地下足袋を履かない理由
農家の履物と言えば地下足袋。その歴史は古く、発明されたのは約100年も前のことらしいです。現在も農家をはじめ、それ以外の職業の人達が履き続けているのですから、愛されている理由はたくさんあるのだと思います。思いますというのは、私は地下足袋をいまだに履いたことがないからです。
前にもお話ししましたが、私が農業を始めた理由は「農業をやりたかった」からでもなく「家を継がなければ」でもありません。30歳を過ぎて仕事を辞め、やりたいことも見つからず、人生をあきらめてこの世界に足を踏み入れました。子供の頃から絶対にやりたくない職業は農業でしたので、とにかく農業に対する前向きな考えは一切ありませんでした。家の玄関には両親がいつも履いていた汚れた地下足袋があり、私の中で農業のカッコ悪いイメージの一つとして残っていて、就農当初から長靴を履いていました。
長靴のストレスは永遠に……
就農当時はお金もありませんでしたし、とりあえず畑に入れればよいと思い、ホームセンターで安い長靴を探しました。セール品で千円ちょっとくらいだったと記憶しています。それまでの人生で長靴を履いた記憶といえば幼稚園の頃でしょうか、雨の日に水たまりに入るのが楽しかったのを覚えています。
私の中での長靴といえば、足が濡れないようにするための履物でしたが、履いていた長靴は1カ月もしないうちにゴムのつなぎ目が切れ、水が靴の中に侵入してきたのです。このストレスで長靴に対する信頼が一気に崩れ、もっと丈夫なものに履き替えることにしました。

何足買ったかわからないホームセンターの長靴
次に購入した長靴はホームセンターで販売されていた中でも高級な3000円クラスのもの。これで安心と思ったのもつかの間、セール品と同じく、1カ月も持たずに再び水の侵入により買い替えることになりました。
この長靴も何度、買い替えたことでしょうか、長靴は消耗品と考えていましたが、このストレスがとても嫌で、次に足を運んだのは釣り具店。ここで5000円クラスの長靴を買いました。釣りをしている人が履いているものなら安心だと思ったのです。

丈夫さが増した釣具店で買った長靴
多少の丈夫さはアップしたと思った矢先、今までと同じく水の侵入によるストレス。
ゴム用の強力ボンドなるものも購入し修理を試みるも大した効果なし。この頃から消耗品という考え方を変え、ハイスペックな長靴をテーマに本格的に探すことにしました。
そして、出会ったのが「ハンターブーツ」。英国のブランドの長靴で天然ラバーを使い、つなぎ目のない完全防水。細身のスタイルで足首のホールド性に優れ、軽くて疲れません。後から知ったのですが、このハンターブーツはおしゃれなレインブーツとして人気とのこと。数年後、畑でイベントを開催するようになるのですが、参加者の中には、ハンターブーツを履いてくる人もいました。当時購入した金額は2万円ほど。「高い……」と懐が痛むのを感じました。
でも、ふと思いなおしたのです。「会社員の人達は2万円くらいの革靴を履いているはず、長靴といえども、これで仕事をしているのだから2万円払う価値あり」
この頃からでしょうか、農業に対する考え方にも変化が起きたのは。

完全防水、ストレスなし! ハンターブーツ
たどり着いた長靴「Le Chameau」
アーティチョークの栽培を本格的にスタートする決意をした2013年。フランスのアーティチョーク農家さんを訪問した際、その人が履いていた長靴が「Le Chameau」でした。ハンターよりも細身なスタイルでカッコよかったのもありますが、ハンターブーツよりも日本で履いている人が少ないと思い、帰国してすぐに購入しました。これも天然ゴムでつなぎ目のない完全防水です。

フランスのLe Chameau
最初に買ったものは7年ほど使っていますが未だに水の侵入もなく、汚れてもよい作業の時に履いています。履けば履くほど味が出るというのでしょうか。今思うと、2万円と高価な長靴でしたが、ストレス軽減や満足度などを考えても良い買い物をしたと思います。同時に、作業着など、毎日身に着けるものは、自分の体を守る意味もあり、そこに費やすお金を惜しむことを考えなくなってきました。
ただし、高級なものが良いということではありません。たまたま私にあったのがこの長靴だっただけです。私の場合、アーティチョークやサフランなどの単価の高いものを栽培していますので、高級路線という方向性につながったことは事実です。
親しみやすさを演出したい人は人気の長靴、日本野鳥の会の「バードウォッチング長靴」でも良いですし、つまりは自分をどう見せたいか、どんなところと取引したいかを意識して、自分を発信することが大事で、それがあなたのブランディングとなります。

いまだ現役、7年履いているLe Chameau
服装でのブランディングを意識
農業はカッコ悪いというイメージから農業をカッコよくすることを考え始めました。これもハンターブーツを履き始めてからのことです。細身のスタイルで足元がスラッと見え、当時、他の農家で履いている人は見たことがない高価な長靴。彼らとの差別化意識が本気で強くなったのです。
「ファッションは足元から」という言葉を聞いたことがありますが、この頃から服装も意識しだしました。黒いシャツにカーゴパンツ、そしてハンターブーツ。中でもTVや雑誌などメディアに出る時は統一しました。このスタイルを繰り返していると、「あの人はいつも同じ格好をしている」「あの服しか持っていないのか?」などと思われるくらい、武井というキャラクターを意識付けすることにしたのです。何度かメディアに出ていると「武井さんだ」と気づかれ、私自身も何を着ようかと迷うこともなくなりストレス軽減につながりました。当然ですが、畑にシェフや見学者が来るときも服装を変えることはありません。長靴の選び方から自分のブランディングを作ることに成功したのです。

キャラクター統一、いつも同じスタイル
「カッコイイ農業」の発信にもつながった
2014年、「カッコイイ農業」というテーマでテレビのニュース番組で取材を受け、この時もLe Chameauは注目を浴びました。このような機会はますますキャラクター作りをアピールするチャンスになりますので、服装はいつもと同じです。
こういう私の姿を目にする人が増えることで、農業を「カッコイイ職業」としてとらえる人が増えればと期待しています。

ニュースで放送されたシーン
「安かろう悪かろう」「安物買いの銭失い」などの言葉がありますが、100円でも満足できない買い物は高い買い物になります。2万円で大きな満足や価値を得ることができれば、それは安い買い物です。物には設定された値段の理由があります。一生懸命働いて得たお金、価値あるものに使っていきましょう。