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品目を増やす工夫で農福連携を円滑に 収益性はあるのか

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

品目を増やす工夫で農福連携を円滑に 収益性はあるのか

農福連携という言葉をここ数年、よく耳にするようになった。農業は人手が不足しており、軽い農作業なら障害のある人でもこなせそうに見える。だがこれは詳しい知識を持たない筆者が外から見ての印象。実際にはどんな課題と可能性があるのか。農福連携に取り組む農業法人、ネクサスグリーン(埼玉県久喜市)代表の吉田雅(よしだ・まさし)さんにインタビューした。

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新たな品目、新たな販路を開拓

ネクサスグリーンは設立が2019年4月。2020年3月に埼玉県から「就労継続支援B型事業所」の指定を受けた。一般企業で働くのが困難な障害者に就労の機会を提供するとともに、働くための訓練の場となる施設を指す。

障害者との間で雇用契約は結ばず、施設の「利用者」という形式で自分のペースで働いてもらう。利用者には生産活動などに応じ、「工賃」を支払う。ネクサスグリーンは梨やネギ、シイタケを栽培しており、作物の収穫や調整、袋詰め、シール貼りなどの作業を利用者の仕事として用意している。

吉田さんは現在、33歳。以前は運送会社で働きながら仲間とバンドを組み、ライブハウスなどで演奏していた。担当はドラム。いずれ音楽活動をメインの仕事にすることを目指していたが、梨を栽培していた祖父が体調を崩したのをきっかけに、運送会社をやめて実家で就農した。9年前のことだ。

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利用者たちの作業の様子(写真提供:ネクサスグリーン)

「祖父が大切に育ててきた梨の木を守りたい」。吉田さんはそんな思いを抱いて就農したという。最初のころは農作業をきついと感じたが、気がつくと「農業は素晴らしい仕事だ」と思うようになっていた。そこで1年ほどたったときに営農を拡大するため、ネギの栽培にも挑戦することにした。

その際、吉田さんがこだわった点が一つある。自分の育てた作物を食べてくれる消費者と直接つながることだ。そのため、農協を通して市場に出荷せず、地元の直売所などで販売することにした。もともと梨を実家で直売していたこともあり、ネギを自分で販売するのはごく自然な選択だった。

消費者と直接つながっていたいとの思いは、そのまま地域密着という考え方にも結びついていった。それを実現するため、新たな販路として開拓したのが学校給食だ。久喜市が地産地消を推進していることも追い風になり、地元の小中学校の給食用にネギを販売できるようになった。

農福連携はその延長だ。プロのミュージシャンになる夢を封印して始めた農業だったが、思いのほか魅力的な仕事だった。他の仕事が難しい人でも、同じように農業を楽しいと感じてくれるのではないか。それが地域貢献になると考え、農業と福祉の両方を手がけるネクサスグリーンを設立した。

地域密着の農業を目指している

地域密着の農業を目指している

どのようにして周年で仕事のある作物を拡充したのか

ネクサスグリーンで農作業をしている障害者は現在、9人いる。2020年7月に1人目が訪れ、その後、少しずつ増えていった。吉田さんは「もっと早く集まると思っていた」と話す。だが福祉サービスで何が必要かを学ぶうえで、利用者の増加ペースが緩やかだったのはけしてマイナスではないだろう。

吉田さんはその点に関し、「適材適所で作業を割り振ることが大切と気づいた」と指摘する。屋外での作業が苦手な人には、室内で袋詰めやシール貼りをやってもらう。週に5日来る人もいれば、2日しか来ない人もいる。それを踏まえ、全体の作業スケジュールを考えるのも、運営側の重要な仕事だ。

ときに効率を後回しにすることもある。ネギの定植は機械を使っているが、その作業を利用者に任せるのは難しい。そこで畑の一部を割り振り、手で苗を植えてもらうことにした。吉田さんは「非効率なこともあえて取り入れることで、少しでも作業を楽しんでもらえるようにしたい」と話す。

ネギ

ネギは周年で収穫できるようにした

B型事業所は利用者が自分のペースで働けるのが原則のため、働きたいと思ったときに仕事があることが必要。だが農業の場合、収穫物がなければ調整や袋詰めといった作業も発生しない。そこで、以前は4~6月はネギを収穫していなかったが、2020年から一年中収穫できるように栽培計画を改めた。

その一環として、2021年からシイタケの栽培も始めた。シイタケは周年で収穫できるうえ、空調の効いたハウスの中で育てるため夏場でも快適に作業することができる。しかも軽いので作業が楽。これも利用者ができるだけ気軽に農場に来ることができるようにするための工夫だ。

ここで注意が必要なのは、一連の作業は必ずしも利用者が栽培技術を覚え、農家として独り立ちするための訓練ではないという点だ。吉田さんは「約束した時間に来て仕事をして、休憩時間には休む。就労とはどういうものなのかを、農業を通して学ぶことのできる場にしていきたい」と話す。

シイタケ

新たに栽培を始めたシイタケ

農業の人手不足の解消手段ではない

最後に農福連携の収益性にも触れておこう。B型事業所は、利用者が事業所と雇用契約を結んで働いているわけではないため、最低賃金は適用されない。事業所の運営費に充てるため国から一定の補助金も支給される。

一方で、B型事業所を運営するには、障害者が就労の訓練を適切に積むことができるようにスタッフをそろえる必要がある。施設の管理者と福祉関連で実務経験のあるサービス管理責任者、職業指導員、生活支援員だ。

その結果、ネクサスグリーンでは吉田さんを含めて5人が働いている。農場は梨が0.4ヘクタールでネギが1ヘクタール、さらにシイタケのハウスが1棟。けして大規模とは言えない農場で、5人の給与を固定費として負担するのは収益的に楽ではない。実際、採算が合うようになったのはごく最近だ。

利用者の感謝の言葉

利用者の感謝の言葉がやりがいになっている

それでも吉田さんがこの仕事を続けたいと思うのは、利用者から「ここに来るのが楽しい」と言ってもらえることがあるからだ。保護者から「ほかの施設では定着できなかったのに、いまは楽しく通ってます」と感謝されることもある。そうした言葉が、吉田さんたちにとって大きな励みになる。

農業の人手不足の解消に役立つかのようなことを冒頭に書いたが、農福連携はそんな単純な発想でできる取り組みではない。吉田さんは「さまざまな人と関わることができる点にやりがいを感じている」と話す。この言葉の背後にある強い思いこそが、農福連携を成り立たせているのだと感じた。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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