1日の労働時間は最大6時間! 休める酪農をかなえる「循環型酪農」とは
公開日:2021年08月03日
最終更新日:
全国の農家を渡り歩いているフリーランス農家のコバマツです。今回やってきたのは北海道広尾町。
酪農といえば、動物を相手にするお仕事で365日休みがなく労働時間が長いということが一般的です。が、ここ広尾町に一日の労働時間が5~6時間で休みも取れるという酪農家がいると聞いてやってきました。
北海道=大規模に大量生産というイメージですが、牛と人の健康と幸せを考えた末に生み出された酪農家の働き方改革に迫ります。
牛舎飼いから放牧酪農へ
今回やってきたのは北海道、十勝地方の広尾町。北海道の中でも酪農が盛んな地域で車を走らせていると、あちこちに牧場が見えます。
のびのびと放牧されている牛たち
酪農といえば動物相手の仕事。毎日お世話をしなければならないので休みがないイメージです……。コバマツなりに、酪農家が休みを増やすためにできることを考えてみました。
「牛舎作業の効率化で、機械化して人の手がかからない牧場にするとか?」
「牛の頭数を減らして、乳製品のブランディングをして価値を高めて売り上げを上げるとか?」
そんなことを考えていましたが、もっとシンプルな方法で酪農家の働き方を改革しているこの人に今回はインタビューをしていきます!
■鈴木敏文(すずき・としふみ)さんプロフィール
1982年生まれ。北海道広尾町の酪農家のもとに生まれる。帯広畜産大学別科草地畜産専修卒業。卒業後は、北海道帯広市内の食品関係のメーカーに就職した後、22歳で実家の牧場で就農。牛の伝染病による牧場経営の大打撃を2度経験したことをきっかけに、病気にならない健康な牛作りをすることを決意し、牛舎飼いから放牧酪農へ転換する。その取り組みが評価を受け、2015年に全国青年農業者会議で畜産経営部門最優秀賞(農林水産大臣賞)、農林水産省主催「サステナアワード2020伝えたい日本の“サステナブル”」にて実践賞を受賞。現在は耕作面積66ヘクタール、総飼養頭数120頭(うち搾乳牛55頭)を鈴木さんの母、妻のなつきさん、実習生1人と計4人で経営している。現在は飼料のJASオーガニック認定を受けて生乳、牛肉、鶏卵の認定も申請中。を使って加工品の製造・販売をすることが目標。
コバマツ
うわー! すっごくのびのびとしていて、見るからに健康的な牛たちですね‼ 毛並みもすごいつやつや!
のびのびと自由に草を食べる牛たち
鈴木牧場では、「牧場から健康と幸せを届ける」を理念として掲げて、健康な牛を育てることを目指して牧場経営をしています。今はほとんど牛の病気も発生していなくて、皆健康そのものです!
鈴木さん
コバマツ
「今は」ということは、以前は病気などが発生していたのでしょうか?
はい……。僕は22歳で実家で就農したのですが、就農して5年後に2回も牛の伝染病が牧場で出てしまい、太刀打ちできなくなり牛を大量に処分しなくてはならない事態が発生しました。
鈴木さん
牛舎を清掃する鈴木さん
コバマツ
えー! 今の鈴木牧場の牛たちからは想像ができないですね! 何を改善したらこんなに健康的な牛が育つようになったのでしょうか?
当時は牛舎飼いで、エサも輸入ものの配合飼料。健康管理もサプリメントや抗生物質に頼る飼育をしていたんです。でも、その伝染病がきっかけで「予防こそが最大の治療」ということに気づき、「牛の健康を管理する」ということに徹底的に取り組むことを決意しました。
鈴木さん
コバマツ
伝染病が従来の牧場経営のあり方を見直すきっかけだったんですね! そこから具体的にどのように経営を切り替えていったのでしょうか?
牛に与える食べ物に徹底的にこだわろうと思い、「循環型酪農」に切り替えていきました!
鈴木さん
コバマツ
循環型酪農!! 聞いたことがあります。自然の資源を無駄なく再利用して循環させていく、環境にやさしい酪農ですよね。具体的にはどういったことをしたのでしょうか?
