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「楽すること」を恐れない【ゼロからはじめる独立農家#06】

西田 栄喜

ライター:

連載企画:ゼロからはじめる独立農家

「楽すること」を恐れない【ゼロからはじめる独立農家#06】

食を得るというのは生きていくためにとても大切。農のあり方はその地域の精神性にも大きな影響を与えてきました。私達が当たり前だと思っていることも作り上げられてきたもの。客観的に見ることで生き方も変わってきます。

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「楽だろう?」

私は就農前、地元の農業法人で農業研修を1年間したのですが、その研修期間の最後に石川県の支援を受けニュージーランドに農業研修に行ってきました。滞在期間は20日間、そのうち10日間同じ農家さんのところにホームステイするという形。私がお世話になったのは酪農家さん。酪農は餌やりや清掃に手間がかかる大変な仕事だと思っていたのですが、ニュージーランドにおいては想像したものと全く違いました。1区画あたり1へクタールはあろうかという牧草地が金網で囲まれていて、その区画が8つ(真ん中に通路あり)。乳牛はその1区画の中で放し飼い。朝と夕の2回、搾乳所につれてきて牛乳を搾るのが主な仕事。苦労するかと思っていた牛の移動は、牛も乳が張っているせいか意外なくらいに言うことを聞き簡単でした。

1つの区画に2週間ぐらい放牧し、隣の区画へ移動させます。その繰り返しで8つの区画を1周する頃には、最初に牛がいた区画の牧草が成長しているという仕組みです。牛に餌をやる必要もないのでその手間が省け、また餌代もかかりません。そして清掃や後処理もなし。搾った牛乳は毎日牛乳メーカーが回収にきて、その量によって後日振り込まれるという仕組みでした。

そのホストファミリーのお父さんによく言われたのが、「エイキ(私の名前)、酪農は楽だろう」ということ。確かに早朝と夕方の乳搾りもありましたが、昼は広い庭で読書タイム、ティータイムを堪能できました。

そんな滞在期間中に、ホストファミリーの娘婿夫婦の所にも行かせてもらいました。そこは肉牛農家。そのやり方がなんとも豪快。山のふもとをぐるりと電気柵で巻いて、中からの脱走と外からの害獣の侵入を防ぎます。その山に子牛を放し、成長して出荷できるようになったら4輪バギーで追いたて、トラックに乗せて運ぶという日本では考えられない方法。そこで誇らしげに言われたのが、「エイキ、酪農よりもこっちの方がずっと楽だろう。朝晩毎日乳を搾るなんてやってられないよな」との言葉でした。実際、ニュージーランドでは(当時)酪農家の次は肉牛農家になるというのがステップアップと考えられていました(まるで車を売るように牧場、施設ごと販売する専門の雑誌もあり)。

その研修でいろいろと学ぶことはありましたが、一番大きいのは「楽することをステータスにしてもいいんだ」ということ。日本での農業研修時代はとにかく働けば、働くだけいいんだと言われてきただけに、目からウロコが落ちました。

日本人の労働神事説

楽していい、むしろ楽することはニュージーランドでは善。その価値観は私にとって、ショックでもあり、気づきでもありました。それなのに日本では勤勉は美徳とされて真逆。「どうしてなんだろう?」と、日本に帰ってきてからそんなことを思うようになりました。

それからいろいろ調べてみて、日本人が勤勉、いや働いている時間が長い方がいいと思われているのは、稲作の北限地帯だったからではないかと思い至りました。

日本での水田は先人が苦労してつくってくれたもの

稲の原産地のひとつと言われるインドでは米が年に2回、ときには3回取れます。稲作は多収。その地で生まれた仏教が、数ある宗教の中でも奇跡をおこすスタイルではなく哲学的なのは、そんな余裕があったからではないかと思います。

その稲作が仏教とともに日本に渡ってきた。稲作は素晴らしい技術でなによりも大切な食の安定にもつながる。ただし、日本は稲作の北限地で収穫は基本年1回。また高温多湿で雑草が生え、虫も多い。田に入り、除草して虫を取らねば一定の収穫量が期待できない。つまり作業をサボると収量が少なくなるというマイナス査定。仕事量は直接的に食糧確保に大きく影響する。そこで為政者が、働くことはすばらしいこととした。そこから「働くことは神に仕えること」という世界でも珍しい「労働神事説」ができたのではないでしょうか(ちなみに日本神道はすべて稲作が神事の中心となります)。

