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【後編】「やさいバス」から占う青果物流の未来〜エムスクエア・ラボ加藤代表インタビュー

佐川 友彦

ライター:

【後編】「やさいバス」から占う青果物流の未来〜エムスクエア・ラボ加藤代表インタビュー

冷蔵トラックが「バス停」に見立てた集出荷拠点を巡回し、新鮮な野菜を効率良く届けるユニークな物流システム「やさいバス」。運営するエムスクエア・ラボの代表、加藤百合子(かとう・ゆりこ)さんに、「阿部梨園の知恵袋」プロジェクトなどで生産現場に寄り添ってきた佐川友彦(さがわ・ともひこ)さんがインタビューします。

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前編では加藤さんが「やさいバス」事業を立ち上げるまで、そして立ち上げてから現在に至るまでの経緯を伺いました。後編では続けて「やさいバス」について伺いつつ、青果物物流の現状とこれからの可能性について掘り下げていきたいと思います。

加藤百合子さんプロフィール

    株式会社エムスクエア・ラボ 代表取締役

    東京大学農学部卒業後、英国留学やNASAのプロジェクト参画を経て、キヤノンに入社。静岡に移住し産業用機械の研究開発に従事した後、2009年にエムスクエア・ラボを創業。「ベジプロバイダー事業」や農業用ロボット開発を手がけつつ、2017年より「やさいバス」事業を開始。

「やさいバス」が利用者や地域へ与える波及効果

──「やさいバス」が利用者や地域にもたらした変化はありましたか?

農家さんにとっては、販売チャンネルがひとつ増えたのは良かったのではないでしょうか。言い値で売れますし、お金や伝票のやり取りが楽になりました。やさいバスだけで売り上げを立てる農家さんはまだいませんが、売り上げ向上には貢献できていると思います。

「やさいバス」を活用するためにパソコンを習い始めたという高齢の方もいらっしゃいました。前向きな行動や発言はうれしいですよね。

飲食店からは、地域と連携していることがPR効果になり、お客様が増えたりリピートにつながったりして、利益率が上がったという声を聞いています。やっぱり食材の鮮度が上がるので、料理がおいしくなっているのもあるでしょうね。

小売店では、神奈川のスーパーさんでコーナー売り上げが1.4倍になったところもありました。 あとは意識改革ですね。こちらの真剣度が伝わると、店舗さん側も責任を持って売ってくださるようになります。「売る意識を持って売らなければ売れるようにならない」と伝えています。

地域では人と人の交流が生まれています。「こんなところにおいしいトマトを作っている人がいたんだ」といって、買った方が農家さんへ会いにいったことも実際にありました。

さらにはエリアをまたいで、本来交流がない地域間で行政の連携や協力も生まれたりしています。例えば、「やさいバス」を導入している静岡県から、同じく導入が進む長野県へ魚が送られていることがキッカケで行政同士の交流が起きています。
そういうつながりもうれしいですよね。

佐川

トマトの話はまさに、地域内で見逃されていた機会損失を価値化した好事例ですね。そこから地域を超えた価値交換まで生まれるのは「やさいバス」ならではの魅力だと思います。

「やさいバス」から占う青果物流の未来とフードシステム

エムスクエア・ラボが開発中のモバイルムーバー。公道で自動走行が可能になれば、バス停までの運搬で実用化される可能性もあるとのこと

──これからの物流の主戦場だと言われている「ラストワンマイル」(※)についてはどう考えますか?

私たちがビジネスモデルを考えるときに、いつも宅配業社のことが念頭にありました。大手企業にとってもこれだけ大変なのだから同じことはできないと、実ははじめからラストワンマイルを事業の選択肢から外しています。とにかく「バス停」と呼ばれる集配所を作り、生産者にはバス停まで出荷しに来てもらい、買い手にもバス停まで受け取りに来てもらう。そこをトラックが定時運行でバス停を回ります。コストダウンはこれしかないというモデルですから、ラストワンマイルをやらないと決めたことが、やさいバスの特徴です。

