ホステスからこだわり農家へ  そのパワフルな半生とは

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ホステスからこだわり農家へ  そのパワフルな半生とは

連載企画:北の宇宙人農家たち~規格外生産者ファイル~

ホステスからこだわり農家へ  そのパワフルな半生とは
最終更新日:2020年09月30日

ある日、我が菜園にイケメンと美女のヤンキーっぽいカップルが来店。あまりの場違いさに道に迷って聞きたいのかなと思っていたら、農家になりたいとのこと。その時はしばし絶句してしまったくらいでしたが、この夫婦が数年で地域を代表する農家になりました。そして2人の将来の夢は「自分たちが映画化されること」とまさに型破り。そんな新世代宇宙人農家夫婦の物語。

ある日天から降ってきた

金沢駅から車で10分ほど、田んぼの真ん中に夫婦が経営する株式会社MEGLIY(メグリー)はあります。まだ全国的な知名度はありませんが、2012年に起農し、2016年に農家カフェオープン、そして2019年5月に農事法人設立、そして9月には株式会社化というすごいスピードでの成長。私が知る限りまったくのゼロから農家になって、ここまで成功した例はありません。

現在、耕作面積4ヘクタール、年間100種類ほどの野菜を育てて出荷。社員4人、アルバイト10人前後と雇用も生み出しています。そんなMEGLIYを作ってきたのが鍋嶋亜由美(なべしま・あゆみ)さん39歳、智彦(ともひこ)さん43歳の夫妻です。

私はこれまで自分の農園で多くの個人視察を受けてきて、夫婦で起農する時は奥さんが前のめりの方がうまく行くというのが持論となりました。鍋嶋夫妻はまさにそれを体現してくれています。そんな2人のうち今回は妻・亜由美さんのインタビューをもとに、なぜ農家になったのか、ここまで大きくできたのかに焦点を合わせます。
(次回は“裏面”という形で智彦さん側からのMEGLIY物語をお届けする予定)

──さっそくですが、経歴となぜ農家になろうと思ったかを教えてください。

高校を卒業した後、金沢の繁華街・片町でホステスになり、昼はペットショップで働いたり、夏は浜茶屋(海の家)をひと夏まかされたりと、いろいろな経験をしました。旦那のトモ(智彦さんのこと)とは18歳の時、その浜茶屋で出会ったのがキッカケ。いろいろあったけど……まあほとんどトモのせいなんだけど……付き合って8年目に結婚しました。

結婚することになった年(2007年)のある夜、天から降ってきたかのように「これからは農業だ!」と思い付いて。朝、1階のリビングにいたトモに相談ではなく、農家になる宣言をしたんです。

ただ家のローンもあって稼がなきゃいけないので、2人で仕事をしながら私が石川県の農業学校に通い、またネットで農家を探しては飛び込みで視察したり、話を聞きに行ったりしました。

──何か天から降ってくるきっかけはあったんですか?

小さい頃から動物、虫、自然が好きで、小学校低学年の頃には「この自然を壊す人間なんて原始時代に戻るか、いなくなってしまえばいいのに」なんて思ってました。あとおばあちゃん子だったこともあって、戦時中の話を聞いたりして「食べるものって大切だなぁ」とも思ってました。ただ思春期になってダンスや夜遊びが楽しくなってすっかり忘れてたんです。

でも結婚して将来子供ができた時に、このままでいいのかな、こんな地球を残していいのかなんてことを思って。降ってきたのは突然だけど、2~3年は悶々(もんもん)としてました。その中で農業は食べることに直結するし、農薬を使わない農業は環境にもいいしとても大切だと思いました。

あと夫婦で価値観を一致させたかったのもあります。トモは裕福な家庭に生まれて“お金の人”だったし、私はお金より大切なものがあるよって思ってたんだけど、そこをすり合わせるためにも農業はいいかな~と。

