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農家バンドの仕掛け人! 農業嫌いだった農家が情報発信に力を入れるワケ【農垢の素顔#1 しなやん】

熊谷 拓也

ライター:

連載企画:農垢の素顔

農家バンドの仕掛け人! 農業嫌いだった農家が情報発信に力を入れるワケ【農垢の素顔#1 しなやん】

今回が第1弾となる「農垢の素顔」は、Twitterで多くのフォロワーを獲得しているアカウント=垢(あか)を持つ日本中の農家さんのもとを訪ね、その魅力に迫るシリーズです。記念すべき初回を飾ってもらうのは、Twitterを介してつながった農家仲間と農家バンド「NOGIO(ノギオ)」を結成、5人のメンバーがそれぞれの圃場(ほじょう)でパフォーマンスをする動画で注目を集めた三重県四日市市のキュウリ農家「しなやん」さん(@shinayan_way)。少年時代は実家が農家であることを毛嫌いし、農業とは無縁の人生を歩んでいたものの、30代半ばで一念発起して農家に。就農直後から情報発信に力を入れるその姿勢の裏には、就農を志した際の強い思いがありました。

twitter twitter twitter

しなやん しなやん / 百姓🥒@shinayan_way
三重県四日市市のキュウリ農家。Twitterフォロワー5460人(2021年5月16日現在)。農園名「しなやかファーム」にちなんだ「しなやかきゅうり」を看板商品とし、就農3カ月目にして自主開催の交流イベント「しなやかフェス」を成功させる。生産者と消費者をつなげるためのツールとしてTwitterを最大限に活用。2021年4月、5人のメンバーが農家バンド「NOGIO」として、それぞれの圃場からリモートで楽器演奏のパフォーマンスをする動画をプロデュースし話題に。

再生回数12万回超え、Twitterで話題の「農家バンド」

2021年4月末。何気なくTwitterのタイムラインに目をやると、畑の中で熱唱・熱演する異色のミュージックビデオが流れてきました。ボーカル・ギター・ベース・キーボード・ドラムの5人が感情のままに演奏し、歌い上げる姿がありました。

140秒の動画はみるみるうちに再生回数が伸び、5月17日時点で12万回超え。Twitterで拡散された投稿には「サビの部分で鳥肌が立ちました」「感動して涙が出ました」とコメントが押し寄せました。投稿翌日には、日本農業新聞が電子版を含めて報道し、「8時間で4万回再生」などと反響の大きさを伝えました。

突如現れてTwitter界を席巻した農家バンド。その裏には、自粛ムードが漂うコロナ禍でも、つかの間の楽しい時間を届けたい、との思いがありました。仕掛け人の一人が、キュウリ農家のしなやん(本名・阿部俊樹)さんです。

きっかけはたわいない雑談から

農家バンドがTwitterに投稿した動画の切り抜き

Twitterに投稿された農家バンド「NOGIO」の動画の一シーン(画像提供:しなやん)

農家バンド結成のきっかけとなったのは、2020年末にネット上で初開催された「農系ポッドキャスト総会議」。そこに集ったメンバーたちのたわいない雑談から始まりました。

ポッドキャストとは、ネット配信される音声番組のことです。もともと、農作業中にラジオを聞く人が多かったこともあり、農家の間でリスナーが増えています。近ごろは、現役農家がパーソナリティーを務める番組も増えてきています。そんな農業に関係がある配信者たちが集まったのが、この「農系ポッドキャスト総会議」でした。全国各地のポッドキャスターがつながったこの日、会議の時間が過ぎても話題は尽きず、深夜に至るまで雑談が続いていました。

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その中で、音楽の話題が持ち上がりました。後にギター担当としてバンドに加わることになる「つるちゃん(@tsuru_chans)」が、「農家仲間とバンドをやる構想が以前からあるけれど、実現できていない……」とこぼしたのです。高校時代にベースの経験があったしなやんさんは、すぐに反応しました。農系ポッドキャストのことをまだ知らない人にその存在をアピールするための手段として、「農家バンド」に可能性を感じたからです。