※ ラストワンマイル:利用者に直接届けるネットワークの末端を指す。直訳すると「最後の1マイル」。

「やさいバス」の利点として言えるのは、定時運行に合わせることで業務の流れができることです。宅配便だと「午前中」「12~14時」など受け取り時間帯の中で待ち時間が生まれてしまいますが、あらかじめ運行時間が決まっているバスではそのような幅がありません。あとは地域内なら朝取れのものがその日のうちに届くので、鮮度が上がるのも利点です。

バス停に取りに行く必要があるため、買い手側には集荷の負担が増えてしまうので理解してもらうまでが大変ですが、トータルとしてはコストダウンになっているはずです。

佐川

定時性こそ業務標準化の基本だと思います。「やさいバス」は単なる流通システムの提供だけではなく、それを活用することで利用者の業務全体を改善するツールにもなっているわけですね。

やさいバス、世界へ。流通の課題は世界共通


──流通分野にはテクノロジー導入の余地、イノベーションの可能性はあるでしょうか?

改善レベルであれば余地はゴマンとあります。食業界周辺のDX(デジタルトランスフォーメーション、デジタル化のこと)は何も進んでいないと言って差し支えない程度なので、まずは「FAXを無くそう」からスタートかもしれません。

そうした直近の改善はみんなでやればいいとして、我々が考えている一番の課題は、価格の安定ですね。価格が上がりすぎも下がりすぎもしないことが大切で、これをどう仕組みにすればいいかチャレンジしています。

昨年から静岡の中央卸売市場の改革を始めました。市場の役割はモノを動かすだけでなく、需給をマッチングさせつつバランスを調整し、適切な価値交換を生み出すことです。ですが、今これが何ひとつうまくできていません。

そうすると生産者は直取引に移るわけですが、寡占化で仕入れ側の購買力のほうが強いため、価格の固定された下請けのようになってしまっています。負えるリスクを超えた契約金額や栽培面積になってしまっているケースもあります。

この10年、農家さんが大きい商流と戦ってきました。結果として、価格の乱高下が大きくなったり、倒産するケースが増えたり、農業全体として安定していないよねということを感じています。

食だからこそリスクを抑えたシステムを作らなければいけません。社会主義や共産主義になるのではなく、がんばった分だけ少しご褒美がもらえるような、楽しみがありつつも安定している価格形成や価値交換の方法を模索しています。静岡の卸売市場では、生産者と消費者の役に立つという役割だけを徹底的に追求する取り組みを進めています。

佐川

市場も含めたフードシステムの全体最適が待ち望まれます。リスク低減と有利販売を両立するのは難題ですが、「やさいバス」のような売り手と買い手の両手をつなぐソリューションだからこそ挑めるテーマですね。

──最後になります。5年後10年後に「やさいバス」そして農業や物流はどうなっているでしょうか?

「やさいバス」は、国内各所からのご要望にお応えして、全国へ広げていきたいと考えています。今年の予定としては、千葉、広島、岐阜、福岡……と運行する地域を増やしていきます。

そして実は、海外からも声がかかっています。食の流通の核心は日本でも海外でも大差ありません。鮮度を維持したまま運ぶという課題に対応できている国はほとんどないですよね。生産地と生活エリアが離れているかぎり、世界共通の課題です。うまくいけば今年か来年くらいには、「やさいバス」をアフリカやインドで導入する話をしています。

とにかく、「いいものをみんなが食べて、作った側もハッピー、食べた側もハッピー」を目指しています。幸せといえば健康が何よりですよね。健康のためにはいいものを食べる必要があります。地域の人が、地域で作られたものを食べて、「ふつう」に健康でハッピーでいられる仕組みを国内外で作っていくことが、5年後10年後まで続くであろうテーマです。

<取材後記>

「やさいバス」は単なる物流ビジネスではなく、生産者、販売者、消費者、そして行政やコミュニティーまで包含した懐の深い地域課題解決サービスなのだということがよく理解できました。ここから示唆される未来の物流も、狭い範囲の部分最適ではなく、エコシステムを俯瞰(ふかん)した上での全体最適を提案できるか否かが鍵になるのではないでしょうか。

やさいバス


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