理想的な6次化の実現 ~育種から販売までを手掛ける~
水耕ミニトマトを主力商品とする株式会社にいみ農園(愛知県碧南市)は、新美康弘(にいみ・やすひろ)さんが24歳で父から経営を引き継いで以来、妻のみどりさんと2人で規模拡大を図ってきた。
2005年に株式会社化して以来、自社育種、直売主体、6次産業化と、時代の変化の波を逃さずに着実に成長してきた。ほぼ100%がオリジナル品種となっているトマトの直売比率は約80%に達しており、市場流通分についても年間固定価格で取引されている。
夫婦二人三脚の経営スタイルで、2015年には第44回日本農業賞において大賞に選出。同じ年の第54回農林水産祭においては、園芸部門で内閣総理大臣賞、女性の活躍部門でみどりさんが日本農林漁業振興会会長賞を受賞。さらに2018年には、康弘さんが黄綬褒章を受章した。

新美みどりさんと新美康弘さん夫婦
農場はぱっと見、生産規模の大きな普通の農家といった雰囲気だ。施設もごく普通。御殿のような高価な温室は1棟もなく、全国から視察や見学が途絶えない農場だとはとても思えない。
だがこの印象は、案内されているうちにすぐに変わる。あちこちに生産性を向上させるための細かな工夫のあとが見えるからだ。見える化と仕組み化の徹底。これは従業員を多く雇用している有能な生産者に共通している。もちろん従業員の動きにも隙(すき)はない。

水耕ベッドに定植後2週間の苗
3店舗の直営店が利益を生む
康弘さんに経営が移譲された頃は、ミニトマト専作農家がまだ珍しかったこともあり、儲かる商売であった。社長になった康弘さんは、すぐに5000万円の借金をして施設面積を広げ、順調に事業を拡大させてきた。だが、1999年頃には重油代すら払えないほどの経営危機に陥る。韓国産や熊本産のミニトマトに押されたうえに供給過剰となってしまい、市場出荷価格がかつての1/10にまで落ち込んだためである。
いまでこそ最大の強みになっている3店舗ある直営店経営は、窮余の一策であった。この裏には、結婚前は生命保険会社に勤めていたみどりさんの、こんなひと言があり、康弘さんの背中を押したそうだ。
「保険を売るよりもトマトを売る方が楽なはず」
農林水産大臣から6次産業化ボランタリー・プランナーに任命されているみどりさんのここからの活躍は、後編の一問一答インタビューで紹介したい。
オリジナルの3品種
にいみ農園が自社育種したオリジナル品種は、ミニトマトの「プリンセス希(のぞみ)」、「プリンセスあかねちゃん」、中玉トマトの「プリンセスまお」。なかでも「プリンセス希」は、生産量の約7割を占める看板商品だ。酸味がひかえめで甘みとうまみのバランスのよさが後を引き、次から次へと口に入れたくなる。直売所を訪れるお客さんは、口々に「のぞみちゃん○キロ」と注文し、両手にビニール袋をさげて満足そうに駐車場に向かっていく。にいみ農園のトマトは、最少が1キロ。キロ単位の量り売りなのである。
育種に取り組んだ直接の理由は、高温下で着果・結実しにくいミニトマトの夏場の生産安定を目的としてであった。受粉不要で単為結果しておいしい、さらに自社農場の生産体系に最も適した育成品種は、3品種ともに2014年に品種登録された。ミニトマトで2品種育成したのは、酸味のきいた味を好む消費者も一定割合存在することを把握していたからこその判断であった。
「オリジナル品種であれば、誰が作ったトマトとも比較されなくなるから。味の好みは人それぞれ。それが当たり前なのに、うちよりも誰々さんの方がおいしいといった噂が流通関係者から出るのを防ぎたい気持ちもあった」と、康弘さん。
当初から意図していたわけではなかったが、結果的に6次化で開発した加工食品の差別化にも役立っているという。

