アイス作りは難しい?
今回農産物のアイスクリーム加工について教えてくれたのは、合同会社千日デザインアソシエーション(広島県豊田郡)の代表であり、岡山県岡山市にあるアイスクリーム店AOBA(あおば)を運営している乙倉慎司(おとくら・しんじ)さんです。
AOBAでは、果物・野菜を主役にしたアイスを提供しています。岡山県北部の蒜山(ひるぜん)ジャージー乳の牛乳から作ったアイスミルクをベースに、注文を受けてから岡山の果物・野菜をブレンドして出しています。AOBAのアイスには熱烈なファンも多く、お店だけではなくて自宅でも食べたいというお客さんの声がありました。
しかし「アイスの商品化は、1種類だけでもかなり大変なんです」と乙倉さんは話します。乳製品として作る場合、果物・野菜を既定の温度以上で熱処理したものでなければならないといった殺菌の基準があるなど、許可をとるのが一苦労。
その基準をクリアした後は、カップや包材などのパッケージをロット単位で作らなければなりません。
初期のロット数は何千個、何万個と頼まなければ1個当たりの値段が高くなるため、パッケージ作りひとつでも20万、30万円と費用がかかります。アイスを商品化するまでは長い道のりなのです。
農家さんの果物や野菜を味わうアイスをもっと手軽に作ることはできないか。そこで誕生したのがプレーンアイスでした。
プレーンアイスは、ジャムや果物など好きな食材と組み合わせて食べるアイスです。
岡山のブランド牛乳である蒜山ジャージー乳を使用した「Milk」、卵の濃厚さをプラスした「Egg&Milk」、豆乳など植物原料で作ったビーガンの人にもおすすめの「SoyMilk」の3種あります。無添加で作ることにもこだわり、例えば、一般的なアイスには食感などを調整するために安定剤や増粘多糖類が入りますが、プレーンアイスは代わりに米粉をつかっています。
乙倉さんたちは、食べた人が農産物の味をメインにおいしく味わえるように、プレーンアイスは甘くなくてもいいのではと考えました。試作を重ねるうちに段々と砂糖の量が減り、今はほんのり感じる程度の甘みです。
アイスクリーム店AOBAの店頭で出しているものと同じ状態になるように、冷凍した農産物をあらかじめアイスに混ぜたものを販売することを想定していましたが、もっとアイスの裾野を広げられるようなものを作りたいと考えた時に、果物や野菜を使ったアイスを作る方法は混ぜるだけではないということに気付きました。
「アレンジして食べる」という選択です。
マーケティングできるプレーンアイス
「アレンジして食べる」というのは、プレーンアイスの上に、ジャムやソースをトッピングして食べる方法です。混ぜるのではなく、ジャムやソースなど比較的作りやすい加工品と組み合わせれば、少ない手間でその農園オリジナルの味が作れます。
実際にアイスに加工し、販売するとなると商品化までの道のりは遠い。お金と労力をかけた商品はもちろん売れてほしい。可能であれば、商品化する前に「売れる」という確信が欲しいはずです。まずはプレーンアイスで試してみるのも一つの手です。
「プレーンアイスは、農家さんのファーストアクションのキッカケになるアイスであればいいなと思っています。最初の段階で実験的につかってみて、アイスを手掛けることに積極的になってもらうというイメージです。実際にアイス作りをスタートさせたいと思ったら、商品化する際にAOBAのプレーンアイスを使うことだけが選択肢ではありません。岡山市から遠い場所に住んでいる場合は送料のことなどを配慮して、住んでいる地域のアイスを扱っているところと協力して開発する方が良いと思います。我々としてはおいしいアイスが増えればハッピーなので」(乙倉さん)
乙倉さんの提案するプランは、次のとおり。
①プレーンアイスで試作してみる
②自分たちで試食しながら、作りなおす
③外部の人に食べてもらう
④味のレビューをまとめる
⑤反応が悪ければ、また試作する
そして、反応が良ければ商品化します。
マーケティングのツールとしてプレーンアイスをつかう。何も試さずに本格的に始めるとなると、不安があります。商品化した後の成功率を少しでも高くしておくべきです。
プレーンアイスの味の特徴と、どんな作物が合うのか
それぞれのアイスにどんな農作物が合うのか、乙倉さんに説明してもらいました。
Milk:水分量が多く、味が繊細な果物と相性抜群。
また、卵や豆の風味がないため1番ストレートに果物・野菜の風味を味わうことができるのも特徴的です。
Milk&Egg:芋・栗・かぼちゃなど比較的味がしっかりしている作物と合わせることで卵のまろやかさが加わり、より濃厚な味わいです。
SoyMilk:ナッツや豆類・ゴマなどと相性が良いです。
