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なぜ石川県には「規格外農家」が多いのか? “宇宙人農家”とは

なぜ石川県には「規格外農家」が多いのか? “宇宙人農家”とは

石川県能美市で、自称「日本一小さい専業農家」として無農薬野菜を育てる筆者・西田栄喜(にした・えいき)さんが、農家ならではの視点で、地元の「規格外農家=宇宙人農家」にインタビューする新連載が開始! 第1回の今回は、序章として「なぜ石川には宇宙人農家が多いのか?」をテーマに語ってもらいます。保守的と呼ばれる農業の世界で常識にとらわれることなく新時代を切り開いてきたまさに規格外の面々。そんな農家達がなぜ生まれたのか?

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宇宙人農家とは?

ここ石川には「アグリファンド石川」、通称・借金友の会があります。借金というと言葉は悪いですが、借金ができるということは、実はすごいこと。農業は守られるものだということで多様な補助金があります。ただこの補助金はもろ刃の剣。先輩農家の言葉を借りれば「補助金はモルヒネ」。末期状態には必要なものかもしれないが、使いすぎるとそれなしではいられなくなるからだそうです。

そんな補助金に頼らず自立した経営を行うため、総合資金借入農家の農業経営・相互研究の場として1977年に設立されたのがアグリファンド石川です。事務局が金融機関のJA石川信連ということもあり、当初から「金融」に関する研修が盛んに行われてきました。

そこに集っている初期メンバーがすごい人たちばかり。詐欺に合い1400万円の不渡り小切手をつかまされるも、それをバネに奮起し天皇杯をもらうまでになり、今や農チューバーとして全国に名を響かせている人。「ミスター五郎島金時」と呼ばれ、6次産業という言葉が一般的になるかなり前から加賀伝統野菜の一つ、五郎島金時の加工・販売に取り組み、全国に名をとどろかせた人。ぶどう畑の中で始めた座席数20のティーガーデンから始まり、今や東京スカイツリー店など全国に飲食店を進出させ、従業員300人をかかえるまでに会社が成長した人。北陸では育てられないといわれた小麦栽培を成功させ、しかも有機小麦生産日本一を誇り、現在はブドウ栽培から自家製ワインをつくりワインレストランも経営している人などなど。

そんな規格外農家は石川県の農業界の中でいつしか「宇宙人農家」と呼ばれるようになりました。石川県はUFOの目撃がたくさんある地域があり、そういったことも名称に影響していたのかもしれません(ちなみに、この連載の取材第1号で次回登場予定の林農産のアイテムには「宇宙茶」「宇宙米」なるものもあったりします)。

ブランド化されていないからこそ

石川県は経営耕作面積全国32位、農業人口に至っては47都道府県中45位(農林業センサス2015より)という、農業規模としては小さい小さい県です。しかしそんな地にもかかわらず、農業の最高峰の賞と呼ばれる農林水産祭天皇杯を農産部門でとっている人の数は全国トップクラス(2019年度現在、これまで58回開催のうち7事業者が受賞)。また日本農業法人協会の会長や、若手では全国農業青年クラブ連絡協議会の会長を多く輩出しています。

なぜこんな人材が出てきたのか?という答えはある意味、石川県の農産物が産地として弱く、ブランド化されていなかったからではないかと思います。実際、県外の人は、石川県の農産物でお米以外になかなか思い浮かばないのではないでしょうか。

高原野菜や酪農に代表されるように、有名産地であれば地域としてさらにブランド化していけばいいのですが、石川県の場合は産地頼りでは戦えない。そこで個々の農園、農家が売り先を開拓、販売するしかなく前に出た。そしてお客様の声をダイレクトに聞き、それをフィードバック。そうして互いに切磋琢磨してきたのがアグリファンドに集う農家たちだったのです。
(石川県も今は先人の努力もあり加賀野菜、また高級果物産地として知られてくるようになりました。)

