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「なんとなく農商工連携」していませんか? 課題は、時間軸の違いにあった!【#4】

「なんとなく農商工連携」していませんか? 課題は、時間軸の違いにあった!【#4】

東京都内で直売所や飲食店を展開する筆者が令和時代の地産地消を掘り下げる連載。
地産地消に取り組んでいない街はほとんど存在しないけれど、儲からないし、広がらない……そんな悩みを抱えるプロジェクトリーダーも多いのでは?
なかでも多くの街で取り組みが始まっている「農商工連携」は、関係者が多くてタイヘン! そんな農商工連携の課題を掘り下げていく。

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農商工連携には2つの意義がある

これまでの連載で取り上げた地産地消プロジェクトと同じように、「農商工連携」もまた、よく聞く言葉です。
多くの街で、地元の農業と商工業が連携することで、新しい価値ある商品やサービスを作り出すことを目指しています。

農商工連携は、関わる団体・個人がたくさんいるので、プロジェクトを進めていくこと自体がかなり大変です。そうして苦労しているうちに、こんな疑問が湧いたりします。
「農商工連携っていいことだけど、そもそも何のためにやっているんだっけ?」

農商工連携でがっつり儲かったという事例は多くありません。十分な収益が得られないと、何のためにやってるんだっけ、と関係者がだんだんと疑問を持つようになります。
そうして、いつのまにか立ち消えになっているプロジェクトが全国にはたくさんあります。

地元の街のなかで農商工連携を進めていく意味は、大別すると、経済面コミュニティー面があります。
経済面とは、農業または商工業が収益をあげ、ひいては地域経済を活性化する、ということですね。コミュニティー面は、生まれた商品やプロジェクトが市民の郷土愛を高め、また、プロジェクトが進む過程で農家さんと商工業の企業家が仲良くなること自体に意味がある、ということです。

実際のところ、農商工連携で開発された商品があまり売れなかったとしても、農業と商工業が仲良くなることは、将来の街づくりにおいて、重要な資源(学問的には社会関係資本と言ったりします)となります。なので、コミュニティー面の意義は侮れないと私は思っています。
極論ですが、経済的な余裕が多少あるのであれば、「今度の商品は空振りだったね~、ワハハハ」と言って、一緒にお酒を飲むくらいの、そういう農商工連携プロジェクトがあってもいいとさえ私は思っています。

経済面とコミュニティー面のどちらを目指すのかという整理がしっかりしていればいいのですが、そうでないと、プロジェクトが進むにつれて目的地が見えなくなって迷路に入ってしまいます。関係者が多いだけに、よく分からなくなってしまうのです。
「なんとなく農商工連携」ではなく、どっちを優先するのかが中心メンバーで共有されているといいですね。

それでも両立したいんだ!

そうは言っても、経済面(がっつり売るぜ!)ということと、コミュニティー面(農業と商工業で仲良くなろうぜ!)ということの両方を成り立たせたい、という思いは、多くのプロジェクトリーダーにあることでしょう。
片方の目的だけでは、自治体や商工会などの協力を得にくいという現実的なところもあります。

2つの目的を両立するためには、いくつかのポイントがあるように思います。

1. もともと「核」がある

農商工連携で作ろうとしている商品(またはサービス)に、差別化(用語メモ1)の種となる技術やアイデアがあるかどうか、です。商品の「核」です。この核となる部分を大人数で議論して作り上げようとしても、ありきたりなものに陥りがちで、なかなか難しいものです。
核となる要素がもともと存在していて、そこにアイデアを付加する形で周囲の市民が盛り上げていくというのが、経済面とコミュニティー面を両立させるためにはスムーズな流れです。

用語メモ1:差別化

自由市場において、高い売り上げを目指すのであれば、マーケットの他の商品と明確に「差別化」されていることが必須である。しかし、差別化は言うは易しだが、とくに農商工連携でありがちな商品群(用語メモ2)は、差別化が難しい。ありがちである時点で簡単に作れるという意味だから、差別化が難しいのは自明である。そこにはマネされないコア(技術や新奇なアイデア)が必要である。