植物由来のため、より多くの人が安心して食べることができます。
農家がアイス加工をできるのか、事例
「補助金を受給するもののうまくいかない農家さんが非常に多い。そういった6次産業化の現状や、規格外品のフードロスなどの課題解決をお手伝いできればなと思い、生産者さんとオカネツ工業が協力して、果物や野菜とアイスを混ぜるアイスクリームブレンダーの開発がスタートしました」(乙倉さん)
これに製品開発から携わった農家は、岡山市東区にある奥山いちご農園です。
三者間で密な意見交換を行い、素人でも比較的操作が簡単なアイスクリームブレンダーが完成しました。
奥山いちご農園は、農園の店舗で売れ残ったイチゴは青果市場に出荷していたのですが、販売価格が安いうえに、誰にどう売られるか分からないことに不安がありました。店先で傷んだ状態で売られているのを見てしまったことも。自分たちで育てたイチゴは、自分たちでどうにかしたいという思いがありました。
解決策として選んだのはアイスやジュースを提供するカフェを運営すること。
市場に出荷するよりも単価がアップし、売り上げがあがりました。そしてカフェでアイス提供を始めてからなによりも良かったのは、家族みんなで夜ごはんを一緒に食べられるようになったことです。毎日夜中までパック詰めする作業が無くなり、カフェをオープンして3日後の夜にはみんなで焼肉を食べに行くことができました。利益だけではなくて時間の確保ができた成功例です。
アイス加工はどうすれば黒字化できるのか
どうすればアイスで黒字化できるのか、乙倉さんに聞くと次のように教えてくれました。
「成功されている農家さんに共通していることは、加工品づくりの前に『おいしくてファンが多い』ということ。アイスという取り組みでファンづくりが加速される流れが理想です。栽培している農産物に対してこだわりをもっていることが前提で、よりさまざまなおいしさのカタチをお届けするためにアイスを作る、というフローがいいのかもしれません。
他にも成功されている農家さんには共通項があります。それは、農園内で働く人の役割がしっかりと分担されていること。例えば家族経営の場合だと、息子さん、娘さんがネット販売やカフェ経営を担当し、お父さんが栽培を担当する、お母さんが人当たりがよく営業上手といったように、それぞれが役割をしっかり担っていることが重要です。
売り上げのために加工品づくりをするのはもちろんですが、現状の経営の仕組みや仕事量と照らし合わせて、ネット販売などや店舗に卸すアイスを作るのか、カフェやレストランで出すのか、そもそもアイスの事業はやめておいた方が良いのかを判断すべきです。最初に本当にやるべきかどうかを考えるのは非常に大切です。
忙しい生産者さんが年中アイスを加工するのは想像以上に大変なので、夏だけなどシーズンを絞った方がよいかもしれません
果物とアイスをセットで売ってみる、加工したジャム・ソースと一緒に売ってみるなど、
小さなテストの繰り返しでファンの獲得ができれば、スタートさせる価値はあります」
乙倉さんは最後に、農家さんのアイス作りにおける大切な考え方を教えてくれました。
「『なんかアイス食べたいな』と思い、コンビニを訪れるもののベストなアイスが無いと感じる人は多いのでは。これまでのアイスは、完全にできあがったものを受動的に食べるだけでした。プレーンアイスのように、好きなものと合わせたアレンジや、生産者さんの背景などを自分でプラスして食べることができるというのは、新しい食べ方を提供することになります。例えば僕は黒イチジクを栽培している農家さんが大好きなんですけど、そこの黒イチジクでアイスを作ってみたら僕にとっては200点です。”私だけのアイス”という可能性は、多くの人のニーズに応える結果になるといえます。プレーンアイスをきっかけに、それぞれの農家さんにしか作れない200点のアイスが、たくさん生まれるようになればと嬉しいです。」
定番商品に留まらず、ちょっとした‟プラスの楽しみ”を求める消費者が増え、新しい価値、可能性のある商品を求めています。
野菜とアイスをどのように組み合わせているの?
アスパラガスとアイスを混ぜればそれで完成というわけにはいきません。
AOBAでは、アスパラガスを事前に加熱しペースト状にしたものを冷凍しておいて、ブロック状に切ったものをアイスと混ぜています。ほうれん草は、生のほうれん草をパウダー状にして使用。
冷凍したものをそのまま混ぜることができる果物と比べると、野菜の方が下処理、調理が必要な場合が多いです。味の調整も野菜の方が難しいといえます。
繰り返し試作をしてベストな答えを探し、おいしいアイスは完成されていくのですね。