40歳でいちご農園をスタート。今も守る2つのポリシー
『いちご農園Shimonta(シモンタ)』は、地元・浜松のエンジニアリング企業の新規事業として2014年に開園しました。社員の定年退職後に再雇用の受け皿になることを見据え、サプライヤーと競合しない農業生産に着目したのです。事業責任者として農園主となった田邊 剛さん(当時40歳)は、子どもから大人までみんなに好まれるいちごを栽培作物に選びました。
プラント設備の営業職だった田邉さんは、農業経験ゼロ。農業者として地域に受け入れられるために、地域の農業師匠の下で1年半の研修を受けていちご栽培を一から学びました。
農園の経営にあたり、田邉さんには2つのポリシーがありました。一つは、安全・安心な栽培でおいしい完熟いちごがいつもあること。もう一つは、廃棄されるいちごを一粒でも多く減らすことでした。6次化によって、形がよくない粒、摘み取られずに残った粒、シーズン終了後に実った粒をストックしてジェラートやジャムに加工しています。スイーツを販売するために、田邉さんは農業研修の傍ら夜間の製菓学校に通い、20代の若者たちに混ざって製菓衛生師の資格を取りました。
何事も興味を持ったらとことん追求するタイプ。田邉さんの陰の努力と行動力で、今日の『いちご農園Shimonta』があります。
「ただ美味しいいちごを食べてもらいたい」そのための工夫
農園の栽培面積は、いちご狩り用ハウス4500㎡と育苗ハウス1,500㎡。静岡県を代表する「章姫」「紅ほっぺ」「きらぴか」の3品種に加え、毎年新規の品種に挑戦して、これまでに「陶薫」「星のきらめき」「かおり野」を栽培しています。これらの中から、お客様の声を聞いて「おいしい」と評価された品種をいちご狩り用に選んでいます。
いちご生産者として、田邉さんが一番気にかけているのは水と肥料です。水は地下70mから汲み上げた天竜川の伏流水。微量要素のバランスを整えるために鉄材などを入れ、サポート肥料には海藻や牡蠣殻など人が口に入れても安全なものを使っています。いちご自体を強くするために、週一度、乳酸菌や納豆菌を与えたり、葉面に微量要素を散布するなど常々手をかけています。
「おいしい完熟いちごをつくるには、根がしっかり張れるように、栄養のバランスと光合成を管理してあげなければなりません」と田邉さん。そのためのハウス内の環境管理がいちご栽培で二番目に気にかけることです。光合成が十分に行われるように温度帯、二酸化炭素濃度、湿度などを管理します。
栽培7作目を迎えても試行錯誤。自分で勉強したこと、農家仲間から教えてもらったことが、農園に合うかどうかを試しながら今日に至ります。
「いちごは一年に1度しか作ることができません。失敗も糧にして一年一年積み重ねたノウハウがとても大事。毎年、一年生です。美味しいいちごを食べてもらうため日々勉強です」と笑顔で話してくれました。
資源はムダなく。環境への影響を考えCO2施用機を即決
田邉さんには、初めていちご施設栽培を学んでからずっと疑問に思うことがありました。いちごは冬に育てるために暖房機を使います。光合成に必要なCO2を供給するために二酸化炭素発生装置を使います。いちご農家にはもれなく二酸化炭素発生装置と暖房機がセットであります。
「暖房で重油を炊いてCO2を廃棄するのに、わざわざ機械を買って二酸化炭素をつくる必要があるんだろうか。ボイラーのガスを使ってなんとかできないものだろうか」
そんなある日、新聞で偶然に記事を見たのが「アグリーフ」です。夜間の暖房で発生した二酸化炭素を貯留して日中に植物の株元にピンポイントで与える装置です。
「これはすごいと思いました」と田邉さん。今から4年前、ちょうど新しいハウスを建てる計画があり、すぐにメーカーのフタバ産業に問い合わせをしました。二酸化炭素発生装置を買うことはもはや頭から消えていました。
「アグリーフを導入したハウスは、灯油コストがまったくかからず、残量を気にする必要もないので作業の手間も減りました。炭酸ガスも十分すぎるほど供給できています」と,
その効果にも満足。
農業は、SDG’s(持続可能な開発目標)に近いところにある産業です。6次化でいちごの廃棄を減らし、排出したCO2は再利用、スタッフの能力を生かし、子どもたちに食農体験を提供する。田邉さんは、自身の農園経営で当たり前のように取り組んできました。
地域に貢献することが農園の役割
農業人口を増やして地域に貢献することは農園の役割。未来を担う子どもたちに農業に関心を持ってもらおうと地元の幼稚園児をいちご狩りに招待して食育・農育に取り組み、農林大学校いちご専攻科の学生の研修を受入れています。雇用では、パティシエやSNS専任者として若手を採用。他社からの再雇用で働いてくれるスタッフもいます。
さまざまな人が集まる農園だからこそ、施設は全面バリアフリー。車いすのお客様がいつ来てもハウスに入れるように、栽培面積を減らしてでも通路を広く取ることを優先しました。施設の清潔さも徹底的しています。きれいなトイレがあって、車いすが入れて、近くにある体験型農園には、近隣のお客様も多く、地域とのつながりが感じられます。
農業は大変なことも多々あります。台風はハウスを壊し、病気も運んできます。塩害も経験しました。2020年度は新型コロナウィルスの影響も受けました。いちご狩り用と出荷用では育て方が違うため、いちご狩りの圃場は早めに切り上げ、収穫用の圃場を残していちごのドライブスルー販売で緊急事態を乗り越えました。売上は4割減。だけど、「いちごを買ってよかった」というお客様の声をもらい、販売できる喜びが得られました。お客様とのつながりが、さまざまな困難を乗り越えておいしいいちごをつくる原動力になっています。
「浜松のいちごはまだまだ伸びしろがあります。地域の農家さんを巻き込んで浜松のいちごを広めて、いつか海外に打って出たいという野望はあります」と、今後の抱負を語る田邉さん。農業は一人できることは限られています。相談できる先輩や仲間が必要です。地域での研修はお互いに協力できる仲間づくりにもなったという経験は、そのまま、田邉さんから新規就農を目指す人へのメッセージです。
【取材協力】
いちご農園Shimonta(シモンタ)
静岡県浜松市東区大瀬町2046
【問い合わせ】
フタバ産業株式会社
愛知県額田郡幸田町大字長嶺字柳沢1番1
TEL:0564-56-0506