構造変革期にある農業でどんな手を打つべきか、カリスマ農家が農地造成を政府に訴えかける

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構造変革期にある農業でどんな手を打つべきか、カリスマ農家が農地造成を政府に訴えかける

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構造変革期にある農業でどんな手を打つべきか、カリスマ農家が農地造成を政府に訴えかける
最終更新日:2020年12月18日

農業法人の野菜くらぶ(群馬県利根郡昭和村)を率いる沢浦彰治(さわうら・しょうじ)さんは先進的な経営手法で知られ、全国の生産者に影響を与え続けている存在だ。その沢浦さんが8月下旬、政府の規制改革推進会議のメンバーになった。農業分野のワーキンググループの専門委員だ。会議で何を主張しようと考えているのか。沢浦さんにインタビューした。

政府が進める規制改革のテーマはどう変わってきたのか

野菜くらぶを中心とする農業関連の企業グループの売上高は、2020年の見通しで44億円。沢浦さんが社長を務め、キャベツやダイコン、コンニャクなどさまざまな品目を栽培するグリンリーフ(群馬県利根郡昭和村)のほか、各地の80人以上の農家から野菜を仕入れ、販売している。
農業分野の規制改革に関する沢浦さんの意見を紹介する前に、まず政府が進める規制改革の意味について触れておこう。
もともと政府の規制の見直しは、もっぱら規制の「緩和」を意味していた。いまと違い、かつては政府の決めた細かいルールが企業の活動をがんじがらめに縛り、その成長を妨げていたからだ。そうしたルールを緩めることで企業活動を自由にし、創意工夫や競争を促すことを目的にしていた。

野菜くらぶの本社

野菜くらぶの本社

流れが変わったのが、1990年代後半。インターネットなどさまざまな新しい技術が登場したことで、規制を緩めることだけではなく、新たなルールを設けることも目的になった。議論を担う組織の名称が99年に規制緩和委員会から規制改革委員会に変わったのはその象徴だ。
最近ではさらにルールの変更だけではなく、民間の企業や組織がとるべき行動についても話し合うようになった。2016年には全国農業協同組合連合会(全農)の農産物の販売方法などを議論したが、これは制度改正ではなく、全農に業務の見直しを求めるという形で決着した。
ここで規制改革が何を意味するのかについて触れたのは、それが一般にイメージされている以上に幅広いテーマを対象にしているのを示すためだ。それでは、農業分野の改革に関する沢浦さんの主張に移ろう。

JAビル

農協改革は繰り返し規制改革のテーマになってきた(東京・大手町にあるJAビル)

規制改革に望むこと。カリスマ農家の意見とは

「規制緩和はもうほとんど終わったのではないか」。規制改革推進会議で何を訴えたいのかをたずねると、沢浦さんは開口一番にこう答えた。一般企業の農業参入などがすでにほぼ自由になったのを踏まえた言葉だ。
ではいまどんな改革が必要なのか。改めてそう質問すると、沢浦さんの答えは「農地の造成」。農産物を生産するインフラである畑を、もっと使いやすいものにしてほしいというのが沢浦さんの要望だ。それを、会議のテーマにすることを事務局に求めているという。
ここで沢浦さんのいう「農地の造成」には二つの意味がある。
一つは、機械などで作業しやすい畑にすることだ。本社のある昭和村の畑は形が整備されているのに対し、同じ群馬県でも太田市で買ったり借りたりしている畑は三角形など形がいびつなものが多く、しかも一枚一枚が狭い。作業効率はその分落ちる。
もう一つは、灌水(かんすい)と排水の設備の整備だ。畑に水をまくためのスプリンクラーや、畑にたまった水を外に出すための地下の排水設備がない地域がたくさんある。沢浦さんは「カリフォルニアなど海外の農場を定期的に視察に行っているが、日本はかなり遅れている」と強調する。

