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6次産業化に挑戦したい人へ。先駆者が語る「6次化を始める条件」とは

竹下 大学

ライター:

6次産業化に挑戦したい人へ。先駆者が語る「6次化を始める条件」とは

トマトの育種から販売まで一気通貫の経営スタイルで、6次化の成功例として評価される株式会社にいみ農園(愛知県碧南市)。保険会社勤務からトマト専業農家に嫁いだ現社長の新美(にいみ)みどりさんが農業に携わってみての第一印象は、「ずいぶんと変わった業界だなぁ」。
紆余(うよ)曲折ありながらも直売所経営と6次産業化を成功させてきた背景にあるみどりさんならではの明確な経営戦略とは。
ミニトマトジュース「ぷちとま100」を大ヒットさせた本人に、これから6次化を始めようと考えている人へのアドバイスを含めて話を聞いた。

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新美みどりさんプロフィール

1966年生まれ。1989年に名古屋市の金城学院大学を卒業後、住友生命保険相互会社に5年間勤務。1995年に康弘(やすひろ)さんと結婚して就農。2000年に市場出荷から直売所販売主体に経営転換した際に、店舗販売を担当。2004年にミニトマトジュースを商品化。2011年に岡崎店、2014年に名古屋店を開設した。
2011年には6次産業化ボランタリープランナーに任命される。2015年には農林水産祭の女性の活躍部門で日本農林漁業振興会会長賞を受賞。
2020年、株式会社にいみ農園の取締役社長に就任。

3店舗の直売所経営を成功させた秘訣(ひけつ)

にいみ農園の強み、3店舗ある直売所運営の秘訣

――直売所を作った理由と店舗を増やしていった理由を教えてください。

韓国産と熊本産のミニトマトに押されて、市場出荷価格が前年の1/10にまで大暴落した年があったんです。忘れもしません。3キロで300円でした。一等品がですよ。市場からすればきっと、もううちに出荷してくれなくていいからってことだったんでしょうね。正直、いちゃもんつけられたと思いました。

一方で、何の宣伝もしていなかったのに、直接農場に買いに来られるお客さまにトマトを量り売りしていたら、ここのトマトはおいしいって口コミが広がっていたはいたんです。直売なら自分で値段をつけられるって、一気に直売に切り替えることにしました。
そうと決めてからは早かったです。新聞の折り込みチラシを1500軒に配りました。その後はお客さんが増えて、品物が足りなくなっては規模拡大の繰り返しでしたね。

農場併設の本店の商圏は車で30分以内の距離ですから、いくら宣伝しても新規のお客さんが増えにくくなってきたんです。そこで本店から離れた住宅街を狙って、まずは岡崎店を開設。岡崎店を軌道に乗せてから名古屋店という順番で、3店舗体制にしてきました。

岡崎店

苦労の末に軌道に乗せた岡崎店

――農場から離れた直営店をうまく運営する方法は何でしょう。

従業員のおかげです。これがすべてですし、これに尽きます。

もちろん最初は本当に苦労しましたよ。何をやっても儲けが出なくって。

農場併設のお店であれば目も届きますし、何とかやっていけそうな気はしますよね。これが車で40分離れた場所の直営店を運営しようとすると、接客に加えて商品の配送やお金の管理を含めて、従業員だけで回せる仕組みを作らなければならなくなります。

いまでは3店舗の従業員が助け合う体制ができていますけど、ここまでになるには大変でした。

お店の売り上げと来客数は、その日のうちにファックスで共有するだけじゃなく、各お店で3店舗分のグラフを作って全員が見えるようにしているんです。よい数字を出したお店に対しては素直に「スゴイねー、よかったねー」って言えますし、逆に数字が落ちたお店に対しては他のお店のスタッフが一緒に対策を考えてくれています。もちろん店舗ごとにお給料を変えるようなことはしていません。

うちの強みは、各店舗の従業員がお客さまのためになることは何かと常に考えてくれていることだと思います。

私の口癖が、「言い訳にお客さまを使うようじゃダメ!」と「じゃあ、お店潰せば!」なので(笑)。

本店店内

本店店内

――農場から離れた場所に、家賃を払ってまで直売所を作った原動力は何だったのでしょうか。

直売で生きていくしかない状況でしたし、農場周辺は人口が少なくって今後の成長が見込めなかったからです。農場に来てくださっているお客さまと被らない、都市部(岡崎市)の住宅地のそばにお店をつくることにしました。3年経って赤字だったらたたむと決めた上でです。そして雇ったばかりの従業員にも、初めからそのことは宣言しました。
いま思えばもうちょっと別の言い方があったとは思いますけど、同じ覚悟を持って仕事をしてほしかったから言っちゃいました(笑)。

岡崎店は5人のパートさんで回していましたが、2年半経っても赤字から抜け出せず、撤退の決断をする日まであと3カ月しかない状況になってしまったんです。この時に私は鬼になって、コスト削減と同時に思いつくことすべてを従業員に徹底的にやってもらいました。絶対にお店に必要なもの以外は買わないことと、すべての作業を最短の時間で終わらせること、の徹底です。

「何が何でも引き継ぎは10分間で!」
「あなたたちのやることは、お客さまによろこんでいただいて売り上げを伸ばすこと! どっちもできていなきゃ仕事をしているとは言えない!」って。