話はトントン拍子で進みました。農家がバンドを組むなら、「TOKIO」以外にはあり得ない!と、テレビ番組で農業に真剣に向き合うことで知られるバンドをコピーしようと即決。つるちゃんとしなやんさんのポッドキャスト仲間の中から、キーボードとドラムを担当するメンバーが決まりました。ボーカルには、雑談に参加していたえいちゃん(@conse_ei)が名乗りを上げました。こうして、TOKIOが株式会社を立ち上げて再出発すると発表していた2021年4月の“デビュー”を目指して、準備を進めることになりました。

予想を超えた反響

しなやんさんがハウスでベースを練習する様子 (2)

動画撮影に向けて農作業の合間にベースの練習をするしなやんさん(画像提供:しなやん)

しなやんさんは、Twitterの投稿が最大限拡散されるよう、リツイート数の目標を明確に設定。達成するために必要なことを考え、具体的な計画を立てて行動しました。

真剣に楽器を演奏するのは、高校生の時以来でした。約20年ぶりにベースを手にしたしなやんさん。演奏する姿を人に見せるには、猛練習が必要でした。夏だけ栽培する家庭菜園のキュウリとは違って、しなやんさんの圃場では、3月半ばには収穫作業が始まります。それ以後は、6月末まで毎日、収穫と管理作業に追われる日々です。

5人のメンバーは青森、三重、福岡、宮崎在住と離れ離れのため、それぞれに農作業の合間を縫って練習。公開用の動画は、演奏風景を各自撮影し、映像を編集して完成させました。

いざ、動画公開の当日。メンバーを代表してつるちゃんがTwitterに投稿しました。

投稿に対する反響はメンバーの想像を超えました。自然体のまま無我夢中で音楽に身を委ねるメンバーの姿には、視聴者に訴える何かがあったようでした。熱心なTOKIOファンからも多くの応援メッセージが寄せられました。「農家をやっていて本当に良かった」。収穫繁忙期真っただ中のしなやんさんにとって、それまでの苦労が報われた瞬間でした。

「生産者と消費者の壁を壊す」、就農時から一貫する思い

農家が農場で本気でバンド演奏する──。しなやんさんがこのアイデアに飛びついたのには、自身の経験に基づく、ある理由がありました。それは、しなやんさんが就農した2017年から自主開催している「しなやかフェス」の存在です。

農×音楽で消費者をつなぐ「しなやかフェス」

しなやんさんが2018年に三重県四日市市で開いた「しなやかフェス」

2018年秋に三重県四日市市で開いた3回目の「しなやかフェス」。来場者と交流するしなやんさん(画像提供:しなやん)

しなやかフェスは、しなやんさんの農場「しなやかファーム」の“収穫祭”。普段はネット上の世界でつながっているTwitterのフォロワーを会場に招き、現実の場所で交流します。

コンセプトは「生産者と消費者の(間の)壁を壊す」こと。収穫祭なので、主役はしなやかファームのキュウリです。けれど、キュウリを味わう単なる試食会ではありません。「フェス」という名前の通り、会場には野外ステージが設けられ、DJやパフォーマーの生演奏が楽しめます。さらに、Twitterを通じた全国の支援者から提供された、野菜や肉、魚のバーベキューも用意。音楽と農のコラボレーションを楽しめるイベントになっています。

しなやんさんはこのフェスを、就農3カ月目の2017年10月に四日市市で初開催しました。この時は台風の影響で、急きょ一軒貸しの古民家に会場を移すというハプニングに見舞われたにもかかわらず、全国各地から約70人が参加しました。しかも、来場者のほとんどが三重県外からの参加者だったというので驚きです。

フェスはその後も、キュウリの収穫期に合わせて、年2回開催してきました。現在は、新型コロナウイルスの影響で開催を見合わせていますが、2019年4月までに名古屋市や高知県を含め計4回開催。延べ700人ほどを集客しました。

