ルーメンの脅威、アシドーシス
前回の記事では、「ルーメン」について取材に来たライターと助手に、四苦八苦しながらもその機能について説明しました。牛が草を消化する為に、牛の第一胃であるルーメン内に生息する微生物たちの力を借りていること、皆さんにはわかっていただけたでしょうか? 今回はそのルーメン内の環境が正常な状態を保つためにどうすればいいのか説明したいのですが……。牛に関して全く知識のない2人にこれからのさらに高度な話がわかってもらえるでしょうか。「子供でもわかるように説明できたとき、それは万人にとって有用な話となる」という言葉を胸に、頑張って説明していきます。
でも自由に餌を与えることができるなら、栄養価の高い穀類みたいな、草に比べて消化に良さそうなものをたくさんあげればいいじゃないですか? わざわざ草を与えるの、おかしいですよね?
実はルーメンって、とても繊細なんです。消化のいいものばかり与えて、粗飼料(牧草)を全く与えないと、ルーメンはバランスを崩し、牛の体調も悪化します。そのような状態をアシドーシスというんです。
アシドーシスになるとルーメンの機能が低下します。症状の一つとして、ルーメン壁から吸収できる酸の量が減ってしまいます。
同時にルーメン内の微生物にも悪影響を与えます。ルーメン内の酸性がより強くなるほど微生物の活動は低下し、ある時点を超えると死滅し始めます。そうなると餌を消化してくれる微生物との共生が成り立たなくなり、牛は餌を食べることができなくなります。
アシドーシスになると、ルーメン内微生物が減り、餌が普段通り食べられなくなります。軟便や、乳量の低下はもちろんのこと、蹄病(ていびょう)、繁殖成績の低下など、あらゆる状態が悪化します。要するに、とても不健康になるのです。
アシドーシスを防ぐには
- かため食い(牛が一度に大量の餌を食べること)、選び食いを防ぐ
- 切断長(粗飼料の細かさ)を適正にする
- 粗飼料の成分、品質を整える
以前、餌づくりの記事でこれらの事項が重要だと書きました。繰り返しになるので詳しくは割愛しますが、実はすべてアシドーシスを防ぐためなのです。
「一気に餌を食べる」、「消化の良すぎるものを食べる」。そうすると瞬間的に酸の生成量が増加します。1日の平均的な酸の生成量は大きな意味を持ちません。「瞬間」が大事なのです。一瞬でもルーメン内がひどいアシドーシス状態になると、微生物は死滅してしまうからです。
例えばあなたがぬるま湯に長くつかるのではなく、80度のお湯に5秒間入るとしたらどうでしょう。あなたは大やけどに見舞われますよね。それと似ています。
次に別の視点から考えてみましょう。切断長や、粗飼料の成分がアシドーシスを防ぐ理由に、反すう、唾液の重要性があります。
唾液はアシドーシスのクスリ
実は、ルーメンを強い酸性にしないために、唾液の役割が重要になります。唾液はアルカリ性なので、この唾液が多いほど酸が中和され、ルーメンがアシドーシスになるのを防ぎます。
牛は1日200リットルもの唾液を分泌しますが、その多くが、反すう時の咀嚼(そしゃく)によるものです。胃から口に飼料を戻し、咀嚼してまた胃に戻すことを繰り返すのが反すうですが、硬い草や、ある程度の長さがある粗飼料は、ルーメン内で刺激となり、反すうを促します。反すうが増えればそれだけ唾液も増えます。牛に反すうを促すことが、アシドーシスを防ぐポイントとなるのです。

牛が何気なくしている反すう。いつも出ている唾液。それらには重要な意味があります
やっぱり観察が大事
ちなみに僕がお腹が減ったときはどうすると思います?
――正解はお母さんに「お母さん、僕はお腹が減りました」と伝える、でした!
判断材料の一つに、牛が重曹を食べる量のモニタリングがあります。牧場ではルーメン内を中和するために、牛に重曹を与えるんです。
重曹は唾液と同じアルカリ性です。アシドーシス牛が多くいる牛群は、重曹を多く求めます。重曹の消費量は牛のアシドーシスを間接的に知ることができる目安なのです。

牛舎内に設置されたバケツの重曹。給与した量から消費量を推測し、モニタリングする
牛は言葉がしゃべれないからこそ、こういった数値が大事なんですね。

メイプルファームの目安は通常100グラム以内。アシドーシスが疑われる時期には、200グラムを超えるほど増加した
だからこそ日々の観察はとても大事です。牛がいつもと違う行動をとってないか、便の色や形に変化はないか、牧場の状況と照らし合わせながら牛を観察することで、牛からのメッセージを受け取っているんです。

日々の観察は酪農業で最も重要な仕事
そうやって人間が食べられない草をお乳に変えてくれる。地球にある資源を有効に活用してくれる。牛もルーメンも微生物も、愛っス!