大学職員からの相談を機に害獣対策技術の研究に取り組む
野生動物による農産物への食害は、近年、減少傾向にあるものの、それでも一年の被害額は158億円(2018年度)に上ります。そのため農家は田畑を電気柵で囲ったり、箱わなを仕掛けたりするなどの害獣対策を講じています。
それぞれ一定の効果があるとはいえ、冬季に雪が積もる地域では、一年中、電気柵を設置しっぱなしにはできず、作期前後の設置と取り外しの手間がかかっていました。箱わなの場合、捕獲できれば防除効果はあるものの、警戒心の強い野生動物を捕獲することは決して簡単ではなく、十分に防除できないことも少なくはありません。
もっと手軽に、かつ、確実に害獣を防除する技術はないものか──。こうした要望を受けて、金沢工業大学工学部教授の土居隆宏さんらの研究グループは、圃場に近づく野生動物を撃退するロボットの開発を進めています。
ただし、土居さんの専門はロボット工学であり、過去、農業と関わりはありませんでした。そんな土居さんがどのような経緯で害獣対策ロボットの研究に取り組むようになったのでしょうか。こう質問すると、土居さんが害獣対策ロボットの開発に取り組むことになった経緯について説明してくれました。
「金沢工大の白山麓(はくさんろく)キャンパスはサルが出没するような山間にあります。2017年の春頃に同キャンパスの職員からサルを追い払う技術を開発できないかと相談され、これを機に害獣対策の研究に取り組むことになりました」
イノシシを検出して脅かしながら追尾する
当初はサルを追い払うことを目的に研究が進められていましたが、2019年3月に新たな相談が舞い込みました。耕作放棄地や竹林の利活用を進めるNPO法人「みんなの畑の会」(石川県金沢市)から相談を受け、本格的に農作物に被害をもたらす害獣の対策に取り組むことになったのです。
「みんなの畑の会の皆さんは、野生動物の生態に詳しい石川県立大学環境科学科の大井徹(おおい・とおる)先生(教授)と連携されていました。最初に訪ねてこられた時、大井先生は同行されなかったのですが、その時点で圃場と野生動物が暮らす森林の境界に架線を張り、その上にロボットを走らせて害獣を撃退するという大井先生のアイデアを紹介されました。できるかもしれないと感じて、共同研究に取り組むことになりました」(土居さん)
石川県では農作物への被害の大半はイノシシによるものであったことから、イノシシの撃退を目指して、架線を移動するロボットの開発が進められました。土居さんらは綱渡りをスポーツにしたスラックラインで用いられるベルトを採用。簡単に樹木間に張れるのに加えて、人が乗れるほど丈夫であることもロボットを走らせる上で重要でした。
しかし、中山間地域で利用するとなると傾斜地にベルトを張ることも考えられます。いくらスラックライン用のベルトが丈夫だとはいえ、大掛かりな装置になっては設置が難しくなるため、可能な限り大きさを抑えて、幅110ミリ、高さ260ミリ、奥行き150ミリ、重さ1.35キロのロボットを試作。搭載したカメラでイノシシの接近を捉えたら、音と光を発しながらベルトを伝って追いかけて撃退します。
電気柵と比較して害獣対策ロボットの効果を確かめる
研究室内にベルトを張って走行実験を行ったところ、無事に走行できるだけでなく、野生動物に見立てたぬいぐるみを検出することができました。走行実験では個々の要素技術が十分に機能するかどうかを確かめただけであったため、今後は実際の圃場で試して、イノシシの接近を検知したら、ロボットが移動して撃退できるかどうかを確かめる予定です。
ただし、室内でぬいぐるみを検出するのと異なり、圃場では立ち並ぶ樹木の間からイノシシが出現するはずで、雑然とした背景の中でイノシシを捉えることができるのでしょうか。この質問に対して、土居さんがこう答えてくれました。
「画像認識技術が機能すれば、動かない樹木の間から出現したイノシシを検出できると期待しています。実際の圃場で試してみて、うまくイノシシを検出できなければ、人工知能を取り入れてイノシシ独特の動きを学習させて、検出精度を高めていくことも考えています」
石川県では被害の大半がイノシシによるものであるため、土居さんらはイノシシを防除対象としてロボットの開発を進めていますが、画像認識技術のアレンジ次第で、シカ、サル、アライグマなどの他の野生動物の防除にも応用できるでしょう。
すでに金沢市内の民間企業が実用化の担い手として名乗りを上げており、今後の実証研究で電気柵と比較して、防除効果、導入コスト、管理の手間などで上回っていることを確認して実用化につなげていくと言います。早ければ2、3年後には、このロボットで手軽に害獣対策ができるようになるかもしれません。