それで飛び込みで農家を視察し、ここだと思ったところで研修させてもらえることになりました。約3年間、毎日車で50分かけて山のふもとまで通い、農業技術の基本を学びました。

年間100種類育てられる野菜

農家への道

──農地はどうやって取得したんですか。

研修先が中山間地だったということもあって、今住んでいる町中から出て山の方で古民家や農地を探しましたが、なかなか見つからず、何より家のローンが30年以上あるし、売ろうにも抵当権もないし、動くに動けなかったんです。そんな時におばあちゃんの米寿の祝いの場で、親戚の娘さんの嫁ぎ先が家の近くに耕作放棄地を持っていることが分かり、そこを借りられることになりました。それが最初で、30アールからスタート。町中だけど他にも結構耕作放棄地があって、私たちのことを見てくれた人がまた貸してくれるようになりました。

山に入っていたら今はなかったと思います。中山間地は獣害や雪の問題など憧れだけではわからないことがあることを知ったし、町に近いおかげで配達も短時間でできるし助かってます。山には山の使命が、里には里の使命があると思っています。

──2012年、31歳で実際に営農をスタートしてみて、どうでしたか?

初めの頃は、できた野菜を知り合いの飲食店やバー、スナックに売りに行ってました。他の農家より高く売ってはいたんだけど、そもそも野菜の単価が安くて……。トモは「こんなお金にならないことやってられない」と、すきあらば海に。朝からそわそわしてるなと思ったらいつのまにかサーフィンに行ってて、「コラッ!」てよく叱ってたけど、まぁしょうがなかったかな。

売り先には困らなかったけど、体力的には大変でした。朝5時から畑仕事して、片町のお店に出るドレスのまま野菜をピックアップして、配達に行ってそのまま出勤なんてこともしばしば。

最初は「あゆみ野菜」と名付けましたが、途中から当事者意識を持ってもらいたくてトモの名前を入れ「トモファームあゆみ野菜」として販売するようになりました。

──智彦さんが変わったのはいつごろからですか?

トモはもともとお金に苦労したことがないから、手取りの少なさにビックリしてました。私はその都度「お金じゃないものがあるから」と言ってたけど、なかなか理解してもらえなくて。

そんな中、畑に来られるお客さんの子がトマト嫌いだったけどトモの育てたトマトは食べられたり、他の野菜をバクバク食べてくれたりという様子を見て少しずつ変わったみたいです。

勢いで農家カフェをオープン

──起農して4年目に農家カフェ「Life Community MEGLI(ライフコミュニティ・メグリ)」をオープンしたのは、カフェ経営への憧れなどから?

それはほんと成り行きで。2015年12月に長女が誕生して、父親になったトモに本能スイッチが入ったみたいで、「もっとしっかり稼がなきゃ」と急にやる気になりました。畑の近くにポツンとあった焼肉屋が閉店して、ある日突然そこを借りる契約をして家に帰ってきたんです。

農業もようやく軌道に乗ってきて、子供が産まれてそろそろゆっくりできるかと思っていたのでビックリ。まあ私がやりたいと言った農業に付き合ってくれたんだし、今度はトモがやりたいと言うならいいかなと。あと実際にやって経験しないと止めることはできないと思ったのもあります。

それと妊娠中と産後の私が動けない時に、お客さんたちがたくさんボランティアで畑の手伝いをしてくれて、その中のママさん達から「子供が小さいと決まった時間に外に働きに行けない」と聞いていて。空いた時間に働ける、そんな場ができないかと思ってたのも大きいかな。

ただ、トモにどんなお店をやりたいのかと聞いたら全く考えてなかったので、コンセプトづくりから私がやることになりました。でもお店の内装は鳶職をやってたトモと大工の友人が本当に頑張ってやってくれて。朝4時から8時まで畑で働いて、その後は農家カフェに決まったお店の内外装作り。いろんな人に手伝ってもらって、子供連れのお母さんがゆっくりできる安全で素敵なお店ができました。

Life Community MEGLIは居心地が良すぎて長居する人がほとんどだったとか

──カフェの経営はどうでしたか?