うちの牧場では、従来の牛舎飼いをやめて、さらに自然に近い牧場経営を行うために放牧酪農へ転換し、エサも配合飼料をほとんど与えず、牧草を中心とするものにシフトしていきました。
鈴木さん
牛のふん尿が栄養となって良い土を作り、
良い土作りが栄養価のある草を育て、
2018年に無農薬・無化学肥料の牧草栽培を実現
それを食べた牛が健康的になり、
健康的な牛が健康的な乳を出してくれる。
質の良い牛乳を搾ることができる
さらに牛が良質なふん尿を出し、より良い土壌を作る。
鈴木さん
コバマツ
牛の排せつ物が栄養たっぷりの土壌を作り、栄養価の高い牧草を牛が自由に食べて、その牛の排せつ物がまた肥沃(ひよく)な土壌を作る。
放牧なので、ずっと牛舎でつながれて飼料を食べて育っている牛と全然育てられ方が違うのもポイントですね。
このような循環型酪農を実践していることに最近評価をいただき、牧草のJASオーガニック認定を受けたり、農林水産省主催の「サステナアワード2020伝えたい日本の“サステナブル”」で実践賞を受賞したりするようにもなりました。
鈴木さん
2020年にJAS認定の認証を受ける
サステナアワード2020でも表彰を受ける
さらに、牛を健康に育てるために今までは塩化ナトリウムの鉱塩を与えていたのですが、やはりミネラル豊富な天然塩を与えたくて自分の牧場で塩作りを始めました。
鈴木さん
広尾町は海に面している町。漁協の協力を得て海水を牧場に運んでいる
自ら海水を煮詰めて牛たちに与える塩を作る鈴木さん
ミネラルたっぷりの塩を食べる牛たち
コバマツ
塩までこだわるんですか!! これもまた、自然由来のもので栄養価が高そう!
牛が本来食べる草を育てるため土作りから行うこと、さらに放牧を行い自由に動き回らせることで、健康的な牛を育てることに成功したんですね!
牛飼いの働き方改革
コバマツ
牛舎飼いから放牧での循環型酪農に転換し、牧場経営にどのような変化がありましたか?
圧倒的に牛の病気が減りましたね。今までは、牛が病気になる前提で働いていたので、薬の投与や病気になった牛たちの世話をするという手間がありましたが、それがなくなりました。
あとは、放牧をしているので、排せつ物の処理や、エサを与えるなど、今まで人手を必要としていた作業も減り、経費削減にもなりましたし、労働時間も減りました。
鈴木さん
コバマツ
病気が減れば、対処する費用も手間も減る。エサも放牧地で自給して自由に牛たちに食べてもらうことができれば、こちらもエサ代も手間も減る。
牛にできることは牛に任せることができれば、効率的な牧場経営ができそうですね!
労働時間でいうと、循環型酪農を行う前は1日12~16時間ほど働いていましたが、現在は1日4~6時間ほどになりましたね!
鈴木さん
コバマツ
今までの半分! いや、それ以下の労働時間になっていますね! 何人で牧場を回していて、そのような労働時間なのでしょうか?
僕、妻、僕の母と、外部から実習生が1人来てくれています。この人数で、酪農の基本的な仕事である、搾乳、エサやり、掃除を行って1日4~6時間ほどの労働時間になっています。
鈴木さん
コバマツ
一般的な酪農家も家族経営にプラス外部の人を呼んで作業をお願いしているケースは多いので、他の家族経営の人も実践できそうですね!
牛飼いとしてのライフスタイルはどのように変化しましたか?
家族で過ごす時間が圧倒的に増えましたし、子供と遊ぶ時間も多く取れています。牧場で一緒に遊ぶこともありますし、一緒に買い物に出かけたり、温泉旅行に出かけるときもあります!
鈴木さん
時間ができたら子供たちとトラクターに乗って遊んだり
近くの海で遊んだり
あとは、机に向かってゆっくりと今後の牧場経営や、事業作りに時間を費やすことができるようになりましたね。今は、新たに加工場を作り、自分のところの牛乳を使った加工品作りや、カフェのオープンができないかと計画を立てています!
鈴木さん
コバマツ
時間があることで、今までは、日々の労働に追われていて見えなかった経営の改善点が見えてきたり、より魅力的な牧場作りを計画するための時間もできてきたりしたんですね! 余白って大事ですね!
酪農家の労働時間を減らすためには?
コバマツ
北海道という広大な土地を活用できるという強みもあり、牧草を育てたり、放牧をしたりすることができたと思うのですが、広大な土地がない地域の人たちでも実践可能な牧場経営の方法など、アドバイスをもらえますか?
健康的なエサ作りを考えて与えることが大切だと思います!
あとは、小さい土地でも少し牛を放し飼いして、牛に運動をしてもらうとか、使われていない山などに牛を放牧するやり方でもできるのではないでしょうか。
鈴木さん
コバマツ
健康的な牛作りをするために、栄養価の高いエサを与えること、さらに少しでも放牧することで、牛に動く機会を与えて健康な体作りをすることが大切なんですね!
そうすれば、人の手がかからない牧場経営ができていくのではないかと感じています!
鈴木さん
作業の効率化といえば、新しい機械や人材の導入など、経費がかかることを想像しがちですが、循環型酪農を実践し始めて、1日の労働時間が今までの半分以下になり経費削減にもつながったという鈴木さん。
栄養価が高いエサ作りを行い、牛を自由に活動させることで、病気にならない、健康な牛作りができる。それが働いている人も牛も幸せになる牧場作りのひけつなのではないかと感じました。