったとしても信用のない人には貸したくないということがよくあります。でも昔からその場でスーパーをしている会社が後ろ盾になるのであれば、信用性が高まるので貸してくれる人が現れるかもしれない。家庭菜園はしたいがどこでしていいのか分からない人が結構いる。そしていざ家庭菜園をすると、豊作の時にその収穫物のやり場に困るので気軽に売れる場所があると助かる。またインショップの直売所は、そこに野菜を置きに来た人がかなりの確率でそのお店で買い物をしてくれるのでスーパーにとっては常連獲得にもつながり、また新鮮な地域の野菜があればスーパーの売りにもなる。それらが回っていくことで当初の目的である地域自給率が上がります。
実際には農地の管理方法や野菜の育て方などが分からないなど問題点もあるでしょう。そんな問題には地域の農家さんが先生として菜園教室を開くというのもいいかもしれません。そのことで農業への理解も深まりますし、 農家さんはその菜園教室の報酬ももらえる上に誇りも持てます。この発表をきき、内容を補足していく中で、そのスーパーの専務さんから「実際にやってみようかな」という言葉も飛び出しました。もちろん、実行していくと多くの課題が出てくるでしょう。でもやってみることが大切。ダメならやめてもいいんです。失敗しても張り紙が無駄になるだけですから。
このアイデア、実は4人1組で5分と言う短い時間の中で出てきたものになります。もしお金の流れを考える、ビジネスモデルという課題でなければこんな具体案は出てこなかったと思います。 農業が本業の場合でも目指す所得から逆算してみる。これだけの収入が欲しいとしたらどのぐらい売り上げが必要なのか、このままの仕組みでは足りないようであるならば、収入を増やす方法を考える。例えば稲作農家で春先しか使っていないビニールハウス。空いている時期のハウスを活用できないかと考えてみるというのもひとつ。実際に空いている時期に、手間のかからないカボチャ栽培で利益をあげているという例もあります。
頭の体操だと思って、農作業しながらビジネスモデルを考えてみるのも楽しいものです。そして思いついたらやれるのが今の時代。情報の拡散はSNSでできます。また基本的に社会性が高いのが農業のよいところ。資金が必要なら、先に挙げた NPOバンク融資をうける手もありますし、クラウドファンディング(活動や夢を発信することで、思いに共感した人や活動を応援したいと思ってくれる人から資金を募るしくみ)もおすすめです。クラウドファンディングについては具体的な成功する方法を経験談を交えて、いずれ書きたいと思っています。
楽しく稼ぐ
物販やサービスを提供する商売は基本的にとてもシンプルです。家業での収入は販売品の1つあたりの純利益(売り上げから経費や損益を差し引いた純粋な儲け)×販売数。つまり収入を増やすには、販売品1つに対して純利益を増やすか、販売量を増やすかのどちらかです。
自称日本一小さい農家の私は、販売量が少ないので、いかに1つあたりの純利益を増やすか考えてきました。農業機械、広告宣伝費など経費を抑える方法をいろいろと考えてきました。そして販売手数料もかからないようにすることでかなり純利益が増えました(直売することで同じものでも純利益が5倍近く違うことも)。大切なのは売り上げを上げることではなく最終的に残るお金、つまり収入を上げるということです。そのためにどんな方法があるかを考える。
プラスの収入を得るために農業内サイドビジネスを考えてみるのもひとつ。農家の昔ながらの手作りの味を伝えていくのもいいでしょう。実際、私も漬物教室や味噌(みそ)教室を冬場に開催していますが、とても人気で農閑期の貴重な収入源となっています。今は新たな試みとして、レンタル畑スペース(ビニールハウスの空いているところをイベントスペースとして貸し出す)に挑戦しています。
思いついたらやってみる。やらないで後悔するより、やってダメなら次にいく。小さくスタートすればリスクも少なくて済みます。どんなビジネスも成功の裏には必ず失敗があります。逆にひとつ成功すればそれが大きく育つかもしれません。楽しく稼げる農業。そのためにも普段からビジネスモデルを考えておきましょう。