既製品にはない部品を自分で設計
JR相模線の寒川駅から歩いて約30分。住宅に囲まれた一角に、菊地さんの農場がある。栽培ハウスは全部で3棟。そのうちの1棟が、温度や湿度などをコントロールし、栽培棚に液肥を自動で供給する環境制御型のハウスだ。もともとあったハウスを約半年かけて建て替え、2017年春に完成させた。
きっかけは、神奈川県が2015年8月に発足させた「かながわスマート農業普及推進研究会」に参加したことにある。当時、トマトを水耕栽培している農家の集まりの地域の代表を務めていたことで、菊地さんに声がかかった。ほかには最新鋭の栽培ハウスに詳しい大学の研究者などが参加していた。
菊地さんは研究会で、主に二つのことを主張したという。
一つは「地方とは違い、大型のハウスを神奈川県で造るのは難しい」ということだ。地方のように面積が数ヘクタールあるハウスを建てることができれば、もちろんそのほうが効率的。だが、広い面積を確保するのが難しい場所で農業をやる以上、小型のハウスを前提に考えるべきだと主張した。
もう一つは「建設費をできるだけ抑えるべきだ」という点だ。金に糸目をつけずに投資すれば、環境制御の精度は上がるだろう。だがその分、投資や償却費の負担がかさんで収益を圧迫する。最先端の性能を持つ施設を目指すより、「農家の収入を増やすことを最優先の目標にしよう」と訴えた。
「言った以上、まず自分でハウスを建ててみよう」。研究会が始まってから1年余り。議論の方向がある程度まとまったころ、そう決意した。
施設の作り方はすべて自分で考えた。それを図面に落とし込む作業は、CAD(コンピューターによる設計)を使いこなせる親戚に手伝ってもらった。図面ができると、施設の資材を扱う業者にファクスで送って発注した。
業者からは「無理だよ。できっこないよ」と言われ続けた。菊地さんはそのたび「できるよ」と答え、黙々と造り続けた。既製品にはない部品が必要になると、設計図を送って専用のものを造ってもらった。天井の骨組みの設置やフィルム張りなどは、高所作業用のリフトを借りてきて行った。
特筆すべきは、補助金を一切使わなかったことだ。研究会の議論を下敷きに造るため、申請すれば補助金が出ただろう。実際、そうした話もあったが、「好きなようにやりにくくなるからいいよ」と断った。補助金を受け取ることで、県の指定する機材などを使うよう求められることを警戒したのだ。