この労働神事説という言葉は、宗教評論家であり作家のひろさちやさんによるものですが、農家になってあらためてその通りではないかと思いました。このことで何を伝えたいかというと、「働くことが美徳」とされるのは作られた幻想なんですよということ。それを今、知ったからといって日本社会がすぐに変わるわけではない。でも、楽していいんだよっていうのが心のどこかにあると非常に救いになります。
特に自然相手の農業は草とりひとつとってもすべて取り除くことは不可能ですし、キリがありません。完璧を目指すと無理がかかります。農業とはある意味作業に見切りをつける仕事なので、心に余裕を持っておくことが長く続ける秘訣(ひけつ)にもなります。

そして日本は、日本人自身も勤勉と思っているかもしれませんが、実は効率の面で見ると決して高くありません。それどころか就業者1人当たり労働生産性はOECD(経済協力開発機構)加盟36カ国中21位、1位のアイルランドの約半分という低さ(2018年、OECD調べ)。つまり就労時間の長さに対しての生産性が低いということ。ここから立てられる仮説は、日本人は勤勉というより働いている姿を見せるのが好きなのではないかということ。私もホテルで雇われている時、自分の仕事が終わったにもかかわらず、周りの人の仕事が終わるまでなかなか帰れないということを何度も経験しました。

こういう同調圧力も稲作から来ているのではないかと思っています。稲作は水田スタイルになってから、かんがい(用水)が重要な働きをしました。我田引水という言葉があるように、川上で自分のところにだけ水をいれると川下の方にはいかず、一番嫌われる行為でした。そんな周りとのバランスをとっておもんぱかる、またスタンドプレーが嫌われるというのもそこから来ているのかもしれません。

昨今、働き方改革ということで日本人の働き方が見つめなおされてきたのはとてもいいことだと思います。ただ大手企業で成果主義を導入したものの、長く続かない、また大幅な変更があったなどの事例もあり、欧米の働き方だけを持ってきても精神性が違うと失敗します。なぜ日本人の働き方がこうなったのか? そういったことも考えた上で日本人に合った人間らしい働き方を探っていけばいいのではないでしょうか。

心が喜ぶ働き方

さて、では私の働き方。こんなことをいうのであれば労働時間はさぞかし短いだろうと思われるかもしれませんが……。実は以前より長くなっています。一時期は週休2日、時には3日をとっていたこともありましたが、目指していたのは時短だろうか?と思うようになり、その考えはやめました。

現在我が農園「風来(ふうらい)」は、第2の起業期と位置づけています。農の既成概念にとらわれず、畑を舞台と考えいろいろなことを提案していく。そんなことから名刺の農園名も「無農薬野菜 風来」から「菜園生活 風来」と変更し、日々チャレンジしています。自分が目指す農業は、「農の良さを伝える入り口になる」がテーマ。この活動が本当に楽しく、これまで以上にやりがいを感じています。農業は「業」である以上、商品を生産しているのは間違いありませんが、「誰もが生きていくのに必要な食を育てている」という、命に直接かかわっている仕事でもあります。本来それだけで志高い、お得な仕事だと思います。実際、食べていただいている人と直接つながると感謝の声をいただくことが多く、それがやりがいになっています。

農の良さを伝えるために春は苗の販売も

農業界ではずっと「他産業並みに~」という表現が使われてきました。進んで農家になった身からしてみると、とても不思議な言葉でした。単に儲けたいだけだったら農業を選んでいなかったでしょう。今の時代に新たに就農したいと考えている人もそうではないかと思います。農業には他の仕事にはない大変さは確かにありますが、農業にしかない喜びもあります。

ただ使命感を持つのは大切ですが、自然、市場の現実の厳しさに心折れてしまうという人も少なくありません。真面目な人ほどその傾向があります。そんな時に思い出してほしいのが「楽することを恐れない」「大事なのは時間ではなく、内容の濃さ」「周りの目、同調圧力を感じるのは過去の呪縛」という言葉。目的は幸せになること、農業はその手段なのですから。

以前取材していただいたもの。「心が喜ぶ働き方」っていいですね

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