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“ミスター五郎島金時”の信念~伝統野菜で年商2億~

“ミスター五郎島金時”の信念~伝統野菜で年商2億~

加賀野菜の代表・五郎島金時(サツマイモ)。ホクホクとした食感で全国のファンを集めつつありますが、その五郎島金時を広めた立役者がいます。「ミスター五郎島金時」と呼ばれる、河二敏雄(かわに・としお)さん。現在年商2億2千万円。五郎島金時の加工品が大ヒットして新工場を建設、金沢駅に出店、観光地にカフェをオープンなど拡大志向にもみえますが、その根底には大きな志が。コロナ禍で売り上げ8割減でもめげないどころか燃えている。農家同士だからこその深い話が聞けました。

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「農業を継ぎたい」。両親が出した条件とは

──河二さんが農業を始めるまでの道のりを教えて下さい。

農家の3代目として生まれて、1984年に近畿大学農学部農学科へ進んだ。その当時、同級生360人中農業を継いだのは俺だけ。ライバルがいないし俺が日本の農業を制することができると揚々として帰郷した。当たり前のように「あとを継ぐ」と言ったところ、 おやじとおふくろさんが大反対。「あなたを農家にするために大学に行かせたわけじゃない。今までの農業はまだ再生産価格があったし貯金もできたけどこれからは違う。家族を養うことはできない。会社員になって安定した収入を得てほしい」と言われたけど、親父を3カ月説得してようやくやらせてもらった。条件は「今までと違う農業をやる」ということ。その時は農業やりたさからオッケーと勢いで言ったけど、その時の言葉があって加工にも躊躇(ちゅうちょ)なく踏み出せたと思うので、この条件があってよかったよ。

──今では家族を養えないどころか……。

そう、5人子供がいて、長女が事務、次女が店の管理、3番目の長男が畑で生産管理、 4人目の女の子が新しくひがし茶屋街に出した店の責任者、 5番目の男の子は長野のトップリバーという農業生産法人で働いていたけど2019年の12月に家に戻ってきてもらって、現在、みんなうちの会社で働いている。まさか家族全員でやることになるとは。でもおかげでとても心強い。まあ地獄見る時は一緒に見るけどね。

肌のきれいな五郎島金時

──現在の経営状況は?

7月から6月を1年度として、前年度の売り上げが2億2千万円。そのうち1/4が農業、2/4が加工、1/4がサービス部門になってる。

農業面積は全部で10ヘクタール、スイカが3.5ヘクタールでサツマイモが6.5ヘクタール。ちなみにスイカは10アールあたりの労働時間が200時間、サツマイモは167時間。ここ3年スイカの買い取り値がよくて、昨年でそれぞれ2700万円の売り上げ。

加工品はパックにした焼き芋、そして焼き芋ペーストへの1次加工。加工は経常利益率が17~18%ある。比べて、農業部門の利益率は2%あるかどうかかな。

サービス部門では、金沢駅にお土産屋の「農家屋かわに」をオープンさせて、昨年は金沢最大の観光地、ひがし茶屋街そばに「農家屋カフェ」を開店させた。

──加工が大きな売り上げになっていますが、加工をやろうとしたきっかけは?

直接のきっかけは阪神淡路大震災。大学が関西だったということもあって、何か支援したくて、被災地に五郎島金時を10トン寄贈したんだけど、ライフラインがない中ではそのままでは食べられないものは敬遠された。そんな中、現地にボランティアに行ったら、そこで売ってた焼き芋がちっちゃくておいしくないのに、バカみたいに高い。……このやろうと思って、その場ですぐに食べられる加工をやろうと思った。

あと、1993年(冷夏で平成の大不況の年)にスイカ5000玉を農協に出荷して5万円の振り込みがあって、最初「ひと玉100円か~! 安いな~」と思っていたら実はひと玉10円だった。その時から自分で売値を決められるものも必要だと思ってた。

──石川県宇宙人農家の共通点として、とにかくいきなり聞かれても「数字」が明確に出てくるんですよね。数字を大切にするようになったのは?