「生産者と消費者をつなぐ」というしなやかフェスの実績が認められ、2019年には、全国の優良事例を表彰する「マイナビ農業アワード」で優秀賞を受賞しています。

「生産者と消費者の壁を壊す」の原点

しなやんさんが2018年に三重県四日市市で開いた「しなやかフェス」

同じく、2018年秋の「しなやかフェス」。おいしそうなキュウリに、来場者のほほが緩む(画像提供:しなやん)

就農3カ月目にしてイベントを開くのは、無謀とも言えるほど型破りな挑戦です。しかし、栽培に向き合う時間を割いてでも、「生産者と消費者の壁を壊す」ための行動を取ったのは、農家を志した動機と重なる理由があったからでした。

しなやんさんは農家になる前、名古屋市でエステサロンを経営していました。「女性の美しさとは何か」を追求していくうちに、体の内面から美しくなるには食べ物が密接に関わっていることを確信します。

そんな時、ふと頭をよぎったのが、実家のことでした。高校卒業と同時に離れた四日市市の実家は、地元では典型的な兼業農家です。子ども時代、友達にうちが農家であることを伝えることにも抵抗があったくらいに農業を毛嫌いしていました。大学進学を機に、18歳で名古屋市で独り暮らしを始めました。内心、長男だからと後を継ぐことにならないように、との思いがあったと言います。

「さんざんばかにしてきたけれど、実は農業ってすごいじゃん」。その思いに突き動かされるように、しなやんさんは農業について調べるようになりました。そこで感じたのが、農業のリアルな世界が見えてこない違和感でした。農業は「きつい、汚い、危険」の3Kだと言われるものの、実際にはそれは農家自身の言葉ではなく、第三者による評価でした。

「どうしてこんなに大切なのに、実際の農家の声が届いてこないんだろう。消費者の側が知ろうとしないことも問題だし、生産者の側はもっと発信した方がいい」。使命感のような思いが芽生え、就農に対する意欲がわいてきました。

就農は「家族のための選択」

取材に応じるきゅうり農家のしなやんさん

取材に応じるしなやんさん。「自分をきっかけに農業に関心を持ってくれる人が増えてほしい」

四日市市には幸い、実家の農地がありました。もともとこだわりが強く、人にやらせるよりは自分でやりたい性分というしなやんさん。しかも、ちょうどそのタイミングで仕事のトラブルも重なり、まるで神様に「農業をやりなさい」と啓示されているかのように感じたとか。

けれど、しなやんさんは当時すでに結婚していて、3人の子どもがいました。安定した生活を捨てて農家になるなんて、それまで農業とは無縁の環境で生きてきた妻の絵美(えみ)さんにとっては思ってもみない話です。

しなやんさんにとっての就農は、「家族のための選択」という思いもありました。確かに都会の生活は便利ですが、一方で、田舎には田舎にしかない魅力もあります。名古屋の街なかで生まれ育った子どもたちには、もっと伸び伸びとした環境で育ってほしいという願いもありました。

夫婦での話し合いを重ねた末、最後には絵美さんも就農を認めてくれました。

未経験からの挑戦に次ぐ挑戦

兼業農家の生まれとはいえ、子どもの頃には、田植えと稲刈りを手伝った程度。社会に出てからはずっと都会暮らしで、家庭菜園の経験さえもありませんでした。

相談に訪れた三重県の就農支援機関では、担当者に就農を思い直すように説得されました。けれど、しなやんさんの決意は揺らぎませんでした。「生産者の思いを消費者に伝えたい」「食べ物の尊さをもっと多くの人に伝えたい」。どうしたらそこまで最短距離でたどり着けるのか。ただただ、そればかりを考えていました。

なぜ、キュウリを選んだのか

きゅうりを栽培するハウスで仕事をするしなやんさん

収穫の合間には芽かきと誘引の作業。収穫シーズンは収穫と管理作業を同時にこなす必要があるため特に忙しい

最初からキュウリにこだわりがあったわけではありませんでした。しかしながら、最終的にキュウリを選んだのには、明確な理由があります。それは、四日市市にキュウリ農家がいなかったこと。

