売れ行きは「悪くない」餃子をやめて味噌の販売
フェルマ木須代表の木須栄作(きす・えいさく)さん(41)は大学を卒業後、佐賀県の農業法人での1年間の研修を経て実家で就農した。法人化したのは2017年。作付け面積は稲が約40ヘクタール、もち麦が約50ヘクタール、豆とタカキビが合わせて約8ヘクタールに及ぶ。
このうちJAに出荷するのは共同プロジェクトで栽培している長粒米「ホシユタカ」だけ。自社で加工している「もち麦飴(あめ)」や「きゅうりアイス」も含め、残りはすべて卸売りか直売している。
同社のECサイトにある商品を見ると、佐賀県内で普及している稲の品種のほかに黒米や赤米、緑米などが並ぶ。なかでも目立つのは「『農家の手ごね』善ちゃん餃子(ぎょうざ)」。商品の箱には女性の似顔絵が描かれている。木須さんによれば、「善ちゃん」は木須さんの姉。姉が趣味で作り始めた餃子が家族の間で好評だったことから、商品にしたそうだ。材料の肉は伊万里牛、野菜は県産である。
売れ行きは「悪くない」とのこと。
ただ、「売るのは3月末でやめるんですよ」と木須さん(取材は3月中旬)。続けて返ってきた答えはさらに意外だった。「代わりに味噌を売ろうと思っているんです」
味噌といえば多くの農家が造り、農産物直売所で売っている。それなのに、なぜ、いま味噌なのか。
売るのは「味噌」ではなく「体験」
「味噌といっても出来上がったものを売るんじゃない。味噌づくりが体験できるキットを売るんです」
木須さんが2021年の秋にも売り出すというその商品「もち麦味噌手作りキット」を見せてもらった。
箱の中に入っていたのは真空状態で包装した米麦麹(こうじ)と煮大豆のほか、袋に入った塩と昆布、さらにポリ袋2枚と保存袋1枚。米と麦、大豆はすべてフェルマ木須が生産したもの。麹と煮大豆はいずれも自社で加工したものだ。味噌づくりの方法についてはキットに説明書を同封するほか、造っている様子を撮影した動画をYouTubeに載せた。
それにしても、売るのが味噌ではなく味噌づくりを体験するキットなのはなぜか。
「味噌よりも味噌づくりという体験を売ったほうが付加価値が付くと思ったからです。それに餃子と違って、味噌づくりの材料はほとんどうちで生産したものですからね。姉には餃子をやめて、味噌づくりのキットの仕事に専念してもらうことにしました」(木須さん)
規模拡大へ向けた投資のため
木須さんが「もち麦味噌手作りキット」とほぼ同時に売り出すと話したのが、麦わらを素材にしたストローだ。全国7つの農業法人などと事業体を作り、製品の規格の統一化や販売促進などに取り掛かる。麦をストローに加工して販売するのは国産麦の存在を知ってもらいたいということに加えて、世界的な脱プラスチックの流れを受けてのこと。
フェルマ木須はもち麦を使ったクッキーやチョコバーも試作する予定。これほどに商品づくりに余念がないのは、地域の農地を維持しながら、雇用を生み出したいという責任感と思いがある。
伊万里市でもまた農家の離農が止まらない。その農地を引き受けることによって、「うちの経営面積は近いうちに150ヘクタールとか200ヘクタールとかになるでしょう」と木須さんは見ている。
一般論として地権者から委託されても、引き受けないという選択肢もある。ただ、フェルマ木須は条件の悪い農地についても、地権者に小作料をゼロにしてもらうことで、なるべく引き受ける。小さな農地も少なくないので、それらはあぜを取り払って合筆している。その費用だけで年間数百万円がかかる。
さらにIT会社に委託して、圃場(ほじょう)管理システムを独自に開発中だ。水の出入り口や排水弁の場所などを地図上で立体的に表現できるようにする。入社してきたばかりの人でも早いうちに農作業に慣れてもらうのが目的だ。
こうした投資を続けていくためにも「種から袋詰め」は欠かせない。木須さんはこう語る。「『農業は儲からない』と嘆く農家がいるけど、僕らの仕事はそんなもんじゃないって思うんですよね。作るだけで金にならないなら、そのほかのこともやってみるべきですよ。そもそも『儲かる』とはどういうことか。人それぞれで違うので、自分のなかでそれを決めた方がいいのではと思っています」