出産・育児で栽培縮小、理想の畑へプラスアルファの戦略とは

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出産・育児で栽培縮小、理想の畑へプラスアルファの戦略とは

連載企画:農業経営のヒント

出産・育児で栽培縮小、理想の畑へプラスアルファの戦略とは
最終更新日:2020年05月26日

農家の女性は妊娠や出産に際し、どうやって畑を切り盛りしているのだろうか。かつてと比べて便利な農機具や資材があるとはいえ、農作業は依然として体への負担が大きい。東京都西多摩郡瑞穂町で就農し、第2子の出産を9月に控えた田口明香(たぐち・さやか)さんに作付け計画を聞いた。

作業を頑張りすぎた1人目の出産から学んだこととは

田口さんは2015年の年末に新規就農した。農家になりたいと思い始めたのは中学生のころ。その思いを抱き続けて東京農大に進学し、有機農家のもとで学んで瑞穂町で就農した。これまで多くの新規就農者を取材してきたが、農業への情熱という意味では最も強い印象を受けた一人だ。

夫の智也(ともや)さんは自動車部品の設計の仕事をしており、農業は栽培から出荷まで基本的に田口さんが担っている。売り先は個人顧客や飲食店など。面積は40アール弱で、野菜の多品種少量栽培。では具体的に何を作っているのか。そのことを確認しようとしたら、次のような答えが返ってきた。
「ジャガイモはシャドークイーンやレッドムーン、タワラムラサキなど。あまり流通してないものを作るようにしてます。サツマイモはムラサキイモやコガネセンガンなど。ちょっと珍しい品種を作ってます」
思わず「まるでお芋農家みたいですね」と突っ込みを入れると、田口さんは「それ以外の品目は」と前置きしてトマトやナスなどの果菜類やルッコラやスイスチャードなどの葉物野菜、さらにブルーベリーなどの名前を挙げてくれた。じつは最初の答えが、今回の作付け計画の重要なポイントなのだが、そのことがわかったのはもう少し質問を重ねた後のことだ。

第1子が生まれたのが2017年5月。そのときは農作業が響いて早産になりそうになり、1カ月半入院した。体に負担にならないよう気をつけていたが、気づかないうちに無理がかさんでいた。定期健診で病院に行ったとき、「今日から入院してください」と言われるほど危ない状態だった。

就農準備で畑を開墾する田口明香さん(2015年撮影、東京都西多摩郡瑞穂町)

出産は無事終えたが、畑から約3カ月離れることになった。智也さんや妹が雑草を刈ってくれたため、畑が荒れるのは防ぐことができた。ただ収穫や出荷は田口さん本人でないとできない作業だ。そのため、「収穫できるまで育っていた野菜をどこにも出すことができず、とても残念なことになってしまいました」という。

出産の2~3週間後には畑に出た。ブルーベリーが収穫期に入ったため、つい作業を再開してしまったのだ。その影響とみられ、1~2年にわたってあまり体の調子は良くない状態が続いた。そのころのことを、「産後しっかり休まず、畑に出てしまったことを本当に反省してます」とふり返る。

無理を押して農作業をしたことには理由もあった。他の農家の女性が出産の前後も畑に出ているのを見て、「自分もしゃかりきに頑張ってしまった」のだ。だが後に知人に指摘され、間違いに気づいた。他の農家の多くは夫婦で作業を分担しているのに対し、田口さんはほぼ一人でこなしている。そのことを考えず、「尊敬する農家の奥さん」を見習い、畑に出てしまったのだ。

一連の話は一般的な営農の失敗談とは違い、かなりプライベートなエピソードなので、記事にすべきかどうかを迷った。そのことを話すと、田口さんは「無理をしすぎるとどうなるか。農家の女性も旦那さんもそのことを知ってもらえればうれしいです」と話した。
そして田口さんは2020年2月、第2子を授かったことに気づいた。それでは前回の反省を踏まえ、どんな作付け計画を立てたのだろうか。

息子と一緒にトラクターでくつろぐ(2019年撮影、写真提供:田口明香)

