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マイナー野菜を収益化する方法を模索 有名シェフに愛される野菜作り

マイナー野菜を収益化する方法を模索 有名シェフに愛される野菜作り

熊本市西区にある「清正農園」。初代熊本藩主である加藤清正公からその名を取った農園では、ひご野菜の「熊本長にんじん」や清正人参(にんじん)の異名を持つフルーツセロリ、フダンソウなど少しマイナーな野菜を作っている。一流シェフがほれるというその味の秘密や、あまり知られていない希少野菜をあえて選ぶ理由、自ら開拓したという販路拡大の方法を聞いた。

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その土地でしか作れないものがある

西さん

清正農園の西孝弘さん

清正農園の代表である西孝弘(にし・たかひろ)さん。
祖父から始まり自分で3代目となる農家に生まれながら建設・不動産業を営んでいたが、40代半ばから父の畑を受け継ぎ、農業にも携わるようになった。現在は全部で1.5ヘクタールほどの畑で、さまざまな野菜を作っている。
ネギなど父の代から作っているものもあるが、熊本長にんじん、フダンソウ、フルーツセロリなどの希少野菜が清正農園の看板商品だ。

ハウス内のセロリ

ハウス内のフルーツセロリ

農園の立地について尋ねると「この土地の土壌が、野菜作りに向いているのだと思う」と西さんは言う。
清正農園から600メートルほど南には、一級河川である白川(しらかわ)が流れている。古くは加藤清正が河川改修を行い、熊本の人々の暮らしに深く根ざしてきた川だが、同時に度重なる水害をもたらしてきた。

最近では昭和28(1953)年の6・26水害や平成24(2012)年7月九州北部豪雨でも白川の氾濫が起きた。これまで幾度となく起きた洪水により、ミネラル分の多い肥沃(ひよく)な土壌が生まれたのではと西さんは考えている。

和ほうれんそう

和種のホウレンソウ。貴重なものなので慎重に増やしたいという

つい最近は、敷地内に和種のホウレンソウが生えているのを発見したという。西さんは伝統を絶やさぬよう、さまざまな希少野菜の栽培を続けていけたらと考えている。

フダンソウ

フダン草

「清正のうちわ」と呼ばれるフダンソウ

フダンソウ(不断草)はホウレンソウに似た葉物野菜。ヨーロッパではバレッタとも呼ばれている。
イタリアンやフレンチでも使われ、有名店のシェフからの注文も入る。色鮮やかで茎がしっかりしており、味も濃いのでキッシュなどの具材に好まれるという。清正農園では「清正のうちわ」とも呼んでいる。

フルーツセロリ

セロリ収穫後

収穫したばかりのフルーツセロリ。鮮やかな緑色が美しい

清正人参と呼ばれるフルーツセロリ。日本のセロリは、朝鮮出兵した加藤清正が持ち帰ったものが起源と言われている。熊本が「日本のセロリ発祥の地」と呼ばれるのはそのためだ。

一般にイメージするセロリは白っぽい茎だが、清正農園のフルーツセロリは鮮やかな緑色の茎をしている。透き通った濃い緑の茎は、野菜スティックなど生の状態でも、スープに入れても翡翠(ひすい)のように美しく輝く。

セロリのキーマカレー

フルーツセロリを入れたキーマカレー。茎だけでなく葉も使える

西さんのお気に入りは、塩昆布あえ。斜めに細切りにして塩昆布であえれば、箸休めにも酒のさかなにもぴったりの一品になる。スパイスの効いたエスニック料理にも合う。刻んでカレーに入れると、存在感を残しつつも香り豊かで爽やかな風味が立つ。

熊本長にんじん

長にんじんのしりしり

熊本長にんじんで作る「しりしり」。軽く炒めて卵でとじれば完成

ひご野菜のひとつである熊本長にんじんは、その名の通り細長く、ゴボウのようにも見えるニンジンだ。
平均で70センチ、長いものでは1メートルを超えて地中深くに伸びる。傷つけずに収穫するのは難しいが、建設業を営んでいた西さんにとって建設機械はお手のもの。掘削機を使って掘ることができる。

長にんじんを持つ西さん

熊本長にんじんを持つ西さん。これで平均的な長さだという

お正月の縁起物として喜ばれるため、おせち料理に使われてきた。普段使いには、長さを生かした細切りにすると面白い。沖縄の家庭料理「ニンジンのしりしり」にすれば、麺のような食感が楽しめる。

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販路を切り開いた方法

ハウス内のフダンソウ

ハウス内で栽培されているフダンソウ

そんな希少野菜をあれこれ工夫して作り、当初は父がネギを卸していたのと同じように市場に持っていった。しかし訴求したい価値を理解してもらうことが難しく、想定よりも低い価格になってしまう。市場を介さず自力で販路を開拓せねばと感じたという。

