志の剣(つるぎ)を持つ
ライフワークとして食育授業を年間50講演以上、幼稚園・保育園5園、小学校2校で田植え、稲刈り、脱穀、はさがけを毎年継続している林農産の社長、林さん。また年に一度、「地域の方への恩返し」ということで20万円以上を会社負担で「田んぼのフェスティバル」も開催しています。
このような地域密着型の農業法人になったのは天皇杯を受賞したのがきっかけですが、その後37歳の時に“志”を学ぶ塾「青年塾」に入塾したことで加速がついたそうです。「青年塾」とは総理大臣、国会議員を何人も輩出している「松下政経塾」の塾頭を務めた上甲晃(じょうこう・あきら)さんが「政治家も大切だが、有権者、特に青年にこそ志が必要」ということで立ち上げた私塾です。林さんはその1期生になります(ちなみに筆者である私は8期生であります)。
青年塾の学びは「微差大差」「万事研修の事」「掃除に学ぶ」「一歩前へ」「みんなが幸せになってこそ、自分も幸せになれる」など、一見経営には関係ないことに思えますが、「もし青年塾に入ってなければ今の林農産は、なかった」と林さん。
餅の加工販売もしている林農産にとって、年末の鏡餅やのし餅など餅商品の売り上げは現在3000万円と、年間売り上げの1/4を占める大切な存在。その餅商品は初期のころ近所の大型スーパーで販売していました。しかしその大型スーパーが名称変更、また24時間営業へ移行するにあたり、手数料の大幅アップと、販売員を24時間出すことを求めてきたそうです。当時そのスーパーでの売り上げは800万円。餅の売り先として、大きな大きなウエートを占めていました。それでもその提案に従い、社員を深夜に働かせることは林農産の基本理念である「農業を通じて豊かな生活を創造する」に合わない。「社員の誰も幸せにできない」とすっぱり関係を切ったそうです。800万円の売り上げにしがみつかずに済んだのは、青年塾で訪れた多くの志ある会社から教わったこと──目の前の利益だけでなく長くつきあえるかを見る、そして志の低いところを切れる勇気──があったから。「青年塾のおかげで志という剣を持てた」と林さんは言います。
さて、大きな売り上げのあった大型スーパーでの販売をやめた林農産。かなりの売り上げ減になると思っていたのですが、そのスーパーで毎年買っていたお客さんが林農産の直売店に訪れるようになったり、口コミで売り先が広がったりするように。またネット直売や宅配に力を入れられるようになった結果、直接販売の比率が増えたことで利益率もアップ。初年度こそ利益は減少したそうですが、翌年には売り上げ、収益ともにアップしました。
正月に向けて11月終わりから年末まで、まさに戦争状態の林農産の餅加工場。私も農業を始めたばかりで収入が安定しない頃はお世話になりました。決して楽な仕事ではないのですが、とても雰囲気がよく、バイトに入った人が新しいバイトを呼んでくれるので、ハローワークなどで募集したことはないそうです。別の会社に就職してからも年末の休みになるとバイトに入る人(中には帰郷してまで……)、また親子2代でバイトに入っている人も少なくありません。
江戸から明治にかけて日本各地で活躍した近江商人が、信用を得るために大切にしていた考え方が「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」といわれます。ですが、それに加えて働いている人にとってもよくなければ本当にいい会社ではないと林さんは言います。
農チューバー
そして今は天皇杯農家というよりも農チューバー(農家のYouTuber)として有名な林さん。チャンネル登録者数は13000人を超え、有名農チューバーとしてとても人気のあるコンテンツです。動画配信をしようと思ったキッカケは、2012年に石川県が主催し林農産も参加しているショッピングモール「お店ばたけ」のホームページドクター(お店ばたけに協力する専門家)のすすめでした。初めのうちはとりあえずという感じで、動画アップ数も年間数本程度だったそうです。
そんな中、2016年1月にお店ばたけの紹介で「動画づくりアドバイザー」酒井祥正(さかい・よしただ)さんのセミナーがあり林さんも出席。そこで「動画を1000本アップしたら売り上げ2倍になるよ」と教えられました。その言葉を真に受けた林さん、それから真剣に動画に取り組むことを決意。最初のころは周囲から「またおかしなことをしている」と笑われたそうです。
