「トヨタに負けない収入を目指せ」 育苗の効率化と設備投資、そして地域への思いから達成した2億円

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「トヨタに負けない収入を目指せ」 育苗の効率化と設備投資、そして地域への思いから達成した2億円

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「トヨタに負けない収入を目指せ」 育苗の効率化と設備投資、そして地域への思いから達成した2億円
最終更新日:2020年12月08日

野菜の苗の生産や稲作から出発し、トマトの栽培を始め、さらに飲食店の運営まで――。表面的に見ただけでは、脈絡なく事業を増やしているように映るかもしれない。大橋園芸(愛知県豊田市)の大橋鋭誌(おおはし・えつし)さんのことだ。だが多角化のわけを聞くと、ある深い思いが浮かび上がってきた。

育苗の抜本的な効率化で拡大に弾み

大橋さんは現在、45歳。事業の柱は苗の生産で、野菜や花など約200種類を栽培している。コメや麦、大豆の栽培面積は合計で35ヘクタール。ハウスでトマトを栽培しているほか、地元のショッピングセンターで丼屋を運営している。年間の売上高は、全事業の合計で2億円にのぼる。
高校を卒業後、専門学校で野菜の栽培方法などを学び、21歳のときに実家で就農した。当時の売り上げは2000万円。27歳のとき、事業が成長軌道に乗り始めた。育苗を抜本的に効率化したことがきっかけだ。
苗の育て方は、昔も今も二つの苗を接ぎ木する手法が一般的。例えば病気に強い品種などを「台木」にし、その上に育てたい品種を「穂木」としてつなぐ。昔が今と違うのは、個人の技術に依存していた点だ。
「昔のやり方は原始的だった」。大橋さんは当時をそうふり返る。少し太めに育てた台木をカットし、その断面に小さな穴を開け、穂木を挿す。やり方を間違えるとつながらないため、初心者には難しい作業だ。大橋さんと父親、ベテランのスタッフの3人で黙々と作業をこなしていた。

収益の柱の野菜や苗の栽培

収益の柱である野菜や苗の栽培

ところが就農して数年たったころ、新しい接ぎ木の方法が登場した。短くて小さい透明のチューブの両側から台木と穂木を差し込み、中で断面を合わせるだけ。それまでのやり方と違い、熟練の技は要らなかった。
この手法を導入したことで、作業の効率が格段に高まった。パートに作業を任せることができるようになったからだ。その結果、苗の生産量はそれまでの5倍に高まった。自分が現場の作業に割く時間を減らせたことで、より経営戦略を練ることに注力できるという効果も生まれた。
就農当時、苗作りをしている農家はたくさんいた。だが、多くは接ぎ木の方法を変えるのをためらい、生産量を増やせずに撤退していった。
長年磨いてきた技術にこだわったことが、理由の一つ。設備投資に二の足を踏んだことも影響した。新しい方法は、二つの苗がくっつくまで入れておく暗室が必要になるからだ。大橋さんはこの暗室を1000万円で購入した。
効率性で他と差をつけた大橋園芸の苗事業は、豊田市で最大の規模に成長した。そしてこの経験を通し、大橋さんはリスクをとって挑戦すれば、活路が開けるという確信を得た。こうして事業の多角化が始まった。

接ぎ木に使うチューブ

接ぎ木に使うチューブ

当初の見積もりの半額以下でハウスを建設

トマトの栽培は2016年に始めた。愛知県は夏の気温が高く、トマトを夏に露地で育てるのは難しい。そこで夏にも栽培できるようにするため、陽光が差し込む量をコントロールし、環境を制御できるハウスを建てることにした。
投資額は7000万円。メーカーがはじめに提示した金額は1億5000万円だった。高額すぎて投資は難しいと思った大橋さんは、温湿度の管理などの機能を落とさず、しかも低コストで建てられるハウスの開発を要請。メーカーはこの要望に応え、当初の見積もりの半額以下で建ててくれた。
トマトを作り始めた理由は二つある。一つは、食べた人に「おいしい」と言ってもらいたかったからだ。苗の販売だけでは消費者の反応を確かめる機会はほとんどなく、農家としてもどかしさを感じていた。
もう一つは、若手農家が成功するためのモデルを示したかったからだ。資金が少ないために野菜の露地栽培を選んだ結果、天候に左右されて生産が安定せず、やめていく新規就農者を大橋さんはたくさん見てきた。
メーカーと交渉し、これまでのハウスより格段に安く造れるハウスを開発してもらった背景にはそうした事情もある。大橋さんは「投資は一般にリスクを伴うが、これならうまくいくという例を示したかった」と話す。