トマトやイチゴの農家はたくさんいます。そうした品目を選べば、頼れる先生やお手本となる先輩も見つけやすくなるので、未経験者にとっては無難な選択です。けれど、しなやんさんが重視していたのは、「農家の生の声を消費者に届けること」でした。地元にライバルがいないなら、キュウリ=しなやんという構図が自然に生まれます。「スーパーでキュウリを買うときにしなやんの顔が浮かぶ」。いずれそう言われるようになることを目指し、四日市で唯一のキュウリ農家になることを決めました。

仕事を辞めるまでの間、週末は岐阜県の農家のもとへ研修に通い、栽培の基礎を学びました。期間は半年でしたが都合がつかない日も多く、実質1カ月程度の準備期間を経て、農家として独立する運びとなりました。

案の定、就農1年目の秋作でいきなり、ピンチを迎えました。ある日ハウスに行ったら、葉の表面が白くなっていました。原因は「うどんこ病」でした。キュウリ農家であれば必ず知っている病気です。しかし、しなやんさんは知識不足のため、目の前にある問題の大きさを認識できませんでした。数日後、ハウスの中は一面真っ白に。こうなると、もう手遅れです。直ちに普及指導員に相談し、農薬をまいて対処しましたが、ただただ枯れていくのを見守るだけ。大失敗ではあったものの、次につながる貴重な経験になりました。

そんな状況でも、SNSでの情報発信は変わらず続けました。農産物ができていく喜びだけでなく、人には見せたくない失敗も、すべて分け隔てなく公開しました。ほとんどの農家が見せたがらない農薬散布についても隠しませんでした。「隠すことで憶測を呼び、不要な分断が生まれる」。根底にはそうした思いがありました。

むしろ、農業初心者の自分が経験も知識もないなりに、農業に真剣に向き合っている姿を示すことに意味を見いだしていました。「就農1年目は二度とやってこない。今だからこそ、人の巻き込み力が何百倍にもなる」。そこには情報発信に対するぶれない信念がありました。

やっと立てたスタート地点、キュウリで勝負する

しなやかきゅうり(ロゴ入り)

しなやかファームの看板商品「しなやかきゅうり」。中央がその証となるオリジナルのロゴマーク(画像提供:しなやん)

専業のキュウリ農家としては、見た目がきれいなものを数多くそろえて出荷した方が経営は安定しやすくなります。ところが、しなやんさんは消費者と直接つながって交流する中で、「本当においしいキュウリを届けたい」との思いが強くなりました。そして2020年、しなやんさんにとって、運命的な出来事がありました。それが「ブルームキュウリ」との出会いです。

「ブルーム」とは果粉のこと。果実の表面に付く白い粉で、果物などにも見られます。この粉は、新鮮で熟した果実であることを示す証であるにもかかわらず、「農薬が付いている」と消費者に誤解されてクレームが入るリスクがあります。現在、世間に出回っているキュウリは大半が「ブルームレス(ブルームのない)キュウリ」だそうです。生産者がよりリスクの少ない方を選ぶうちに、ブルームキュウリは市場から淘汰(とうた)されてしまったようです。

しなやんさんはこのブルームキュウリの存在を、とある漫画で知りました。「消費者が知らない、おいしいキュウリがある」というエピソードに興味を持ち、付き合いのある種苗メーカーを通じて苗を取り寄せました。実際に栽培し、試食してみると、これまで持っていたキュウリのイメージを覆すような確かな違いを感じました。

ブルームレスキュウリは、皮が厚いため日持ちしやすく、果肉が柔らかくみずみずしいことが特徴です。対するブルームキュウリは、果粉がキュウリを守る役割をしてくれるため皮が薄く、果肉が引き締まっていて味が凝縮されているそうです。

このブルームキュウリの特徴が、しなやんさんが農園の看板として思い描く「しなやかきゅうり」のイメージにぴったりと当てはまりました。2021年春からは、現在管理する11アール分のすべてのハウスをこのブルームキュウリに切り替えました。秋には圃場を約20アールに拡大し、生産体制を強化する予定です。

就農してから5年目。「キュウリ農家としては、ようやく今、スタート地点に立てたところ」だと感じているしなやんさん。このブルームキュウリを引っ提げて、次なるステップに踏み出していきます。

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