大学卒業の翌年、24歳の時(1989年)に、鳥取大学の教授の小林一先生が手弁当で経営管理教室を開いてくれて、それに参加した。最初小林先生から「河二くん、これからの農業に大切なものはなんだと思う?」と聞かれて「気合と根性です」と答えたんだけど、先生から「これからは数字だと思うよ」と。

当時まだ普及してなかったパソコン経営を教えてくれたのも小林先生。複式簿記と会社設立を教えてくれたのも小林先生。その小林先生から教わったのは、他の農家のデータを使っても意味はない。数字を作れるのが必要だということ。それで26歳の時、会社を引き継いだ時に自分の会社の損益分岐点を出せたのはとてもうれしかった。損益分岐点を出すためには、自分の会社の数字を知らなければいけない。経常利益、労働時間、 最大の売り上げを求めるためにはどうすればいいかを知ることが必要。その時があるから今がある。

「お前はバカか」。恩師の言葉から生まれた大ヒット商品

──他に恩師と呼べる人は?

芝寿し(現在年商40億円の北陸を代表する企業)の会長で創始者の梶谷忠司(かじたに・ただし)さん。30歳の時にご縁をいただき、一週間に一度自宅に通わせてもらった。当時78歳の会長から掛けられた「経営者になりたいのであれば、365日ずっと仕事できるか? ゴルフとか趣味に走らず、ずっと五郎島金時を使って何ができるかを考え続けること」という言葉が忘れられない。

加工をやろうと決めた時、最初はスイートポテトかな~と漠然と思って、会長に相談に行ったら「お前はバカか」と言われた。「農家がスイーツをすぐにはできんやろ。農家にしかできないことをやれ。ハイカラなことをやりたい気持ちはわかるが、お前にしかできないことをやれ」と。

そこで生まれたのが真空パックにした焼き芋。こんな単純なものは俺しか作らない。

あと口をすっぱくして言われたのが「金を使うな」ということ。加工をやろうと決めて2000万円ぐらいかけて工場を建てようと思ってたら、会長から叱られた。そこで奥さんの親戚が、しょうゆ屋をしてた跡地を無料で貸してくれた。焼き芋の機械も機械自体の需要がなかったようで、まとめて注文することで安く仕入れることができ、内装も全部入れて200万ぐらいでできた。時々会長に「お金貸してくれますか?」と聞くと「絶対貸さない、でも口は出す」と……。それがよかった。

──焼き芋の真空パックは大ヒット商品になったんですよね。今は焼き芋ペーストの売り上げがすごいようですが、ペーストをつくるようになったきっかけは?

百貨店の催事にパックの焼き芋を持っていったら、周りにお菓子屋さんがたくさんいた。その人たちから「見た目はそんないいものじゃなくていいから、お菓子に使えるものはないか?」「五郎島金時を使いたいけど、そのままじゃ使いづらいし、ペーストになってるといいんだけどな~」と言われたのがきっかけ。

五郎島金時は焼くのが一番。ということで一本一本焼いて、それを奥さんと皮むいて、手動のミキサーでペーストにしてね。それでお菓子屋さんに持ってったら喜ばれてね~。口コミで次から次に注文が入ってきた。

うちだけのイモでは足りなくなって、五郎島金時生産組合のみんなに規格外の五郎島金時を出してくれって言ったんだけど、当時の生産者60軒のうち、応援してくれた人は一人だけ。他の人からは「農家が加工するなんて何事だ。農家は時間があったら畑に行け」と言われた。まあ部会の中でも相当浮いてたね。でも向かってる方向は間違いないと思ってた。実際みんな、俺がすることには反対でも規格外のサツマイモを使うこと自体は大賛成だったしね。

農家の加工もいろいろあるけど、完全に製品にしない1次加工というのもいいと思うよ。製品にすると売り先まで見つけなきゃいけないけど、1次加工品は使ってくれるところがあったらどんどん広めてくれるしね。

金沢駅ナカ「あんと」内で大人気の「農家屋かわに」

──新工場設立、金沢駅にお土産店、そして観光地のひがし茶屋街にカフェをオープン……と、はたから見ると拡大志向にも感じますが?

