市の補助で利用料を抑制、利用者の声は
クボタは耕作放棄の防止や新規就農の促進に向け、2021年2月に茨城県つくばみらい市と連携協定を締結した。その協定の一環として、農機を複数の利用者で共同利用するシェアリングサービスを同市の協力のもとで5月に開始した。
第1弾として、21馬力の小型のトラクターを用意した。装着するアタッチメントは2種類。畑を耕す機械と、サツマイモを育てるための畝を立ててマルチを張る機械だ。地元の農家への事前のヒアリングでサツマイモ用の機械を使いたいとの要望が強かったため、この2種類にした。
機械を保管する場所は、つくばみらい市の郊外にある元幼稚園の敷地。クボタが同市から無償で借り受けた。入り口の前に大きな屋根があるため、雨天でもぬれずにアタッチメントの装着などの作業ができる利点がある。
機械を使いたい農家は事前にサービスに登録し、利用日時を予約してここに取りに来る。利用料は1時間当たりで2200円。市がクボタを資金面で補助しているため、利用料を低く抑えることが可能になっている。
登録した農家は5人で、年齢は20~50代。うち4人は新規就農者や就農を準備している人。残りの1人は地元のベテランのコメ農家で、新たにサツマイモの栽培を始めるため、このサービスに登録した。
取材で訪ねた日、トラクターを借りに来たのは、近くで就農したばかりの千原啓介(ちはら・けいすけ)さん。畝立てとマルチ張り用のアタッチメントを装着すると、そのままトラクターに乗って畑に向かった。
千原さんは現在、29歳。複数の農業法人で6年ほど働いた後、4月に0.4ヘクタールの畑を借りて独立した。トラクターを持っていないため、当初はいまも継続して働いている農業法人から借りようと思っていた。
シェアリングサービスは市の紹介を受け、利用してみることにした。実際に利用してみて実感したメリットは三つある。保管場所が畑から近くて、利用料が安く、しかも機械が新品なので乗り心地が快適だという点だ。千原さんは「就農のタイミングでこのサービスが始まってくれてよかった」と話す。
「ピカピカにして戻さなくていい」で負担軽減
クボタの農機シェアリングサービスは何気なく考えたもののように見えて、じつは事前の実証実験で得た知見が生かされている。
例えば、実証実験ではある農家が所有している農機を、他の農家が共同で使う手法を試してみた。事前にある程度予想されたことだが、顔見知り以外に貸すのを所有者がためらうため、この方法はうまくいかなかった。
遠くの農家が借りようとすると、トラクターを運ぶトラックが必要になる点がネックになることもわかった。トラクターはスピードが出ないため、移動時間がかさむからだ。そしてトラックを手配すれば運送料がかかる。
このため実際のサービスは、農機をクボタが所有したまま、複数の農家が借りて使う形にした。トラクターでも行ける近い距離に、サービスを希望する農家が集まっていることも条件の一つ。就農希望者を含め、農家に関する情報を持っている自治体と連携したことがここで生きた。
農家の負担を、トラクターの軽油代を含めて2200円の利用料に集約したのも工夫の一つだ。農家がサービスの利用コストを把握しやすいようにするためだ。走行距離が一定の水準に達すると、クボタがガソリンスタンドに連絡し、軽油の缶を農機の保管場所に運んでもらう仕組みにした。
また、農家同士のトラブルを防ぐうえで重要なのが、使った後のトラクターやアタッチメントの掃除。これは「付近の住民から苦情が出ないこと」を目的に、「道路を走ったときに土が落ちない程度」を基準にすることにした。
もし次に使う農家に過度に配慮し、ピカピカの状態に戻すのを条件にしたら、サービスの利用を負担に感じる可能性があるからだ。一方で、他の畑でついた土を、自分の畑に持ち込みたくないと思う農家がいる可能性もある。その場合は幼稚園の敷地内にある水道を使い、自分で洗うよう勧めている。
クボタはつくばみらい市に続き、すでに京都府亀岡市でも農機のシェアリングサービスを始めている。サービスの細かい内容は利用者が増えるのに伴い、さらに改善していく。軌道に乗れば、他の地域に広げる可能性もある。
サービス拡大により農機の販売量が減る心配はないのか
ここまで読んできて、とてもシンプルな疑問を抱いている人がいるのではないだろうか。シェアリングサービスが本格的に広まれば、農機の販売量が減ってしまうのではないか。それはクボタにとってプラスになるのか。
この点について、クボタは二つの点から説明してくれた。一つは現実のビジネス面からの説明だ。いまは栽培面積の小さい新規就農者による利用が中心のため、小型のトラクターで間に合ううえ、共同利用も成り立つ。
だが営農がうまくいって規模が大きくなると、効率を高めるために大型の機械が必要になる。共同利用では不便と感じるようになる可能性もある。千原さんも「ゆくゆくは自分の機械を購入したい」と話す。シェアリングサービスは、近い将来販売につなげるための「呼び水」と見ることもできる。
もう一つは、農業の発展にいかに貢献するかという面からの説明だ。クボタの担当者は「初期投資がかさむことが就農のハードルになっている」と強調する。将来の担い手を確保するには、非農家の出身者が農業に挑みやすい環境を整えることも必要。シェアリングサービスはそのための一助になる。
この点に関連し、クボタは「サービスが非農家出身者のコミュニティーの核になってほしい」と期待する。機械の共同利用を通して農家の知り合いができれば、営農に関して意見を交換したり、励まし合ったりする仲間に発展するかもしれない。これは新規就農者にとって大きな支えになるだろう。
もちろん、こうした副次的な効果は、農機の売り先を長期的に確保するための戦略の一環と見ることもできる。だが肝心なのは、農業が衰退してしまうような未来には、クボタの発展もないという点だ。シェアリングサービスはそのために踏み出した、ささやかだが大切な一歩と言える。