八代に突然現れたバナナのハウス
熊本県八代市でバナナを作っている「株式会社たかき」の高木明日香(たかき・あすか)さんを訪ねた。
高木さんの父が代表を務める「株式会社たかき」では主に米と露地野菜を栽培しているが、3年前から始めた「たかきのバナナ」が大きな話題を集めている。
2連棟造りのハウス1棟で栽培しているのは三尺バナナという品種で、5月から8月にかけて収穫している。
放っておけば10段ほど実るところ6、7段で摘果をしているが、それでも一度に80〜120本ほどのバナナが実る。総重量は30キロにもなり、房ごと収穫する時には2人がかりの作業だ。
また、バナナは2メートルを超える高さにまで成長するが、バショウ科の常緑多年草である。
つまり、バナナは木ではなく草。親株から子株がいくつも出るので、別のところへ移して植え付けるなどの管理が必要になる。
離乳食でも使える国産無農薬バナナ
株式会社たかきにとってバナナは、明確な戦略を持って始めた事業ではない。購入した農地に、予想外に残されていたトマト栽培用のハウスで何か作ってみようと思い立ったことがきっかけだった。
それまで米のほか白菜やキャベツなどの露地野菜を作っており、ハウス栽培の経験はなかった。八代はトマトの名産地だが、後からトマトに参入して成果をあげるのは難しいと考えた。
そこで「簡単に実りそうだから」という、何ともざっくりした理由でバナナの栽培を始めたのだという。
高木さんは「何も分からないけどまあできるかな、と思って始めたバナナが、実はすごく大変だったんですよ!」と笑顔で語る。
寒さに弱いバナナにとって、最も寒い時期には最低気温が5℃以下になる熊本の冬は過酷な環境と言える。1年目の冬には全滅の憂き目にあった。現在は屋根を二重にかけ、追加でカーテンを設置するなどして寒さから守っている。
周囲にはバナナを作っている人がいないため、独学で勉強した。沖縄の試験場のデータを見せてもらったり、TwitterなどのSNSで見つけたバナナ農家にメッセージを送り、分からないことを尋ねたりもした。
また、当時株式会社たかきに在籍していたベトナム人技能実習生が本国でバナナの栽培を経験していたため、さまざまなアドバイスをもらったことが今も役立っているという。
贈答用の箱入りバナナ
株式会社たかきのバナナは完全無農薬、有機肥料での栽培を行っている。こまめなケアが必要な上に草取りの手間もかかるが、小規模だからこそできると感じている。
青い状態で箱につめ、追熟剤を添えて出荷する。三尺バナナは一般的な海外産のものに比べて果皮が薄く傷つきやすいので、一本ずつ緩衝材で包んだ上で箱詰めする手間が欠かせない。
1本400円で贈答用の高級品として販売を始めたところ、珍しい八代産のバナナということですぐに話題になった。現在ではECサイトを通じて販売するほか、ふるさと納税の返礼品としても採用されている。
追熟期間は室内の気温や追熟剤を使用するかなどの環境によって異なるが、今回は1週間ほどで食べごろを迎えた。青い状態で出荷するため、少し青みが残る状態が良い人、完熟にこだわる人など、それぞれ自分の好きなタイミングを見極めて食べられる楽しみもある。
また、小さな子供でも1本食べきれる大きさで、短く小ぶりな形がかわいらしい。皮が薄く柔らかいので、輪切りにすれば皮ごと食べられるのも魅力だ。
皮の表面にシュガースポットが現れはじめたところで食べてみた。ねっとりとした食感で、甘みが強い。バナナらしい風味がふわりと広がる。濃厚で食べ応えのあるバナナ、という印象だ。小さな子供も大好きな味だろう。
マイナーな作物を作ることのメリット
連棟のハウス内では、バナナの他にパパイヤやパイナップルなど南国の果実を試験的に栽培している。
近隣に情報交換できる先輩がいないマイナーな作物を作るには苦労もあるが、競合が少ないというメリットもある。
バナナ単体で収益をあげるのは難しくても「バナナのたかきさん」と覚えてもらえることで、米や露地野菜についてもアピールする機会は増える。
ただちにバナナの生産量を増やす計画はないが、これからも栽培を続けていきたいと考えている。
編集後記
あえて競合の少ない農作物を選び、各地の先輩からも情報収集をしながら作ってきたという国産無農薬バナナ。偶然から始まった栽培も、今では株式会社たかきの顔になりつつある。
これからも子供たちにも安心して食べてもらえるものを作りたい、と高木さんは笑顔で語った。