社会全体で食品衛生管理がとても問題になってきて、ペーストを卸してるお菓子屋さんからも衛生管理をしっかりしたところで作ってほしいと言われて。コストがかかるから加工事業を畳もうかとまで思ったけれど、そしたらお菓子屋さんが困るだろうし、せっかく広まってきた五郎島金時のためにも、と思って2010年に新工場を設立した。

ペーストを作る前にアンケートを取ったら、地元の年配の方は90%ほど五郎島金時のことを知っていたけど、20代の子達に聞いたら55%しか知っている人がいなかった。 これはやばいと思ったね。なのでうちのペーストを使う時には「五郎島金時使用」と書いてもらうのを条件にしている。

おかげで五郎島金時の名が広まったんだけど、今度は逆に「これ本当に五郎島金時使ってるの?」というような商品が世の中に増えてきた。そんな時に農業仲間から金沢駅に店を出さないかと言われた。3回断ったんだけど、4回目に出店を決めて、2015年に「農家家かわに」を開業した。「やります」と言った一番の理由は、本物の五郎島金時を使ったお菓子を出したかったから。
お土産としての売り上げはいいんだけど、「五郎島金時」自体、県外の人には全く知られていないことが分かって。じゃあ観光客が一番集まるところでアピールしようと、ひがし茶屋街で、五郎島金時を紹介する場所として「農家屋カフェ」を2019年9月に出した。

俺は「五郎島金時食文化創造業」

──河二さんとしてはこの先どんなことをやっていきたいですか?

この新型コロナの影響で4月の売り上げが昨年比80%減になった。直売店の農家屋かわに、農家屋カフェは2つとも閉めている(2020年4月28日現在)。年間35万個販売していたスイートポテト「農家屋ぽてと」も売り上げゼロ。この状況でどういう風に会社を導くかを考えるのが俺の仕事。

これは新しい業態を作るためのいい機会だと思っている。

よく「河二さんの職業は何?」と聞かれるけど、俺の職業は「五郎島金時食文化創造業」。そして農業経営シミュレーションゲームをやっている真っ最中だと思っている。良い時もあれば悪い時もある。

食べてもらえる人ともっと直接つながる場をつくっていかなければいけないという思いが改めて強くなった。近い将来、近江町市場の中に五郎島金時の大学芋専門店を作りたいと思ってたけどそれを加速したい。

年間35万個売り上げるスイートポテトを自宅で作れるセット。2020年6月30日まで販売

──これから農家を目指す人にひと言お願いします。

今は農業だけやっていては規模拡大だけしてもその分経費がかかるので利益が出ない。数字をすごく大切にしてほしい。 数字はうそを言わない。でも数字だけ追いかけてるのではなく、物語を追い続けてほしい。俺は五郎島金時でゲームをして遊んでいる。命をかけたゲームをしている。 五郎島金時が広がって、多くの人が五郎島金時で幸せになってほしい。

梶谷さんから言われて心に残っているのが「損得よりも善悪で動く」ということ。物事の判断はそこでしてほしい。それがすべて。

あと、地元に前向きで規格外な農家仲間(宇宙人農家たち)がいたというのがとても良かった。とても刺激を受けている。やることは違っててもいい。でも共通の話題ができる仲間をつくってほしい。

編集後記
まあ熱い人とは知ってましたが、ここまでとは。とにかく五郎島金時への愛がすごい。本文には盛り込めなかったのですが、「地域が崩壊してしまったら五郎島金時が成り立たない。今から350年前に五郎島金時ができた。100年後にも農業ができる基盤を作っていくのが使命」と言っていたのが印象的でした。コロナの影響で売り上げが落ちている中、インタビューしてもいいのかと最初思ったのですが、逆にこちらが元気になりました。ありがとうございます。

五郎島金時専門店「かわに」WEBショップ

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