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カギはウリ科植物? 汚染物質を分解、作物の生育促す微生物の正体 

山口 亮子

ライター:

連載企画:連続講義 土を語る

カギはウリ科植物? 汚染物質を分解、作物の生育促す微生物の正体 

旧型の農薬に含まれる汚染物質を分解し、浄化する。植物の生育を良くしたり、病害を抑制したり……。そんな多様な能力を持つ微生物を探し求め、国内外で活躍するのが、山梨大学生命環境学部 環境科学科准教授の片岡良太(かたおか・りょうた)さんだ。

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DDT、PCPなど植物に吸収させ微生物で浄化

■片岡良太さんプロフィール

学部・修士課程を東京農大の後藤逸男教授(現・名誉教授)の土壌学研究室(現・土壌肥料学研究室)で過ごす。2008年、京都大学大学院農学研究科 地域環境科学専攻で博士(農学)を取得。トルコ・アンカラ大学農学部土壌科学科客員研究員、カナダ・サスカチュワン大学土壌科学科客員研究員などを経て、山梨大学生命環境学部 環境科学科准教授。「農業と環境」をキーワードに研究する。

――環境汚染物質を微生物で浄化する研究をしているそうですね。具体的にどういうものでしょうか?

かつて使われた旧型農薬のDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)やPCP(ペンタクロロフェノール)、ディルドリン、エンドスルファンを、微生物を使って浄化する研究をしてきました。これら四つの成分は、残留性有機汚染物質(POPs:ポップス)と呼ばれます。毒性があって残留性が高く、分解されにくいといった特徴を持ちます。

現在は使用を禁じられていますが、これらの農薬が土壌中に残っている場合があります。日本にも低濃度で薄く残留している農耕地があり、農産物に食品の残留基準を超えて含まれ出荷停止になるということも、時たま起きています。

殺虫剤のDDTは、レイチェル・カーソンが著書「沈黙の春」で危険性を指摘したことで有名です。PCPは、日本では主に水田用除草剤として使われ、ダイオキシン類(いわゆるダイオキシン)を不純物として含んでいました。ディルドリン、エンドスルファンは殺虫剤で、エンドスルファンは近年まで使われていました(筆者注:日本では2012年に使用禁止)。

もともと、残留性有機汚染物質を微生物だけで分解しようと考えていました。ですが、研究室では分解できても、実際の汚染地では研究室のようには分解が進まず、難しさがあります。そこで、今は植物と微生物を融合した浄化技術を考えていて、DDTとPCPを対象にしています。「ファイトレメディエーション」という技術で、植物に汚染物質を吸収、分解させるものです。

残留性有機汚染物質は水に溶けにくいため、土壌中で固定してしまうと、土にくっついて植物にあまり吸収されません。ですが、ウリ科の植物だけは、なぜか吸収する能力を持っているんですね。そこで、ウリ科の植物に汚染物質を吸収してもらい、植物の中にいる微生物に汚染物質を分解してもらおうと考えました。いろいろなウリ科の植物を集めてきて、中にいる微生物を分離して、分解能力を持つものを探しています。

――分解してくれる微生物は、植物のどの部分にいそうですか?

植物の内部に生息している微生物は葉や茎、根など植物の至る所に存在しています。分解菌となるとどこにいるかは不明なんですが、葉を茎につないでいる柄の部分である葉柄(ようへい)で、分解できる微生物を探しています。実際そういう菌がいて、可能性を感じているところです。

――日本だと汚染物質の残留により出荷停止に至る例はそれほど多くないと思うので、技術が実用化するとすれば、国内というよりは海外になるでしょうか?

そうですね。

根の周辺で植物の生育を良くする菌を発見

――作物の生育を促進する微生物も研究しているそうですね。

はい。ウリ科の植物に汚染物質を分解させる、先ほどの研究と関連しています。
ウリ科の植物の生育を促進できる微生物がいれば、植物が汚染物質をもっと吸ってくれて、より高度なファイトレメディエーション、つまり浄化技術ができるんじゃないかと考えました。
そもそもの狙いは浄化技術でしたが、生育が促進されることで、肥料の使用を抑えることもできます。ウリ科の根圏(根とその周辺)と植物体内で、成長を促進する微生物を探してきました。

――生育を促進できる微生物は見つかりましたか?