用語メモ2:ありがちな商品群

ありがちな商品群がダメということではないが、以下の商品は「おいしくて当たり前」なので、たくさん売ろうとすれば「ものすごくおいしい」必要がある。誤解を恐れずにいえば、ジャムをまずく作ることは難しい。しかし、ものすごくおいしく作ることも難しい。単なる「おいしい」と「ものすごくおいしい」の間には天と地ほどの差がある。差別化につながる「核」はなにか、ということを吟味する必要がある。
【農商工連携にありがちな商品群…ジャム、ジュース、お酒、ピクルス、みそなど】

2. リスクがあることを認識する

最初から、たくさん売れる商品を作れることはまれです。
新しい商品を作ることに必ずリスクはあります。日本中の街が特産品を作ろうとしていますが、大半はなかなかうまくいかずに苦労しているのですから。
それでも、街のために知恵を絞ろう、試しに作ってみよう、場合によってはそのリスクを自分が積極的にかぶろう、そういう気概が、農業側と商工業側双方に求められると思います。
たとえば、新しい作物を栽培しようとすれば、うまく育たないリスクがあります。そういうリスクを誰かが積極的に背負っていかないと、プロジェクトは立ち往生してしまいます。

3. 時間をかけて、だんだんと広げる

後述する「髙尾の天狗(てんぐ)」という日本酒造りの事例では、原料となる酒米の田植えを知り合いがだんだんと手伝ってくれるようになり、数年を経て人数が多すぎて断るくらいになったということです。
差別化できるものを作るには時間がかかります(用語メモ3)。拙速にやると、街のコミュニティーとの摩擦を生みますし、経済面でも中途半端な商品にしかなりません。
一刻も早く素晴らしい商品を作って、たくさん売りたいという気持ちは山々ですけども、農商工連携とは街のコミュニティーづくりでもあるので、どうしても時間がかかるのです。
農商工連携に必要なもの、それはガマン、です。

用語メモ3:商品開発の時間

本当に売れる商品の開発には時間がかかるのは当然である。そして、開発に時間がかかるということと完全に矛盾するのが、年度単位の行政の補助金である。年度単位であるため、スケジュールありきで商品開発が進んでいく。スケジュールが先に決まった状態でヒット商品が作れるのであれば、だれも苦労はしない。

とにかく、強調してもしすぎることはないのが、よい商品づくりには時間がかかる、ということです。ところが、農商工連携では、多くの関係者がいるので、その時間軸にずれが生じてきてしまったりします。短期的な成果を求める関係者も、どうしても出てきてしまうわけです。
あるある話としては、自治体の首長が前のめりになってしまったりすることもあります(首長には任期があるので成果を急ぐ気持ちは理解できます)。
そうした多くの関係者のバラバラな時間軸をまとめあげながら、地道に商品を育てていかないと、「なんとなく農商工連携」で終わってしまいます。

ケース:東京の西の端の壮大な日本酒づくり

今回取り上げるケースは、東京の西の端、八王子市(人口約56万人)において、地元産のお米を使った日本酒を作ろうというプロジェクトです。
八王子でお酒の卸業企業の創業家として育った西仲鎌司(にしなか・けんじ)さんが立ち上げたNPO法人「はちぷろ」は、お米農家だけでなく、飲食店、スーパー、大学などを巻き込んでいる農商工連携プロジェクトです。

「髙尾の天狗」と名付けられたその日本酒は、まだ八王子市内での醸造には至っていないのですが、いま市内150軒の飲食店で使用されているほか、オンラインショップでも販売されています。

ここで質問ですが、地元に田んぼはある。でも酒蔵はない。それでも、どうしても地元のお米のお酒を作りたいと思ったら、どうしますか?
もちろんお酒を勝手に作るのは違法です(笑)。なので、ふつうは隣町など他の場所の酒蔵に醸造を委託することになります。お酒に限らず、そういう形(OEM生産)を取っている農商工連携はたくさんあります。