グリンリーフの畑0

作物ごとに色分けした群馬県太田市のグリンリーフの畑の地図。三角形など作業しにくい形のものが多い

その弊害が、7月の長雨で出た。野菜を仕入れている仲間の農家の畑に水がたまり、レタスが傷んで出荷できなくなってしまったのだ。7月中旬から8月末までの出荷量は、計画の3割に落ち込んだという。一部の畑ではキャベツでも被害が出た。
作業しやすい形に畑を変えたり、灌水や排水の設備を畑に設置したりするための補助金制度はある。だが沢浦さんがある自治体に相談に行くと、「支給は順番待ち。いつ補助金を出せるかわからない」と言われたという。
そこで予算の拡充を含め、もっと畑の整備を進めやすい仕組みにすることを議論してほしいと沢浦さんは訴える。とくにここ数年は大規模な自然災害が頻発しており、「被害を防ぐための農地の造成は決定的に重要」という。
ここでもしかしたら、自社の利益のためにそう主張していると思う人がいるかもしれない。だが沢浦さんは「食料の安定供給が目的」としたうえで、こう強調する。
「日本の商社などが海外から大量の農産物を輸入するのは、外国産が安いという面もあるが、理由はそれだけではない。国内の供給が安定していないからだ」
沢浦さんは「ただ以前と比べ、外食チェーンなどが国内で農産物を調達する環境は整いつつある」と指摘する。野菜くらぶをはじめ、大規模な農業法人が増えたことで、まとまった量を仕入れやすくなったからだ。農業法人が社内組織を整えて営業担当をおいたことで、商談を進めやすくなった面もある。
ところが農業法人の組織はできたのに、農地というインフラの整備が不十分だから自然災害で被害を受け、約束した通りの量を供給するのが難しくなる。その結果、多くの外食チェーンは量を確保するために引き続き輸入に頼る。そうした状況を改めるべきだというのが、沢浦さんの主張だ。

キャベツ0

長雨のせいで傷んだキャベツ

農協の金融事業の分離に反対したわけ

沢浦さんが規制改革に関わるのは今回が初めてではない。いまから10年ほど前にも会議のメンバーになったことがある。沢浦さんのスタンスを示すため、最後にそのときのエピソードを紹介しておこう。
テーマは農協改革。農協は農産物を販売する経済事業と、貯金を集めたり保険を販売したりする金融事業を手がけている。その二つを分離すべきかどうかが会議で論議になった。
農協の多くは、経済事業の赤字を金融事業の黒字で補うという収益構造になっている。その分離が焦点になるのは、「金融事業の利益に頼っているから経済事業の収益の改善が進まず、それが農業の振興も妨げている」という意見があるからだ。
このとき沢浦さんは「分離すべきではない」と主張した。セブン&アイ・ホールディングスがセブン銀行を設立するなど、本業との相乗効果を求めて一般企業も金融事業に参入することが盛んになっており、前からそれをやっている農協から金融事業を分離するのは時代に逆行すると考えたからだ。

沢浦さん

「農産物の供給を安定させるべきだ」と訴える沢浦さん

沢浦さんは農協を通して農産物を売っていない。そのため、金融事業の分離を主張する委員は、自分の意見に賛同してくれると期待したと思われる。ところが沢浦さんが期待通りのことを言ってくれなかったので、その委員は「何でそんなことを言うんだ」と批判した。
「自分にとって何の得にもなりませんよ。保守的で改革に抵抗していると思われかねませんから」。沢浦さんはそのときのことをそう振り返る。農協にいままでのやり方を変えるよう求めることを、改革とみなすムードがあるからだ。
結論から言えば、分離はいまも実現しておらず、論議はなおくすぶり続けている。だがここで伝えたいのはその是非ではなく、規制改革に対する沢浦さんの姿勢だ。
農協には頼らず、自力で成長してきた農業法人は、とかく農協に対して批判的だとみられがちだ。だが沢浦さんはそうしたステレオタイプの見方を退け、是々非々で自分の意見を訴えた。そのことを知ると、農地の造成に関する今回の主張も中立的な立場からの意見であることがわかるだろう。
農業は高齢農家の大量リタイアをきっかけにした構造変革期にあり、いまどんな手を打つかは将来の姿を大きく左右する。規制改革は画一的な見方や先入観を排し、健全な農業の未来を目指して活発な論議が進められることを期待したい。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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