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独立の理由は親孝行と雇用創出 ふるさとへの思いに突き動かされた女性経営者

窪田 新之助

ライター:

独立の理由は親孝行と雇用創出 ふるさとへの思いに突き動かされた女性経営者

農業で独立する理由は人それぞれ。佐賀県武雄市の松尾未希(まつお・みき)さん(33)にとって、それは疲弊するふるさとで両親の面倒を見ることと雇用を生むことだった。「キュウリの神様」のもとで高収量をあげる栽培技術を身に着け、5人のパートを抱えて船出したばかりの彼女に話を聞いた。

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22アールで複合環境制御機器を導入

複合環境制御機器を導入した松尾さんの園芸施設

武雄市若木町の山間で、田が短冊状に並ぶ一帯に1カ所だけ園芸施設が立っている。経営耕地面積は22アール。加温機や二酸化炭素の発生装置などの環境制御機器を複合的に導入している。
「そばを走るバイパスから見かけて、車で突然訪ねて来る人がいるんです。この辺りでは珍しいですね、って」。松尾さんがこう語るように、地域の農業で主力といえば稲作。施設園芸をしているのは「自分くらい」とのこと。
2020年10月に建ったばかりのこの施設で働くのは松尾さんと5人のパート。従業員は73歳の男性以外の4人は女性である。このほか両親と妹など肉親が必要な時に手伝ってくれている。

働く人のなかには女性の名前が多く並ぶ

会社勤めか? 経営者か?

農業現場を転々とした後にキュウリの施設栽培を選んだ松尾さん

松尾さんは大工を主業とする第2種兼業農家の三姉妹の長女として生まれた。県立高校を中退後、「農業が好きだった」ことから、熊本県のミカンの農家や選果場など農業の生産現場を転々とする。ただ、当初は独立するつもりはなかった。

転機となったのは長崎県の農業法人での採用面接。社長から「会社勤めではなく、いずれ経営者になるつもりはあるか」と問われた。この時に初めて「独立」という言葉が心に浮かんだ。その法人で3年間勤めた後、それを実現すべく退職する。

独立する場所は決めていた。いまも両親や妹らが暮らす若木町川古(かわご)だ。松尾さんはその理由の一つをこう話す。「父が以前から家を継いでほしそうな雰囲気を出していたんです。それに高齢になっていたので、病気なんかが心配で……」
もう一つの理由は地元の農業が衰退する様を目にして、ここで雇用をつくりたいと思ったからだ。「親の世代は誰も子どもらに農家になることを勧めない。なんかそれが悲しかったんですよね」

単価が安定しているキュウリを選択

水田農業では人を雇用するどころか、自分一人が食べていくことすらできないことはほかの農家が示している。父親に助言を求めた結果、選んだのはキュウリの施設栽培。「単価が安定しているし、キュウリは好きな品目だったんです」(松尾さん)

選んだ理由はもう一つある。JAさがは2017年度から、農家になりたい人を2年かけて育てる研修施設「トレーニングファーム」を開設して、ちょうど研修生を募集していた。品目別に管内4カ所で用意した同施設のうち、松尾さんの実家から車で約10分と最も近かったところで作り方を教えていたのがキュウリだったのだ。

松尾さんにとって幸運だったのは指導教官が山口仁司(やまぐち・ひとし)さん(69)だったことだ。「仁司さんは『キュウリの神様』って呼ばれているほどすごい人だったんです」と松尾さんはいう。前回紹介した通り、山口さんはキュウリの施設栽培で環境制御技術を全国でもいち早く試し、反収40トン超えを実現した篤農家である。

松尾さんはトレーニングファームを卒業後、さらに半年間を山口さんのもとで修行した。園芸施設の施工が間に合わなかったためだ。ただ、いま振り返れば、これが奏功したという。
というのもトレーニングファームでの研修は実践という意味では物足りなかった。担当した施設が10アールと小さく、面積当たりの作業人数も多かったからだ。

一方、57アールでキュウリを栽培する山口さんの園芸施設は当たり前ながら実践的だった。「トレーニングファーム時代とは管理の仕方ががらりと変わりましたね。それこそ葉の摘み方から収穫の仕方まで、大規模な面積をこなすための作業管理について、徹底して鍛えられました」(松尾さん)

出だし2カ月で反収は9トン

松尾さんが建てたばかりの自分の園芸施設でキュウリを初めて定植したのは2020年12月。収穫は翌1月の10日から始めたばかり。研修の成果をいうにはまだ早いものの、たびたび見学に来る山口さんは「木がよくできている」と評価する。

その言葉通り、3月中旬日までの反収は9トン。トレーニングファームが同期間で設定している目標の倍近い数字となっている。松尾さんによると、取引のある各種資材メーカーの担当者は「40トン以上はいく」と見ているそうだ。この数字は全国平均の約3倍である。

規模拡大に向けて実績を積む

松尾さんの当面の目標は「とりあえず実績を残すこと」。というのも施設が立っている場所は借地。両隣には水田が続いているので、いずれ規模を広げる際には建て増しをしたい。そのためにも、まずは現在の面積で経営が成り立つことを証明し、地権者が安心して貸し出せるようにしたいという。
その際に課題となるのは労働力の確保。5人のパートは稲作の兼業農家なので、田植えや収穫の時期になると人手が足りなくなる。

「通年で働いてくれる、とくに若い人に来てほしい」(松尾さん)。過疎・高齢化が進むふるさとでは希望する人材はなかなか見当たらない。地域外も含めて探していたところ、正社員として働きたいという人が出てきた。いずれは雇った人たちを独立させていき、キュウリの栽培を産業としてふるさとに根付かせることが松尾さんの夢である。他者や社会のために独立した女性経営者のこれからを応援したい。

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