トマトの栽培ハウス

コストを抑えて建てたトマトの栽培ハウス

「地域を盛り上げたい」。それが、大橋さんが新しいことに挑戦する際の大きな動機になっている。稲作を続けているのもその一環だ。
コメとその転作作物の小麦と大豆は、大橋さんが育てている作物の中では「一番もうかりにくい」。機械のメンテナンスにお金がかかるからだ。
それでも続けているどころか、むしろ面積を増やしてきたのは地域の担い手として期待が高まるのに伴い、「田んぼを預かってほしい」と頼まれることが増えたからだ。栽培面積は就農当初の3倍以上になった。
収益的に考えれば、苗に絞るのが最も効率的だった。ではなぜ田んぼを引き受け続けるのか。その問いに、大橋さんは「田んぼ以外で広い農地を維持していくのは難しい。だから、田んぼのある景観を守りたい」と答えた。
ただし、採算を度外視して手を広げてきたわけではない。苗の販売だけでなく、トマトや米・麦・大豆の生産も黒字だ。苗の利益で他の部門を支えているわけではない。利益をきちんと出すビジネス感覚と、地域を守りたいという思いを両立させながら、事業を拡大してきたのだ。

収穫したてのコメを入れた袋

収穫したばかりのコメを入れた袋

丼店は2017年にオープンした。ショッピングセンターを運営している地元の生協に知人が勤めていて、「フードコートに店を出してみないか」と勧められたことがきっかけだった。大橋さんは「性分なんですかね。頼まれたらまず前向きに考えてみる」と話す。このときも、出した答えは「やってみよう」だった。
出店にあたってこだわったのが「地元の食材でメニューをつくる」ことだった。ご飯に使うのは当然、自社の農場で育てたコメ。みりんも近くのメーカーに発注し、自社のコメを原料にオリジナルのものを作った。あとは地元の豚肉と卵を仕入れ、柱のメニューとなる豊田産のカツ丼を完成させた。
天丼など他のメニューも、できるだけ地元の食材を使うのを目標に一つ一つ考えていった。ここにも大橋さんのやり方の特徴が表れている。店づくりをコンサルタントなどに任せず、一から自分で考えたのだ。しかも「オープン時は自分で厨房(ちゅうぼう)に入り、フライパンを振ってカツ丼を作った」という。

丼店

ショッピングセンターに出した丼店

製造業に負けない収入を実現

ビジネス感覚と地域への思いの両立に関連するエピソードについて、もう一つ触れておこう。所得水準だ。豊田市は、トヨタ自動車に代表されるように製造業が盛んな地域。そこで就農するときに考えたのが、「製造業に負けない所得を実現したい」ということだった。
はじめはがむしゃらに働いた。忙しいときは深夜まで接ぎ木の作業を続けて未明の2時に帰宅し、朝6時に家を出ることもあった。そして接ぎ木のやり方を変え、大量生産が可能になったころには年収が1000万円を超えた。一般的な製造業で働く同世代と比べてけして遜色のない水準だろう。
地域を盛り上げたいという思いは大切だが、そのための取り組みを一過性のものにせず、持続可能なものにするには収入の裏付けが要る。大橋さんにとってそれは、他の仕事ではなく農業を選んだことを誇りに思えるような水準だった。そしてそれを、社員たちも享受できるよう努めてきた。
今回のインタビューを行ったのは2020年10月末。大橋さんはその日、地元のこども園で園児たちと稲刈りをした後、筆者の取材に応じてくれた。園長から「どろんこ遊びをさせてあげたい」と頼まれ、近くに小さな田んぼを作って田植えや稲刈りを体験できるようにした。ボランティアの活動だ。
「一度でも自分で稲を刈ってみると、その香りを忘れられなくなる。そういう体験を子どもたちにさせてあげたい」。大橋さんはそう話した。広がる取り組みをつなぐ結び目にある思いを、その笑顔に見たような気がした。

地域を盛り上げる

農業で地域を盛り上げることを目指す大橋さん

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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