それでも「1000本アップしたら売り上げが2倍になる」を呪文のように唱え、とにかく毎日動画をアップ。林さんは「自分にとってYouTubeは紙に書いてた日記の延長」と言います。日記は紙からネットへと移り、1997年から休まずネット上に日記をアップしている林さん。それも青年塾で学んだ言葉「10年偉大なり。20年畏るべし。30年歴史になる」を信じ、やってきた結果だそう。
動画はほとんど1人で撮って、1人で編集。編集に5時間かかる時もあるそうです。YouTuberは楽して儲けているというイメージもありますが、費やす労力は割に合わないとのこと。それでも続けてこられたのは「いのちと食の大切さを伝えたい」という志があるからこそ。そんな林さんが数ある動画の中でも力を入れているのが「世界一わかりやすい食育授業」です。あまりに長いのでいくつかに分けたり、短縮バージョンもあったりします。そして農家は一次情報(直接体験して手に入れた情報)の宝庫。動画の多くは自然と田んぼの作業内容になります。「ひどい倒伏稲の刈り方です。」は32万回超えと再生数がダントツ。「コンバイン壊れた立ち往生そして重症・2017」というマニアックなものも9万回以上再生されていて、同業者に多く見られていることが分かります。
通信環境も5Gという高速データ時代になることもあり、「これからは動画ぐらいやっといた方がいいかな」と考える人も多く、最近になって講演依頼がかなり増えたそうです。しかし林さんは言います。「YouTuberになるにはテクニックはいらない。愚直に続けられるか?そして伝えたいことがあるか?だけ」だと。
当初はネガティブなコメントで落ち込むこともあったそうです。田植え機に2人乗りした動画を流してしまい、「炎上」したことも(これについては「そもそもコンプライアンス違反だった」と、反省しながら振り返っていました)。発信して有名になると、異なる意見を持つ人から責められることも増えます。しかし、続けていくうちに応援してくれる人が増え、動画内で間違った農作業をしていたらより良い方法を教えてもらうことも多くなったそうです。それが農業技術向上にに大変役に立っているとのこと。あくまで前向きな林さん。でもそれは伝えたいことがあるからだとあらためて思いました。
最近は聖地巡礼ということで林農産のYouTubeを見た人が全国から来訪。お店の売り上げに貢献してくれているとのこと。動画が回を重ねるごとにネット販売の売り上げも伸びているそうです。
これからの林農産
最後にこれからの林農産と日本の農業、また新規就農者へかける言葉を聞いてみました。 林農産はこれからも都市型農業の未来を築いていきたいとのこと。林農産のある野々市(ののいち)市は、金沢市のベッドタウンとして宅地化が進み、耕地面積が限られているので高付加価値の農産物が必要。林農産では今後、無農薬栽培米や自然農法米などを増やしていくそうです。
また今話題のスマート農業も、「ロボット化など農作業の効率アップが注目されているが、都市型農業を効率化していく手法として使えるのではないか」と、今後は都市型スマート農業を模索していき、次世代(息子さん)につないでいきたいとのことでした。
日本の農業については「食育は日本の農業を救う」を信じて、食育授業をこれからも進化させていきたいとのこと。「その伝える方法がブログだったり動画だったり、時代とともに変わっていくかもしれないけど、伝えたいことがある限り、手段は変われどライフワークとして死ぬまでやっていく」と力強い言葉をいただきました。
若手農業者、 新規就農者には「農業という仕事が人生の最終ゴールではない。いろいろな仕事の中のひとつとして柔軟に選んでほしい」とのこと。林さんは、友人のデザイナー(林さんは美術大学出身)から「浩陽はいいな。俺たちは毎日毎日(将来的には)ゴミになるものを作っている、農業は毎年がクリエイティブで直接人に役立っている。そういった仕事はなかなかない」といわれ、その言葉を大切にしています。
後編後記
大規模農業法人の社長でありながら今も現場主義の浩陽さん(最近は動画製作が本業になっていると言われていますが……)。石川県には小さい個人農家も多くいるのですが、浩陽さんがつなぎ役となってくれています。共通の師匠である上甲塾長は「人を救うヒーローになる必要はない。でも“あなたがいてくれてよかった”と言われるような救いとなれ」とよく話しています。浩陽さんはまさにそのような人だと思います。先輩、今後ともよろしくお願いします。