見つかりました。カビでも、バクテリア(細菌)でも、野菜の生育を促進する効果を持つ菌がいます。最近分離した菌はカビの一種で、植物の根の中に入って、根から菌糸を伸ばしていきます。菌根菌(※1)にしくみは似ていますが、また別の菌です。成長促進の効果が著しいので、苗を作る段階で植物にこの微生物を与えて感染させて、農地に植えれば、化学肥料の削減ができるのではないかと感じています。
小松菜やサニーレタス、キュウリで試したところ、いずれも生育が促進されました。幅広い作物で使える菌かなと。

※1 陸上植物の8割の根に共生する微生物で、植物の根との共生体である菌根を形成する。

生育を促進する微生物

カビの一種で、植物の成長促進効果が著しい菌(資料提供:片岡良太)

――菌根菌も、育苗時の培土に加えると聞いたので、使い方も似ていますね。

そうですね。菌根菌は一般的に肥料成分の多く含まれる土では、効果を発揮しにくいと言われています。その点、この菌は土壌中の養分のある、なしで効果がそんなに変わらないので、広く使えるというメリットがありそうです。

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乳酸発酵の液肥に病害の抑制効果

――地域に密着した研究もしているそうですね。

給食の残飯を液肥にしている山梨県甲斐市で、その効果を調べました。乳酸菌を添加して発酵させるちょっと特殊な液肥で、pHが3か4くらい(酸性)です。分析によって、植物病害を抑制する物質を出す菌や、植物の成長促進効果を持つ菌がいると分かっています。

pHが低い(酸が強い)ので、植物に直接与えることはできなくて、土づくりの段階で畑に施します。これだけで肥料効果が十分というものではないので、液肥を使う分、化学肥料を加減して入れるというように、うまく活用するとよいですね。

ほかに緑肥の研究もしています。土がメタボになっている農地が多く、山梨県も例外ではなくて、リン酸とカリウムが過剰な農地が多いです。そんな状態の農地にさらに肥料を与えると、よけいに土壌の養分がアンバランスになるので、バランスをとれるように緑肥を広めたいですね。

要は、リン酸やカリウムをこれ以上土に入れないで、有機物を入れたいわけです。そこで、マメ科のへアリーベッジを緑肥として研究しています。この植物は根粒菌(※2)が共生していて、植物体の窒素含有量が多いんです。育てた後に緑肥として土にすき込むと、その後で育てる作物に養分を効率良く供給することができます。

※2 大豆といったマメ科の植物と共生する菌。植物の根に根粒というこぶのような器官をつくり、ここで空気中のアンモニアを植物の生育に欠かせない窒素に変換して供給する。

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――緑肥としてよく使われるえん麦やソルゴーより、窒素の含有量が多いのですね。

はい。緑肥にはいろいろ種類があるので、用途に応じて使い分けるのがよいと思います。

――片岡さんは国内だけでなく、海外でも活躍しています。

世界の乾燥地や半乾燥地では、土壌の表面に塩類がたまる塩類集積がよくみられます。こうなると作物が育たず、農業が成り立ちません。そこで塩類集積土壌を、植物と微生物を組み合わせて修復しようとしています。これは、半乾燥地に属するトルコのアンカラ大学との共同研究です。

――そんなに塩分濃度の高い土地で、植物が育つのですか?

塩生植物という、塩を好む植物がいます。もともとトルコの在来植物を対象にしていたのですが、私の研究室では扱いづらく、今はもっと一般的な植物を対象にしています。アイスプラントと、アイスプラントと同じ属のある植物を対象にしています。アイスプラントでは、成長促進効果のある微生物が見つかりました。

アンカラ大の先生と

アンカラ大学の研究者と共に塩湖に立つ片岡さん(資料提供:片岡良太)

生産者の知見とのリンクが大切

――微生物の研究をしていて、農業から感じること、農家に伝えたいことはありますか?

土の中にいる微生物は、分からないことだらけ。解明していくには、日々土に向き合う生産者との交流が大切だと感じます。我々研究者からは見えない部分に、生産者が気付いているかもしれません。

微生物と関係があるかもしれない、生産者だからこそ知っている現象の情報を共有して、生産者と研究者の知見をうまくリンクできれば、役立つ技術につながっていくんじゃないか。生産者と一緒になって微生物のはたらきを明らかにしていくという姿勢で、研究を続けたいと思います。

片岡良太さんのウェブサイト「Environmental Soil Science & Microbiology」

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