価格競争に巻き込まれない農業への工夫、就農のわけは「夫婦一緒に働けるから」

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価格競争に巻き込まれない農業への工夫、就農のわけは「夫婦一緒に働けるから」

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価格競争に巻き込まれない農業への工夫、就農のわけは「夫婦一緒に働けるから」
最終更新日:2020年12月02日

農業を仕事に選ぶ理由はさまざまにある。自然が好きだからという人もいれば、他産業の起業家のように大きな事業を手がけたいと思って農業を始める人もいるだろう。だが東京都青梅市で就農した清水寛久(しみず・ひろひさ)さんと麻衣子(まいこ)さんにはちょっと違う理由がある。夫婦で一緒にいる時間を確保したかったのだ。

目標は家具作りから農業へ

寛久さんと麻衣子さんは2017年に就農した。栽培面積は0.4ヘクタール強で、70~80種類の野菜を旬に合わせて作っている。主な売り先は、立川市のショッピングセンターの中にある食料品店だ。
就農するまでにはそれぞれ曲折があった。
もともと寛久さんはデザイン会社で働いていた。経験を積むにつれてたくさんの仕事を任せられるようになり、忙しいときは4日続けて徹夜するほどの激務を経験。疲労がたまり、10年ほどでデザイン会社を辞めた。
次に目指した仕事が家具の製作。技術を身につけるため、実家のある埼玉県の家具関連の専門学校に入った。デザインの仕事と共通しているのは、「絵を描いたり、ものを作ったりするのが好き」という寛久さんの性格に合っている点だ。麻衣子さんとはその専門学校で出会った。

さまざまな野菜

さまざまな旬の野菜を栽培している

一方、麻衣子さんが専門学校に入ったのは、住宅リフォーム関連の仕事をしていたとき、自分でも家具を作ってみたいと思ったことがきっかけだった。だがいざ学び始めてみると、大きな木材を扱うのは体力的に無理があると考えるようになった。そんなときに寛久さんと知り合ったことで、新たな目標が生まれた。「ゆくゆくは彼が家具を作り、私がそれを売る形で仕事にしたい」。製作と販売を分担することで、一緒に家具に関わっていくことができると考えたのだ。
だが、寛久さんが高名な家具職人に弟子入りするなど具体化に向けて動き始めたとたん、実現に高いハードルが立ちふさがった。職人として独立するまでに10年かかることがわかってきたのだ。
そこで注目したのが農業だった。家具作りを学んでいたときも、都内で開かれた就農フェアに2人で行ってみたことがあった。「夫婦で一緒にできる仕事」(寛久さん)と思ったからだ。家具職人になるのをあきらめたことで、農業を新たな選択肢として真剣に考えるようになった。
麻衣子さんの母方の実家がある茨城県など、農業が盛んな地方での就農を考えたこともある。それでも東京を選んだのは、消費地が近いため、売り先を見つけやすいと考えたからだ。就農窓口の東京都農業会議に相談してみると、とんとん拍子で話が進み、研修先や農地が見つかった。
こうして2人は青梅市で就農した。

一緒にできる仕事

一緒にできる仕事として農業を選んだ

「味に感動した」、本気で育ててみたいと思った野菜とは

寛久さんも麻衣子さんも、前々から就農を志して歩んできたわけではない。自然に向き合う仕事に憧れていたわけでも、高齢農家の引退に伴う規模拡大のチャンスに着目したわけでもない。興味を持ったのでノックしてみたら、意外にすんなり扉が開かれたというのが就農の実感だった。
ただし、栽培に関してはこだわった点が一つあった。農薬を使わずに野菜を育てることだ。大規模化が難しい都市近郊で就農する以上、作物の付加価値を高め、価格競争に巻き込まれないための手を打つべきだと考えたのだ。
2年目には、本気で育ててみたいと思う野菜と出会った。種苗会社が新たに開発した品種ではなく、昔から栽培されている固定種だ。伝統野菜を守ることに関心を持ったのではなく、「こんなにおいしい野菜は食べたことがないと思うほど、味に感動した」(寛久さん)からだった。

無農薬

無農薬で育てている

固定種は味が優れているために長年作り続けられている半面、傷がつきやすいなどの難しさがある。その特徴を端的に示すカブを見せてくれた。スーパーなどでふつうに売られている品種と比べ、茎が倍以上に長く、それを折らずに収穫し、袋に入れようと思うと相当の手間が要る。
それは、小規模経営の強みを生かせる特徴でもあった。長く伸びたカブの茎を傷つけないように収穫し、出荷することは、大量生産には向いていないからだ。生育のペースにばらつきがある点も、きめ細かく畑の様子を観察し、栽培を管理することができる小規模経営に適していた。
「これおいしいかな」。2人でそう考えながら品種を選び、実際に育ててみて調理し、味を確かめる。その結果、「これならお客さんに薦めることができる」と納得した品種を残していく。こうした作業をくり返しているうちに、栽培する品種のうち8割以上を固定種が占めるようになった。
固定種と出会ったことで、食べた人に喜んでもらうことが営農のはっきりとした目標になった。食料品店に出荷に行くと、お客さんから「この前買ったビーツ、すごくおいしかったよ」と声をかけられることがある。それが、2人が営農を続けていくうえでの大きな励みになった。

固定種のカブ

左のカブが固定種。茎が長く、葉っぱが大きい

洗練された印象を与える説明書

寛久さんも麻衣子さんも、質問に対して立て板に水ですらすら答えるようなタイプではない。質問を受けるといったん黙り込み、答えを探すようにお互いの目を見つめ、言葉を選びながら自分の考えを語り出す。
その様子を見ながら「営業は得意ではないのかな」と思ったが、取材を進めるうちに販売に対する筆者の考えが狭いことに気がついた。野菜の袋に入れる短冊状の説明書を見せてくれたことがきっかけだ。
そこには「葉は柔らか芯はシャキシャキ食感」「火を通しても煮崩れしにくく、色も変わりにくい」「輪切りにすると綺麗」などの文章が印刷されてあった。黒の単色ではあるが、文字の大きさや字体を使い分け、枝葉のイラストを添えることで、とても洗練された印象を与える説明書になっていた。

説明書0

野菜ごとに丁寧に作られた説明書

寛久さんがデザインの仕事をしていたことを生かした説明書だ。これを店頭で見た消費者は、きっと野菜も丁寧に育てられたものだと想像するだろう。職人かたぎの仕事が、野菜の付加価値を高めてくれるのだ。
課題はもちろんある。まだ栽培技術を高める途上で、生活を支えるためには売り上げを増やす必要もある。だが淡々とした口調ながらも「この仕事を続けていきたい」「がんばっていくしかない」と語る姿から、農業を選んだのは間違いではなかったという2人の確信を感じることができた。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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