この5人のうちの2人はいまも働いてくれていますけど、「あの時のことは一生忘れられない」って、いまでも言われます(笑)。

POP

店内POPと新聞折り込みチラシ

――もっとも効果的だった取り組みを1つ教えてください。

リピーターになっていただけるようにお客さまに声をかけることです。お店の中はもちろん、外でもそう。もちろんお客さまひとりひとりに合わせて感じよく。新規のお客さまには当日中にお手紙を出すとかも、当然やりました。徐々にリピート率が高まり、口コミで新規のお客さまも増えて、何とか危機を乗り切ることができました。
そうそう、末期がんだった私のおばさんがもう何も食べられなくなった時に、うちのトマトだけは食べ続けてくれたことがあったんです。原動力と言えばこの時に、おいしいものにはすごい力があるんだって実感したことかもしれません。

パスタソースとミニトマト

オリジナルパスタソース2種類

6次産業化に取り組むうえで大切なこと

――いまから6次化を始めたい人へアドバイスをお願いします。

6次化といってもいろいろな形がありますよね。自分で生産した原料をもとに加工食品を作って販売したり、お店で料理として提供したり。いずれにしてもまとまったお金の投資が必要になります。

いちばん危険なのは、補助金がつくからという理由で始めてしまうパターン。結果的に、たまたま補助金が使えた、にならないとダメですね。そうでない限り、たぶんうまくはいかないでしょうね。先が見通せない時代ですし、いまから6次化で成功するのは、これまで以上に難しくなっていると思います。

――6次化には手を出さない方が賢いという意味でしょうか?

決してそういうわけではないですよ。やりたいことを始めるにあたっては、本当に緻密な試算が必要だって言っているだけです。

計画を立てる段階での理想的な展開のシミュレーションなんて、何の価値も何の意味もありませんから。そんなシミュレーションよりも、最悪の状況になった場合について、事前にきっちり計算しておくことの方が重要です。

何よりも先にやらなければいけないのは、2つの問いに対して自分自身が明確な答えを持っているかの確認です。

――2つの問いとは何でしょう?

1つ目は「それは本当に自分がやりたいことなのか?」。
2つ目が「誰のためにそれをやるのか?」です。

もしこの2つの問いに対して少しでも迷いが生じるようなら、6次化には手を出さない方がいいと思いますね。

――「誰のためにそれをやるのか?」について詳しく教えてください。

ゴールから逆算して考えることに近いのですけど、お客さまが定着してくださった時とはどういう状態になった時なのかを、言葉にしてみるんです。

たとえばジュースを作ろうと考えた場合には、どんなお客さまをターゲットにするかによって、味、量、容器、ラベル、商品名、販売場所、すべてが変わってきますよね。次に、それぞれに対してどうやったら実現できるだろうかって考える。ここまで考えたうえで、借金を抱えてもやり続けたいという気になれるかどうかです。

6次化については、その投資が将来本当に利益として返ってくるのかを、とことん考え抜いてから決めてほしいですね。そしてやると決めたら、信念をもってやり抜いてほしいです。

トマトジュースとトマト酢ドリンク

大人気のミニトマトジュース「ぷちとま100」

6次化の先に見据える農業経営の姿

「地元のお客さまに笑顔と健康を届ける会社にしたい」

――今年、夫の新美康弘さんのあとを継いで社長に就任していますね。これまでもにいみ農園の販売と6次化を担当していましたが、社長になってみて変わったことを教えてください。

何も変わっていませんよ。
1つだけですかね、変わったといえば。
売り上げの話を私から従業員に伝えるようになりました。新美(康弘さん)よりも私の方が従業員と接する時間が長いですから、新美が伝えるよりも会社の状況を従業員にうまく伝えやすくなったと思います。

そもそも私は従業員から社長だとは思われていないですよ。たぶん。
「地元のお客さまに健康と笑顔を届ける」という合言葉のもとで、誰に対しても遠慮せずに何でも言い合える職場づくりをしてきましたから。
女性が多い職場ですけど、すごくさっぱりしてるんです。私もみんなと同じ仕事をこなしますし、超フラットな雰囲気です。

たとえば、いつどんな時でもカバーしあえる仕組みもできていて、誰もが余計な気遣いせずに好きな時に休めます。

――いまはどんな目標に向かっているのですか?

私は社会人になった時から大事にしている言葉が2つあるんです。
「継続は力なり」と「前進あるのみ」。
この2つはいまだに変わりません。
ダメになった時にそこでやめたら失敗で終わっちゃうじゃないですか。ダメならダメで、何かを改善して進んでみればいいだけなんだと思っています。

私は考えることが大好きなんです。だからいつも楽しいですよ。
ちっぽけな会社ですけど、食べ物にかかわる仕事をしていることにとてもやりがいを感じています。高齢化と人口減少によって、耕作放棄地は増える一方でしょう。海外との輸出入も思うようにはいかなくなりそうです。やる気のある人で農業から日本の食を支えなければ、と新美とよく話をしています。

こう自信をもって話せるようになったのも、自分たちが売った商品について、お客さまから直接フィードバックを頂けるようになったからです。お礼の手紙もおしかりもすべて従業員に共有していますし、みんなで頑張るという気持ちにつながっています。
だからこそ、できれば6次化で誰にも失敗してほしくありません。みんながやってよかったな、になってほしい。
私はいま、この仕事が面白くてたまりませんから。

1kg詰め

トマトはすべて1キロ単位の袋売り

にいみ農園の成功の秘訣はこちらから
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