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制度改正によりお米の販売自由化が目前とされた時期(それまでは特別栽培米・自主流通米などの形でのみ生産者が消費者へ直接“一定量”の米を売ることができた)、早々に行動を起こしたのもとある石川県の農家でした。「お米を高く買ってくれるのはお金持ちや。それならそこで売ればいい」と、お金持ちがたくさんいるに違いないと見込んだ東京・田園調布へ。試食用に小袋のお米をたくさん用意して、一軒一軒一般家庭に飛び込み営業しにいきました。でも現実はそんなに甘くない。ほとんど相手にされず、試食用のお米すらなかなか受け取ってもらえなかったのですが、一軒だけ、ちょうどお米もきれるしそこまで言うならと買ってくれたそうです。それをきっかけに、おいしいからと定期購買してくれました。その数年後に起こった、1993(平成5)年の平成コメ大凶作。国産米不足となり米価は高騰、外国産米との抱き合わせでなければ国産米が買えないなど、今では考えられない事態となりました。

その年の石川県の作況指数は88。全国平均の74と比べれば悪くないものの、全国的に米価の買い取り価格も高騰し、米の値上がりは当たり前という中、その農家さんはそれまでと変わらない価格で販売しました。そうした姿勢を先ほどの田園調布の人がご近所に広めてくれて、一気に直売が広がったそうです。この農家の飛び込み営業から始まった行動力の原動には「自分が表に立つ」という主人公意識があったのは間違いありません。インターネット販売全盛の昨今ですが、この姿勢に学ぶところも多々あるのではないでしょうか。

出る杭は打たれるが……

保守的と言われる農業の世界で、そこまで飛び出すにはかなりの苦労があったのではないかと思います。しかし、アグリファンド石川の農家達の合言葉は「出る杭は打たれる、出過ぎた杭は打たれない」です。

自称日本一小さい農家の私は「100人が1歩進めば変化がおきて、さらに1歩、2歩と進めば時代は変わる」ということを信じて、「小さな農業」を提唱し畑を舞台にさまざまなことをしていますが、そういった変わったことをできるのも常識にとらわれない「宇宙人農家」の先輩方がいてくれたからこそです。農業の世界に限りませんが、風穴をあけてくれるのには1人で100歩進むような突破力も必要としたことでしょう。

そんな宇宙人農家の先輩がいてくれたおかげで、販売先もどんどん自分で開拓すればいいんだと、七尾湾に浮かぶ能登島でゼロから農業を始め、今や東京のレストランで知らない人はいないと言われる位まで成長している私の同期の農家がいます。また宇宙人農家の息子たちも今どんどん育ってきて、発想も自由な新世代宇宙人農家も出てきています。また個人で独立して無農薬栽培した野菜を消費者に直接販売する、そんな野武士のような、裏宇宙人農家と言えるような人も石川県にはたくさんいます。

また一般的に6次産業化といえば、多くは食品加工・販売のことを言うのでしょうが、米ぬかから血圧を下げる働きがあると言われるギャバを抽出する特許を利用し、健康食品を売り出して大ヒットさせ、同じく米ぬか油を原料とした世界一安全な塗料を販売している、そんな農家の枠を大きく超えた4次元農家と言われる人までいます。規模も違えば、栽培方法、経営方針までやってることはバラバラなのにお互い認め合っている、石川はそんな地でもあります。

アグリファンドメンバーによる田んぼでのコンサート

私の書いている別連載の第2回「『ゼロから農家』と『後継ぎ農家』の違い」では、ゼロから1にするまで、そして1から10にするまでは足し算の世界、そこからは掛け算の世界と書きました。私自身、今まさにその掛け算の世界のことを知りたいと思っています。出る杭が出すぎた杭になるまでの苦労話も、同じ農家だから、そして仲間だからこそ聞けることを記事にしていくので楽しみにしていてくださいね。

またそれぞれの先輩方にはこれから農家を目指している人へのエールも送ってもらおうと思っています。宇宙人農家の一端を垣間見ることで、枠にとらわれないこれからの農家がどんどん生まれてくればうれしいです。

アグリファンド石川

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