安全にこだわったオーガニックカフェなんですが、畑の真ん中で交通の便が悪く、夜はお客さんが来ないことが分かって、早い段階でランチ営業だけにしました。また知名度がなかったので最初は集客がとても大変でした。

口コミで、子連れのお母さんがゆっくりできるお店だというのが伝わって、ママ友同士のランチで多くの人が使ってくれるようになりました。あとベジタリアンの方とか女性客がどんどん増えてきて、開店から2年経った頃には連日満席になりました。

ただとにかくこだわって、調味料はいいものを使ったし、ドレッシングやソーセージもすべて手作りしたのでコストは掛かってました。お客さんにとっては良かったと思うんですが、なかなか大変。正直、野菜そのものを販売する方が利益にはなったかな。

──お店を始めて2年半、絶頂期の時に閉店しましたが、やめたのはなぜ?

原価率が5割を超えていたということで経営的になかなか大変だったからというのもあるんですが、とにかく雑務が多すぎて畑に出れなくなって、このままでは本末転倒ではないかと思ったからです。

そんなストレスもあったからか、トモの前で何気なく「ハワイで農業なんてのもいいな」なんてつぶやいたら、トモが「そうか、亜由美はハワイに行きたいんか?」って。次の日にはハワイにコネクションを持っている方と話をして、2018年11月にその方にコーディネーターをしてもらいハワイへ下見旅行に行きました。オアフ島で先駆的に有機農園をやっている人が後を継がないかと言ってくれて、トントン拍子で話が進んでいったんです。

ただ日本のお店もあるし、日本に安全な農業を広めたいという目標もあって、どうしようかなと思って。懇意にしている経営者の方に相談したところ、「それなら株式会社化して日本とハワイを行き来すれば往復の交通費も経費で落ちるしいいんじゃない」と言ってくれて、そうしようと。それならやはり、まずは日本の基盤を作るためにも野菜作りに力を入れたいと思って店を閉めることにしました。

カフェは連日満席だったし、やりようによっては続けることもできたかもしれませんが、本来やりたかったのは飲食じゃなくて野菜を育てることなので、閉める判断をしました。今、お店は直売所や出荷作業場として活用しています。

株式会社MEGLIYのスタッフと(ネギを持っているのが智彦さん、ニンジンを持っているのが亜由美さん)

夢は映画化

──すごい行動力ですが、今後の展開は?

農業は私が、カフェはトモがやりたいと言ったこと。お互いやりたいことが見つかってから、本当に2人揃って能動的になったし、人をキチンと雇用することで家族経営から経営者になれた気がします。

2019年4月にお店を閉めてからすぐに農事法人を立ち上げて、9月には株式会社MEGLIYを設立しました。

ここまで勢いできたし周りに助けられてきました。農家になるというのは一晩で降ってきたことだけど、感覚的にはすべてつながっていて、ゆるぎないものがあります。

本当に必要なことなら導かれるし、求められてなかったらストップがかかると信じています。

夫婦での夢はMEGLIYを軌道にのせハワイに農場を持つこと。農業はかっこいいと思ってもらって、農家になる人が増えてほしいと思っています。そんな思いを広げるためにも私たちが映画化されるぐらいになればいいなと思います。

編集後記
インタビューする中で、何度も「勢い」とか「何も考えずにやってきた」という言葉が出てきたのですが、農業全体を良くしたいという強い思いがあるからこそ、周りも応援してくれてここまでこられたのではないかと思いました。映画化も冗談ではなく本当にできそうなぐらいのドラマチックさ。次回は、それを支えてきたトモくんこと智彦さんにフォーカスします。突然奥さんから農家になると言われ、その時旦那は……?

株式会社MEGLIY

夫・智彦さんのインタビューはこちら!
ある日突然妻が農家をやると言い出した そのとき夫は?
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