ところが髙尾の天狗では、酒蔵を田んぼの近くに建設してしまおう、そういう壮大なことを目指して進んでいます。
その壮大なビジョンが、多くの関係者を巻き込んでいます。

商品名には地元の名所「高尾山」の名前を冠している

さきほどの3つのポイントに沿って、髙尾の天狗について説明したいと思います。

1. もともと「核」がある

八王子には高月町という、東京都内では貴重な田んぼの広がる地区があります。そもそも東京では田んぼが一面に広がっている風景が珍しく、そこに酒蔵を作るというビジョンの大きさが共感を生む核となっています。高月町では2014年に酒造好適米の栽培を開始しました。
はちぷろの西仲さんは、核となる日本酒の醸造技術を得るため、長野県諏訪地方の蔵元「舞姫」を個人で引き受けました。地元の酒蔵建設を待つ間、髙尾の天狗はここで醸造されています。

酒蔵完成後のイメージ図。田んぼを臨む場所に建設する

2. リスクがあることを認識する

西仲さんは、最初は資金的な自己負担があることを当初より覚悟していたそうです。
田んぼがある高月町では、もともと酒造好適米を作っていなかったので、その栽培にはリスクがありました。しかし、農家もそれに協力してくれたそうです。最初は「山田錦」や「五百万石」、「美山錦」などを次々に試してみたものの、倒伏したり品質が低かったりしてうまくいかず、4年ほどをかけて、「ひとごこち」に落ち着きました。

3. 時間をかけて、だんだんと広げる

酒造好適米の栽培技術も年を追うごとに向上しており、協力する農家数も年々増えています。
プロジェクトを開始した2014年当時は、田植えや草刈りを友人や知人に手伝ってもらっていたそうです。そこから口コミでだんだんと広がり、多くの人が手伝ってくれるようになりました。2016年からは田植えや稲刈り、蔵の仕込み見学などをイベント化していて、多くの家族連れも参加するそうです。

地元の飲食店のみならず、地元の食品スーパーも参画しています。「いなげや」は醸造の副産物である酒粕を販売しており、「スーパーアルプス」では酒粕でつくった甘酒をプライベートブランドとして販売しています。
八王子には大学が多くあり、3つの大学(拓殖大学、実践女子大学、創価大学)の教授や学生も髙尾の天狗のプロジェクトに参加しています。たとえば拓殖大学永見研究室は、訪日外国人向けのパッケージデザインを考案しました。地元八王子には古くから織物産業があることから、風呂敷を活用したパッケージを作成したということです。

プロジェクトに共感した市民がだんだんと増えている

左がNPO法人はちぷろ代表理事、西仲鎌司さん。中央が同じく代表理事の鶴田隆一(つるた・たかいち)さん。

幅の広い展開を見せている髙尾の天狗。繰り返しになりますが、2014年に酒造好適米の栽培を開始してから、少しずつ成長してきたものです。
最初の年のお米は、量も質も、ほんとうに厳しいものだったということです。
その時点で諦めることもできたはずですが、地道に進めてきて、だんだんと花開こうとしています。収益面ではすでに年間10000本を生産・販売し、コミュニティー面では地域の協力の輪がどんどん広がってきています。
農商工連携とはガマンが大事だな、と思わせられます。

このように、髙尾の天狗は地元の田んぼの近くに酒蔵を作るという壮大なビジョンを核として、時間をかけて育てていくことで、農業と商工業(この場合は、酒販店や飲食店、スーパーなど)とのつながりができ、さらには大学も巻き込むようになってきています。
一朝一夕に結果を出そうとせずに、一歩一歩進んでいく──当たり前のことではありますが、いま、多くの街の農商工連携が再認識すべきことではないでしょうか。

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