収穫中のオリジナルミニトマト「プリンセス希」
じつは苦労も多い6次化の現実
にいみ農園は6次産業化の先駆者であり成功者である。そんな同園の6次化の現状についても話を聞いてみた。
にいみ農園の加工食品のラインアップは、5商品。製造はすべて外部委託しており、自社で加工を行うことはない。加工用の原料となる完熟トマトは、鮮度を落とさないように冷凍倉庫を借りて取りだめし、一定量を確保した後に委託先の加工場に運搬している。
なおトマトジュース以外の商品開発は、「こういう加工食品なら青果のおいしさが生きる」と、持ちかけられた話に乗るかたちで開発してきた。トマトジュースの次に売れているパスタソースは、製造委託している加工会社から提案された企画だ。
まったく売れずに大失敗に終わったトマトジャムもあったりと、ヒット商品を生み出す難しさを痛感している、と康弘さんは語る。
最初の加工品
にいみ農園が最初に手がけた加工食品は、2004年に発売したトマトジュース。商品開発に取り組んだ理由は次の2つである。
まずは、ヘタがとれてしまった「ヘタ落ち」の規格外品の有効活用だ。当時はまだ、ヘタ落ちした果実には値段がつかなかった時代である。廃棄していた生産物を加工して何とか有効活用したいという、よくある切実な事情から始まった。
もうひとつの理由は、直売所に来るお客さん対策であった。にいみ農園のミニトマトのおいしさは口コミで広がっており、時期によっては予約品の対応だけで精一杯な日もあり、せっかく来店した客を手ぶらで帰らせてしまう日もあった。青果の生産量が減る時期の品揃えを図るという課題への解決策が、4~6月の余剰生産分を加工し、直売所の強みを生かす6次産業につながったのである。もちろんいまでも、原料はすべてが自社農場で生産した果実となっている。
青果と加工食品をセットにした箱詰め商品は、贈答品として隠れた人気商品なのだそうだ。

ぷちとま100とプリンセス希の詰め合わせ
「ぷちとま100」は、にいみ農園オリジナルミニトマト「プリンセス希」の完熟した果実だけを搾ったトマトジュース。食塩ひかえめで、大玉トマトとは異なるミニトマトならでは甘みとうまみを楽しめる。この「ぷちとま100」の「100」は、自社農場生産果実100%、果汁100%に加えて、1本あたり約100粒のミニトマトが入っていることを表している。
6次化の厳しい現実
「いや~、6次化で儲けるのは難しいよ。うちは早くに始められたからまだよかったけど、いまはもう厳しい。最近では、6次化についての講演は極力断るようにしてるぐらい」と康弘さん。
実際に、オリジナル加工食品の売り上げは年間約2000万円に達したが、2015年頃をピークに減る一方で、トマトジュース以外は実質利益を生んでいない状況なのだそう。
年間1万3000本以上売れていたトマトジュースにしても、1万本程度にまで徐々に減り続けている。
「うちの6次化がうまくいったのは、よそよりも早く取り組んだから。どうもそんな気がする。何かが売れていると聞けばみんなそれをマネするし、あちこちから同じような加工食品が出てくると、どうしてもお客さんの奪い合いになってしまう。これはもう仕方がない。かといって、生産者が加工食品の味で差別化するのは難しい。現実的に、トマトジュースを売るよりも青果を売った方が利益率は高いからね」(康弘さん)
加工食品は、あくまでも直営店に来てくれるお客さん対策という位置づけ。また、その製造量は客の購買データに基づいて決めている。にいみ農園の6次化は、固定客をつかんで離さない直営店という強みがあってこその成功であった。
いまは第二の創業期
現在は水耕トマトに加えて、レタス、キャベツ、ブロッコリーなどの露地野菜の生産量を増やしている。その理由は、周年働きたい従業員の雇用対策が一番で、単月で見ると赤字になってしまう冬場3カ月をトントンにまでもっていこうとしてのこと。

露地野菜の出荷作業
「早くトマトと同じように、露地野菜すべてを自分で価格を決めて販売できるようにしたい。お客さまの期待を裏切らない農場の努力と、これをお客さまに伝える直営店の努力。ここだけは絶対に怠けてはいけない部分です」
こう語ってくれた康弘さんは今年社長を退いており、みどりさんが後を継いでいた。
「会社の将来を考えての決断です。うちの強みは3店舗の直売所。都市部で家賃を払ってまで直売所経営をうまく回している生産者は、めったにいないんじゃないかな。ゼロから仕組みを作って、これを成功させたのは妻のみどり。その時から自分よりもずっと商才があるなって感じていたんです。女性の多い職場ですし、女性のことがよくわかるのは女性。この先従業員を雇用し続け給料を払い続けていけるようにするためにも、さらに露地野菜部門を軌道に乗せるためにも、社長は私よりもみどりの方が適任だと判断しました」
会社経営も作物の生産も飽きることがなく、毎日が楽しくてたまらないと語る康弘さん。いまは従業員から「大将」と呼ばれている。

規模拡大中の露地圃場(ほじょう)