「諦めること」から立てた戦略

新たな計画は、「諦めること」(田口さん)が柱になった。トマトやナスなどの果菜類は、通常なら2~3月にタネをまく。第2子の妊娠に気づいたときはその直前。思い切って果菜類の栽培はほとんど断念した。
育苗期間中は「ほぼ毎日手をかけなければならない」からだ。気温が高すぎると育苗用の鉢を日陰に移し、寒すぎると室内に入れる。苗の様子をみながら、こまめに水をやることも必要。7月頃に収穫が始まると、実がどんどん育つので休む間もないほど忙しくなる。
葉物野菜も諦めた。育ちすぎると出荷できなくなるため、限られた期間内に一気に収穫する必要があるからだ。臨時に人を雇って作業を手伝ってもらおうと考えていることも、栽培を見送る理由になった。品種によって微妙に違う収穫の仕方を、すぐに覚えてもらうのは難しいと思ったからだ。
一方、ブルーベリーは出荷する。果菜類や葉物野菜と違い、手間をかけなくても自然と実がなることが理由の一つ。なった実を収穫せずに放っておけば虫が発生し、被害が2021年以降も続くことも心配した。毎年種をまく作物と異なり、果樹は継続して管理することが必要なのだ。

ブルーベリーは2020年も収穫する(写真提供:田口明香)

メインの作物はジャガイモとサツマイモだ。果菜類や葉物野菜と違い、イモはあわてずにマイペースで収穫できるため、栽培を続けることにした。土から掘り出してコンテナに詰めればいいだけなので、臨時に雇った人でも収穫が難しくないという利点もある。田口さんは「今年はイモ農家です」と話す。

家族のサポートも、大きな力になっている。畑の耕運は、智也さんにお願いした。強い振動を伴う機械を使う作業は、体に響きかねないからだ。妹は今回も草取りをしてくれた。両親も収穫を手伝ってくれる予定だ。
これだけだと家族のサポートで細々と営農を続けているように見えるかもしれない。だが、田口さんは先のことを考えて攻めの一手も打った。果菜類や葉物野菜の栽培を諦めた畑に、麦や豆類など緑肥になる作物を植えたのだ。
いずれも穂が出たり、花が咲いたりする前に畑にすき込む。田口さんは「最初にタネをまくだけで、後はほとんど手間がかかりません。家にいるとき『大丈夫かな』と心配しなくてすむので、精神的に楽です」と話す。

二度の妊娠を経て、栽培したいと思う作物も変化した。「以前はマニアックで珍しい野菜を作りたいと思いましたが、今は菜花や芽キャベツのように小さくてさっと洗える野菜も大切だと思うようになりました」(田口さん)。この言葉には自分と同じように妊娠した女性や、育児を抱える女性を応援したいという気持ちも込められている。田口さんは「キーワードは共感です」と強調する。

メインの作物のサツマイモ(写真提供:田口明香)

出産・育児と両立しながら理想の畑作りの実現へ

コロナの問題もあり、今回は電話でインタビューした。その最中に田口さんが突然、「ちょっと待ってください」と言って取材が中断した。
何が起きたのかと思ったら、電話に戻った田口さんいわく「息子に髪を引っ張られちゃいまして」。その後は智也さんが子どもの相手をしてくれたため、じっくり話を聞くことができた。家族だんらんのワンシーンだ。

営農の形は農家によってさまざまだ。女性の農家の中にはいっとき自分が畑を離れても、栽培を縮小させないために手を打とうとする人もいるだろう。その場合、パートなどを雇って組織的な運営にしておくことが視野に入る。
これに対し、田口さんが大切にしているのは、理想としている畑をいつか実現するため、自分の手で畑を守り続けることだ。人に任せきりにしたいとは思っていない。だから今は縮小する。それもまたステキな営農の形だと思う。重要なのは持続することだ。
そんなことを考えていたら、取材から数日後、田口さんから次のようなメールが来た。

「今後のために我慢してあえて休んで、漁師が漁に出られないときに網を縫うように、自分も休みながら今できることをやっていこうと思いました。栽培や経営の勉強とか。来年か数年後か、妊娠や出産時にもらった応援と休みが、農業を続けていくための糧になったと言えるように」
この強い思いこそが、持続可能性の最大の支えだろう。

夫の智也さんのサポートも大きい(写真提供:田口明香)

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