さらにおいしい野菜を作るべく、肥料を研究して減農薬に取り組むなど試行錯誤する一方で、販路を模索した。
全面カラーのパンフレットを作り、マルシェなどの催事に積極的に出店した。まずは買ってもらおうと、赤字覚悟で安く売った。そんなに安いならと試しに買ったお客さんが味を気に入り、リピーターになってくれたという。
催事を通じて少しずつ仲卸屋に知り合いが増えていき、熊本ホテルキャッスルなど地元の老舗ホテルへつながる糸口もできた。

セロリ断面

買い付けにきたシェフや担当者には、その場で味見してもらう

評判が広まると、他にはないその味を求めて、熊本で有名なイタリア料理店のシェフが農園を訪ねてきた。さらには東京からもミシュランの星付きレストランのシェフなどが直接買い付けに来てくれるようになった。

「うちの畑を見に来てくれた人はみんな、有名なシェフでもちょっとセロリを味見したらたまがらす(驚く)けん、うれしかですよ」と西さんはほほ笑む。

それでも、現在のように広く知られ、評判が安定するまで10年かかったという。
今では全国から有名店のオーナーシェフなどが直接買い付けに訪れるほか、地元以外の老舗ホテルのレストランにも卸し、ネット販売で全国への販路も確保している。
ブランドとしての認知も、少しずつ広がってきている手応えを感じているという。

ネギ

収穫されたネギ。市場に出荷する

フルーツセロリや熊本長にんじん、フダンソウなどのマイナーな野菜でいきなり収益をあげるのは簡単ではなかったが、先代である父の時代から続けているネギの栽培に助けられてきた。
熊本の伝統野菜である「ひご野采」の「熊本ねぎ」や、柔らかく全国的に人気のある「九条ねぎ」、通年で学校給食用のネギも作っている。給食用のネギは需要が安定しており、市場に出すことで確実な収入になる。

一度に大量に調理される学校給食では、丈夫で煮崩れしないネギが求められる。しっかりと身のつまった「羽緑(はねみどり)」という品種を選び、硬めのネギを作る努力も欠かさない。熊本の子供たちがおいしいネギを食べて元気に育ってくれたら、と願うのもまた楽しいという。

「最初は販路の確保に苦労したとのお話でしたが、今は充分に儲かっていますか?」と思いきって尋ねてみた。

西さんは「いやあ、どうかなあ」と笑った後、「金はそんなに儲けてないかもしれないが、人の縁には本当に恵まれたと思っている。私の野菜を喜んで買ってくれる人、力を貸してくれる人がたくさんいる。それを財産として大切にし、誇りに思っている」と語った。

こんなに農業が楽しいなんて、もっと早く教えてもらいたかった

長にんじんを拭きあげる西さん

熊本長にんじんを丁寧に拭きあげる西さん

専業農家で育った西さんは、先代である父親からも周囲の農家からも「農業が楽しい」とは一度も聞いたことがなかった。
「農業は大変、地味、きつい」というイメージだったが、40代になって野菜の栽培を始めたところ、農業の面白さに驚いた。なぜ誰もその面白さと奥深さを教えてくれなかったのだろう、と思ったという。

その点について西さんは「農業は厳しく、生半可な気持ちではできないという意見もあるかもしれないが、それはどんな事業でも同じだと思う。どんな仕事にもリスクがあり苦労がある。厳しさを知った上で楽しみを見つけていくのは、自分自身の心がけ次第だと考えている。農業を楽しみたい。そして何より農業は面白い」と、力強く語る。

セロリシャーベット

フルーツセロリのシャーベットも作っている

やりがいを感じる瞬間は多く、いろいろな試行錯誤を重ね、PDCAを回すのもまた面白いという。基本的な作業を確実に、かつ効率的にこなすにはどうすべきかを常に考えるのは、あらゆる業種に共通する行為でもある。

西さんは農業を始める前に設立した建設・不動産の事業を、今も続けている。ビジネスの経験を生かせるというだけでなく、二つの柱があることが精神的な支えにもなる。コロナ禍で農家にもさまざまな影響が出ている中では、多角的に収入を得るのも大切かもしれない。

「農業を始めて、自分なりに減農薬などの工夫をしてやってきたが、ようやく13年目になった。まだまだ良いものができるという手応えがある。これから改善を重ねて、より良いものを作りたい」と西さんは笑顔で語った。

編集後記

加藤清正公からその名を取った「清正農園」の代表である西さん。
農業は楽しい!と言い切り、希少な伝統野菜を作ってはパワフルに自ら販路を開拓してきた。
そこにあるのは、白川の河川改修を行って農業用の水路を整備し、「土木の神様」と呼ばれた加藤清正公のスピリッツそのものかもしれない。そんなことを感じた。

清正農園

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